広尾の路地に向く真宗の本堂
地下鉄広尾駅の西側、大使館やマンションが並ぶ一画に、細長い敷地へ収まるように一棟の木造本堂が建つ。妻側を通りへ向けたこの建物が、浄土真宗本願寺派・蔵田山上宮寺の本堂である。大正3年(1914年)の建築で、平成29年(2017年)に国の登録有形文化財となった。瓦を葺いてから一世紀を越えてなお、街区の表情の一部であり続けている。
広尾を歩く人の多くは、公園やカフェ、各国の大使館が連なる通りを目当てにする。その道筋に、国が建築として登録した一棟が静かに建っていることに気づく人は、それほど多くない。
相模から広尾へ
現在の本堂が建つ以前から、寺の歴史はさかのぼる。寺伝によれば、前身は相模国(現在の神奈川県相模原の一帯)にあった善福寺で、親鸞の門弟と伝わる了源の開基とされる。大正の初め、蔵田了観がこの善福寺の名跡を広尾へ移し、蔵田山上宮寺と改めたという。
寺では大正2年(1913年)を遷座の年とし、平成25年(2013年)に100周年を迎えた。登録の対象となった本堂は、その翌年の大正3年(1914年)に竣工している。建物は平成17年(2005年)に改修された。宗派は京都・西本願寺を本山とする浄土真宗本願寺派で、現在は蔵田家4代目の住職が寺を護っている。
「指定」ではなく「登録」
日本の建造物保護には二つの仕組みがあり、この本堂を理解するうえで両者の違いは欠かせない。国宝や重要文化財は「指定」で、国が特に価値の高い建物を選び、改変に強い制限をかける。これに対し、平成8年(1996年)に始まった登録有形文化財の「登録」は、おおむね築50年以上の近現代の建物を主な対象とし、その土地の歴史的な景観に寄与するものを登録して保存を促す制度である。規制は指定よりゆるやかで、所有者が建物を使い続け、手を入れる自由を残す。上宮寺本堂は平成29年(2017年)10月、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で登録された。
評価されたのは、大正期の寺院建築としてのまとまりである。本堂は木造平屋建・瓦葺で、建築面積はおよそ254平方メートル。屋根は入母屋造で、長辺ではなく妻側から入る妻入の形をとる。通りへ向けて、ゆるく反り上がる起り屋根の向拝が張り出す。入口上方の妻飾は、二重に重ねた虹梁を大瓶束で受ける構成で、向拝の正面には兎毛通しの彫刻を据える。これらが建物の表側を飾っている。
内部の間取りは、敷地の形に応えている。広い外陣を中心に据え、片側の余間には稚子之間を設ける。背面には座敷飾りを備えた二室が突き出す。細長い平面は細長い境内に沿ったもので、広い寺域ではなく都市の街区が建物の形を決めた、市街地の寺院建築であることがうかがえる。
見どころ
上宮寺は、まず門徒の暮らしに根ざした現役の寺院であり、博物館ではない。京都の大寺院のような華やかさを求めるより、登録が守る部分を境内から落ち着いて眺めるのがよい。通りに向く妻面、虹梁や兎毛通しの彫刻、反りをもつ向拝の屋根。少し離れて妻面を一つの構図として見ると、大正3年の大工が意図したまとまりが見えてくる。
寺では月に2回、どなたでも参加できる法話会が開かれている。初めての場合は事前に連絡をするとよい。法要や法事も日常的に営まれるため、行事のない時間帯は、建物を境内から拝見する場として向き合いたい。
広尾周辺
本堂は東京メトロ日比谷線・広尾駅から徒歩数分、大使館や各国の住人、落ち着いたカフェで知られる街にある。組み合わせやすいのは、歩いてすぐの有栖川宮記念公園である。旧宮家の御用地を生かした起伏のある回遊式庭園で、池や渓流、石橋が配される。園内には都立中央図書館があり、その上階からは緑を見渡せる。
北へ数区画進んだ広尾五丁目1-21の界隈には臨済宗の寺院がまとまって建ち、建築に関心のある人にはさらに見るものがある。広尾のメインストリートに並ぶ店やベーカリーをたどれば、駅へ無理なく戻れる。
Q&A
- 本堂の中に入れますか。
- 本堂は法要や法事に使われる現役の浄土真宗寺院で、内部は一般の観光向けには公開されていない。通りに向く妻面や彫刻など、登録された建築の見どころは境内から眺められる。月2回の法話会はどなたでも参加でき、初めての場合は事前に寺へ連絡するとよい。
- いつ建てられた建物ですか。
- 本堂は大正3年(1914年)、寺が広尾へ移った翌年に竣工した。平成17年(2005年)に改修されている。平成29年(2017年)10月に国の登録有形文化財となった。
- 「登録」と「指定」はどう違いますか。
- 国宝や重要文化財の「指定」は、特に価値の高い建物に国が強い規制をかける仕組みである。平成8年(1996年)に始まった「登録」は、主に近現代の建物を対象とし、規制をゆるやかにして所有者の自由を残す。上宮寺本堂は登録であって指定ではない。
- 行き方を教えてください。
- 東京メトロ日比谷線・広尾駅から西へ徒歩およそ3分から5分、渋谷区に位置する。登録上の所在地は渋谷区広尾五丁目2-2である。
- 近くに見どころはありますか。
- 回遊式庭園と都立中央図書館のある有栖川宮記念公園が徒歩数分の距離にある。北側には臨済宗の寺院群があり、広尾駅の周辺にはカフェや商店が集まる。
基本情報
| 名称 | 上宮寺本堂(じょうぐうじほんどう) |
|---|---|
| 所在地 | 東京都渋谷区広尾五丁目2-2 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 平成29年(2017年)10月27日(登録番号 13-389) |
| 時代・年代 | 大正3年(1914年)/平成17年(2005年)改修 |
| 構造・形式 | 木造平屋建、瓦葺、入母屋造妻入、建築面積約254平方メートル |
| 員数 | 1棟 |
| 所有者 | 宗教法人上宮寺 |
| 宗派 | 浄土真宗本願寺派 |
| アクセス | 東京メトロ日比谷線 広尾駅から徒歩約3分から5分 |
| 公開状況 | 現役寺院。建物は境内から見学可。法話会は参加自由(初回は事前連絡) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)上宮寺本堂
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00011892
- 文化遺産オンライン(文化庁)上宮寺本堂
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/286366
- 上宮寺 公式サイト
- https://jyoguji.jp/
- 猫の足あと 蔵田山上宮寺(渋谷区)
- https://tesshow.jp/shibuya/temple_hiroo_jogu.html
最終更新日: 2026.06.21