護国寺月光殿(旧日光院客殿)――琵琶湖畔から移された桃山の書院
護国寺が月光殿と呼ぶこの建物は、もともと東京で建てられたものではない。1600年ごろ、琵琶湖の西岸に広がる園城寺(三井寺)の境内で、その塔頭・日光院の客殿として建立された。現在は文京区大塚にある護国寺本堂の裏手に建ち、最初に組み上げられた地からおよそ400キロメートル離れている。
規模は桁行七間、梁間六間の一重。屋根は入母屋造で、入口は軒側ではなく妻側に設ける妻入とする。正面の軒には唐破風が一つ曲線を描き、別に一間四方の中門が添う。これらを合わせて、台帳上は一棟として数えられている。
建物の性格は書院である。16世紀後半以降、武家や寺家の格式ある接客の場を形づくった建築の系統に属する。
琵琶湖から東京へ
この客殿が現在地に至るまでには、二度の移築があった。
明治初年の神仏分離と、それに続く廃仏毀釈の波のなかで、日光院の客殿は処分の対象となった。ここに手を差しのべたのが実業家の原六郎である。原ははじめ襖絵だけを買い取るつもりだったが、建物ごと引き取るよう勧められ、品川にあった自邸の敷地内に組み直した。このとき建物は慶長館と改名されている。
数年の後、護国寺で大規模な茶会が催されることになったが、当時の境内には大きな茶席がなかった。檀家総代が原に慶長館を譲ってほしいと願い出る。こうして昭和3年(1928年)、建物は再び解体され、護国寺の境内に二度目の姿を現した。月光殿の名はこのとき付いた。
なぜ貴重なのか
同じ年代、同じ場所に由来する客殿が三棟残っている。残る二棟、光浄院客殿(慶長6年・1601年)と勧学院客殿(慶長5年・1600年)は今も園城寺に建ち、いずれも国宝に指定されている。月光殿はその兄弟筋にあたり、建築史でいう主殿造、すなわち寝殿造から書院造へ移る過渡期の形式を共有している。
三棟とも、慶長13年(1608年)に幕府大棟梁の平内正信がまとめた木割書『匠明』に描かれた主殿の図と通じるところがある。三棟は用途によっても語り分けられ、光浄院は武家のための、勧学院は学問の場としての客殿とされるのに対し、日光院の客殿、すなわち月光殿は公家を迎える客殿であったと伝わる。
この建物は昭和6年(1931年)1月19日、旧来の国宝保存法のもとで国宝に指定された。昭和25年(1950年)に現行の文化財保護法へ制度が移行した際、重要文化財となり、現在に至っている。
見どころ
内部は原則として公開されていないため、月光殿はまず外観から読み解くことになる。妻側に開く入口と、その上に曲線を見せる唐破風は、正面に静かな儀礼性を与えていて、横に長い軒を連ねる通常の仏堂とはずいぶん表情が異なる。
屋根に注目したい。東京に移ってからの大半の期間、屋根は瓦葺きだった。平成20年(2008年)から5年をかけた改修により、園城寺にあった頃と同じ檜皮葺きに戻された。葺き替えは、技術の伝わる滋賀の職人が手がけている。いま目にする屋根は、ほぼ一世紀ぶりに建立当初の姿に近づいたものといえる。
境内からは、檜皮葺きの大屋根の流れや、建物全体のかたちを内部に立ち入らずとも眺められる。内部の特別拝観がときおり、案内付きで設けられることがあるので、訪問前に確認しておくとよい。
護国寺をめぐる
月光殿を擁する護国寺そのものも、ゆっくり歩く価値がある。護国寺は天和元年(1681年)、五代将軍徳川綱吉が生母・桂昌院の発願を受けて創建した寺で、真言宗豊山派の大本山である。元禄10年(1697年)建立の本堂もまた重要文化財で、都内有数の規模をもつ木造建築として知られ、本尊に如意輪観世音菩薩を安置する。
月光殿の近くには、滋賀・石山寺の国宝多宝塔を模した多宝塔が建つ。こちらは月光殿と違い、自由に近づいて見ることができる。境内の墓所には近代日本の人物の墓が多く、早稲田大学を創設した大隈重信、政治家の山県有朋や三条実美、実業家の安田善次郎らが眠る。
交通は分かりやすい。東京メトロ有楽町線の護国寺駅を出ると、ほぼ寺の門前である。境内への拝観は無料。
Q&A
- 月光殿の中に入れますか。
- 内部は原則非公開です。境内からは外観と檜皮葺きの屋根を見ることができ、案内付きの特別拝観がときおり開かれることもあります。訪問前に護国寺の案内を確認するとよいでしょう。
- 琵琶湖畔で建てられたのに、なぜ東京にあるのですか。
- もとは滋賀・園城寺の塔頭、日光院の客殿でした。明治期に使われなくなった後、実業家の原六郎が東京の自邸へ移し、昭和3年(1928年)に護国寺へ再び移築されました。
- 園城寺の国宝の客殿とはどんな関係ですか。
- 国宝の光浄院客殿・勧学院客殿と同じころ、同じ主殿造の形式で建てられた兄弟筋の建物です。月光殿は公家を迎える客殿であったと伝わります。
- 拝観料はかかりますか。行き方も教えてください。
- 境内の拝観は無料です。東京メトロ有楽町線の護国寺駅から徒歩1分ほどで着きます。
- 護国寺で他に見ておきたいものは。
- 重要文化財で都内有数の木造建築でもある元禄10年(1697年)の本堂、多宝塔、そして大隈重信や山県有朋らの墓がある墓所などです。
基本情報
| 名称 | 護国寺月光殿(旧日光院客殿) |
|---|---|
| 所在地 | 東京都文京区大塚五丁目 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物)/昭和6年(1931年)1月19日指定(当初は旧国宝保存法による国宝指定) |
| 時代 | 桃山時代・1600年ごろ |
| 構造 | 桁行七間、梁間六間、一重、入母屋造、妻入、正面軒唐破風付。別に一間の中門。檜皮葺き(平成25年改修) |
| 員数 | 1棟 |
| 所有者 | 護国寺 |
| 公開状況 | 内部は原則非公開/外観は境内から見学可 |
| 交通 | 東京メトロ有楽町線「護国寺」駅より徒歩約1分 |
参考文献
- 文化遺産オンライン 護国寺月光殿(旧日光院客殿)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/199449
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/519
- 三井寺(園城寺)公式 光浄院客殿
- https://miidera1200.jp/kojo-in/
- 三井寺(園城寺)公式 勧学院客殿
- https://miidera1200.jp/kangaku-in/
- 大本山 護国寺 交通案内
- https://www.gokokuji.or.jp/access
最終更新日: 2026.06.04