旧近衛師団司令部庁舎
北の丸公園の西寄り、皇居の堀から歩いて数分の場所に、中央の玄関上へ八角形の塔屋をのせた赤煉瓦の建物が建っている。明治43年(1910年)に竣工した、近衛師団の司令部庁舎である。近衛師団は天皇と宮城(皇居)の警護を任務とした部隊で、その指揮にあたる幕僚がこの建物で執務した。煉瓦造の二階建てで、建築面積はおよそ929平方メートル。装飾を抑えたゴシック風にまとめられ、窓の上部はゆるい尖頭アーチ、屋根は急勾配のスレート葺きとしている。
設計は当時の陸軍技師・田村鎮(たむらやすし)と考えられているが、署名入りの図面が残るわけではなく、状況証拠からの推定にとどまる。この種の煉瓦造官庁建築は明治の東京に少なくなかった。しかし大正12年(1923年)の関東大震災と戦災でその多くが失われ、現存するものは東京駅丸の内駅舎や法務省旧本館など数えるほどしかない。本庁舎はその貴重な一例にあたる。
司令部、そして終戦前夜の現場として
近衛師団は明治初期に編成された陸軍の筆頭部隊で、皇室を守る役目を負った。以後三十五年にわたり、その師団司令部の事務はこの建物で営まれた。報告が上がり、命令が発せられ、二階の師団長室がその中心にあった。
その師団長室が、建物にとって最も重い時間の舞台になる。昭和20年(1945年)8月15日未明、昭和天皇の録音による終戦の放送が流れる直前、それを阻もうとする一部の陸軍将校が動いた。彼らは師団長の森赳(もり たけし)中将に、宮城占拠と玉音盤の奪取という計画への同意を迫った。森は拒んだ。そして師団長室で射殺される。将校らは偽の師団長命令を出してクーデターを進めようとしたが、軍全体の同調は得られず、企ては数時間で崩れた。この宮城事件は、のちに『日本のいちばん長い日』として書籍化・映画化されている。
戦後、建物は皇宮警察に引き継がれ、職員宿舎として使われた。昭和38年ごろに空き庁舎となり、北の丸一帯が公園として整備されるなかで、昭和41年(1966年)には取り壊しが閣議決定された。
取り壊しからの救出
解体の方針には反対の声が上がった。建築家の谷口吉郎は、日本建築学会などとともに、この庁舎が明治の洋風煉瓦建築の典型であり、当時の官庁建築として都内に残る数少ない遺構だと主張した。保存運動は実を結ぶ。昭和47年(1972年)10月、建物は重要文化財に指定され、東京国立近代美術館の分館として活用する方針が定まった。
改修の設計も谷口が手がけた。煉瓦の外壁の内側に鉄筋コンクリートの構造体を組み、現代の基準に耐えるようにしたうえで、関東大震災後に桟瓦へ葺き替えられていた屋根を、創建当初のスレート葺きに復原した。指定が及ぶのは外観と玄関広間で、それ以外の内部は美術館用に造り替えられている。昭和52年(1977年)11月、建物は東京国立近代美術館工芸館として開館した。
見どころ
玄関の上に立つ八角形の塔屋が、誰の記憶にも残る顔になっている。八つの面を光が回り込むため、時間帯によって表情が変わる。その下の玄関広間は、創建時の雰囲気を最もよく残す室内で、正面ホールから二階へ向かう左右一対の階段には、重厚な木の段板と鉄の手すりが残る。
正面を端から見ていくと、ゴシックの語彙は一貫しているが、声を張らない。浅い尖頭アーチ、控えめな帯状の装飾、模様を組まずに長く揃えて積んだ煉瓦。この簡素さは意図されたものだ。師団の司令部は、華やかさよりも、秩序と永続性を見せる建物であるべきだった。もっとも、見ごたえの多くは周囲が担っている。春には桜が建物を囲み、夏の公園の濃い緑が、煉瓦の暖かな赤を引き立てる。
敷地と周辺
北の丸公園は江戸城北の丸の跡地で、かつてはこの一帯に近衛兵の兵営が置かれていた。庁舎は公園西側の境界近くに建ち、周囲の施設とまとめて歩いて回りやすい。
すぐ近くには日本武道館、東京国立近代美術館の本館、国立公文書館、科学技術館がある。江戸城の遺構である田安門と北桔橋門が公園の出入口を画し、西側には桜並木で知られる千鳥ヶ淵の堀が続く。都心でも指折りの花見の名所である。
Q&A
- 建物の中に入れますか。
- 入れません。令和2年(2020年)に工芸館が金沢へ移転して以降、内部は非公開です。建物前の柵の外から外観を見学できます。臨時のイベント会場やロケ地として使われることもあります。
- 工芸館の収蔵品はどこへ行ったのですか。
- 令和2年10月、石川県金沢市で「国立工芸館」として再開館しました。こちらも旧陸軍の建物を活用した施設です。
- アクセスは。
- 最寄りは地下鉄の九段下駅と竹橋駅で、いずれも北の丸公園を抜けて徒歩10分ほどです。庁舎は公園の西側、日本武道館とは反対側の端に建っています。
- 終戦とのつながりがあると聞きました。
- はい。近衛師団の司令部だったこの建物は、昭和20年8月15日の宮城事件の現場です。玉音放送を阻もうとした将校らが、二階の師団長室で師団長を殺害しました。
- 訪れるのに良い時期は。
- 建物まわりと千鳥ヶ淵の桜が見られる春、そして公園が色づく秋がおすすめです。どちらの季節も赤煉瓦が映え、周辺の美術館とあわせれば半日は楽しめます。
基本データ
| 名称 | 旧近衛師団司令部庁舎(きゅうこのえしだんしれいぶちょうしゃ) |
|---|---|
| 所在地 | 東京都千代田区北の丸公園 |
| 指定区分 | 重要文化財(昭和47年〈1972年〉10月2日指定) |
| 種別 | 近代/官公庁舎 |
| 年代 | 明治43年(1910年)竣工 |
| 構造 | 煉瓦造、二階建、スレート葺、中央八角塔屋付。建築面積 約929.3平方メートル |
| 設計(推定) | 陸軍技師・田村鎮 |
| 所有者 | 独立行政法人国立美術館 |
| アクセス | 九段下駅・竹橋駅から徒歩約10分 |
| 公開状況 | 外観のみ見学可(内部非公開) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/504
- 東京国立近代美術館 重要文化財 旧近衛師団司令部庁舎
- https://www.momat.go.jp/architecture/konoeshidan
- Visit Chiyoda 旧近衛師団司令部庁舎
- https://visit-chiyoda.tokyo/app/spot/detail/15
最終更新日: 2026.06.04