昭和7年のコンクリートの門

鎌田家住宅門及び塀は、東京都世田谷区梅丘1-1473-5にある昭和7年(1932年)建築の鉄筋コンクリート造の門と塀で、平成21年(2009年)11月2日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

文化庁の台帳では員数1基、種別はその他工作物として扱われる。門の間口は2.6メートル、塀の延長は4.0メートルで、内訳は左右の袖塀が各2.0メートル。合計すると、通りに向かって約6.6メートルの幅を構えていることになる。

この敷地に登録された三件のうち、誰でも眺められるのはこの一件だけである。

鉄筋コンクリートが選択だった時代

昭和7年の日本で鉄筋コンクリートといえば、銀行、学校、百貨店、そして関東大震災後の復興建築が主な舞台だった。個人住宅の門をこの構造で築くことは、明確な選択である。この階層の住宅なら木造の門が既定であり、世田谷でそれらはほとんど残っていない。この門は残った。

間口2.6メートルの両側に方柱を立て、そこから左右へ袖塀が伸びる。北側の袖塀には潜りが開けられている。大門を開かずに人が出入りするための小さな戸口で、日常の動線はこちらが担った。

仕上げは洗出しである。モルタルに種石を混ぜ、まだ硬化しきらないうちに表面のセメント分を水で洗い流し、石粒を浮き立たせる。数歩離れれば石積みに見え、切石を積むのに比べれば費用は桁違いに安い。大正から昭和初期の左官はこの技法を多用した。風化にも比較的強く、この門が九十年余の東京の空気に耐えてきた理由の一端はそこにある。

柱形の間を赤く塗る

塀は平滑な一枚の壁ではない。表面に柱形を浮き出させて面を区切り、その間を赤く仕上げている。

郊外住宅の塀に色を差す例は多くない。同時期の塀の大半はモルタルの灰色のままか、白漆喰を塗るかである。文化庁の解説は、この塀が緑豊かな郊外住宅地の景観要素として親しまれてきたと記す。技法ではなく人々の受け止め方に触れる記述は、公的な文化財記録としては珍しい。

その一文は、門が文化財たりうる理由そのものを示している。適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。門は内部空間で評価されるのでも、単体の細工の巧拙で評価されるのでもない。街路に何をもたらしているかで評価される。

門は道路境界から約2メートル後退して構えられている。この引きが浅い前庭を生み、構えに余白を与え、通行人が車道に出ずに全体を見渡せる位置も同時に用意している。

三件同時の登録

平成8年(1996年)に設けられた登録有形文化財の制度は、おおむね建設後50年を経た建造物を対象とし、現状変更は許可制ではなく届出制をとる。日々使われ続ける建物に適した枠組みである。

門及び塀の登録番号は13-0251、第65回登録、告示は平成21年11月19日付。同日には、昭和7年建築・昭和47年改修の木造平屋建104平方メートルの主屋と、十畳の座敷を備える建築面積50平方メートルの離れが併せて登録された。

三件をまとめて登録したことは、評価の枠組みを示している。主屋単体であれば、私鉄沿線に建てられた戦前の郊外住宅の残存例という位置づけになる。門と塀を伴って残っていれば、それは街路の一区画として成立する。東京の再開発のなかで最も早く失われたのは、その街路の側だった。

道に立って見る

拝観料も公開時間もなく、内部に入ることもできない。個人の住宅である。ただし門と塀は公道に面しており、自由に見ることができる。

訪ねるなら午前が良い。門は東を向いているため、朝の低い光が洗出しの面を斜めに舐め、真昼の光では消えてしまう粒の凹凸が浮かび上がる。撮影は公道から。敷地内に入る、潜りの隙間から中を撮る、塀越しに庭を撮るといった行為は避けること。

最寄りは小田急小田原線の梅ヶ丘駅で、徒歩5分ほど。新宿から直通する。この駅の開設は昭和9年(1934年)4月で、門が打設された2年後にあたる。反対方向へ少し歩けば羽根木公園があり、約650本の梅が植えられている。2月には「せたがや梅まつり」が開かれる。

Q&A

Q鎌田家住宅門及び塀は見ることができますか。
Aできます。世田谷区梅丘の公道に面しており、時間や料金の制約なく外観を見られます。奥の住宅は非公開のため、この敷地に登録された三件のうち実際に見られるのは門及び塀だけです。
Q鎌田家住宅門及び塀の寸法はどれくらいですか。
A門の間口が2.6メートル、塀の延長が4.0メートルで、左右の袖塀が各2.0メートルです。いずれも鉄筋コンクリート造で、門と塀を合わせて員数1基として登録されています。
Q鎌田家住宅門及び塀の「洗出し」とはどのような仕上げですか。
Aモルタルに種石を混ぜ、硬化前に表面のセメント分を水で洗い流して石粒を露出させる左官仕上げです。コンクリートに石の質感を与えることができ、大正から昭和初期にかけて広く用いられました。
Q鎌田家住宅門及び塀は写真撮影できますか。
A公道からの撮影に制限はありません。敷地に立ち入る、潜りから内部を撮る、塀越しに庭へレンズを向けるといった行為は控えてください。現に人が暮らしています。
Qなぜ門と塀が文化財として登録されたのですか。
A適用された基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」です。文化庁の解説は、赤く塗り分けられたこの塀が緑豊かな郊外住宅地の景観要素として親しまれてきたと記しており、内部ではなく街路における役割が評価されています。

基本データ

名称鎌田家住宅門及び塀(かまたけじゅうたくもんおよびへい)
所在地東京都世田谷区梅丘1-1473-5
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 13-0251
指定年平成21年(2009年)11月2日登録、同年11月19日告示
員数1基
寸法門 鉄筋コンクリート造、間口2.6メートル/塀 鉄筋コンクリート造、延長4.0メートル
所有者個人(文化庁データベースに所有者名の記載なし)
公開状況住宅は非公開。門及び塀は公道から視認可

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 鎌田家住宅門及び塀
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007880
文化遺産オンライン 鎌田家住宅門及び塀
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/192600
文化庁 登録有形文化財(建造物)
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html
世田谷区 区内にある文化財の紹介
https://www.city.setagaya.lg.jp/02059/3397.html

最終更新日: 2026.07.27