本殿の東、建築面積19平方メートル

神田神社神饌所(かんだじんじゃしんせんじょ)は、東京都千代田区外神田にある神田神社(通称・神田明神)の社殿群の一棟で、昭和9年(1934年)の建立、平成15年(2003年)9月19日に国の登録有形文化財となった。建築面積は19平方メートル。本殿の東方に建つ。

神饌所とは、神饌すなわち神へ供える飲食物を調え、祭儀の前に納めておく建物である。米、塩、水、酒、魚、野菜、果物を三方に整えてここから神前へ運ぶ。相応の規模の神社ならどこにでも必要な施設だ。ただし、こういう姿につくる例はほとんどない。

平面は桁行・梁間ともに2間。その上に入母屋造の屋根が架かり、葺材は本瓦の形に加工した銅板である。軒は2軒繁垂木、つまり垂木を二段に、しかも間隔を詰めて並べる。人に見せる建物に用いる格式の高い納まりだ。東面には張出しが付く。内部は拭板敷で、南東の隅に踏込土間を設ける。

そして、この建物が何でできているかが、形と同じくらい重要になる。構造は鉄骨鉄筋コンクリート造だ。

昭和9年のコンクリートと、登録の理由

登録の意味を理解するには、大正12年(1923年)9月1日にさかのぼる必要がある。関東大震災とそれに続く火災で、天明2年(1782年)以来の社殿が失われた。神田明神は江戸総鎮守として徳川将軍家の崇敬を受けた社であり、その再建は一氏子町の問題ではなく、都市の課題だった。

答えは昭和9年、当時の神社建築がほとんど使っていなかった材料で示された。新しい社殿群は鉄骨鉄筋コンクリート造・総朱漆塗で建てられ、本殿・幣殿・拝殿が屋根を連ねる権現造の形式をとり、そのあいだに神饌所と宝庫が組み込まれた。設計顧問は伊東忠太、設計にあたったのは大江新太郎と佐藤功一である。コンクリート造の寺社は戦後、空襲被害からの復興のなかで急速に広まったが、戦前には稀だった。数少ない例が東京周辺に集中しているのは、そこが震災の被災地であり、同時に技術の先進地でもあったからである。神田明神はその代表例に数えられる。

昭和9年の造営による8棟が一括で登録された。本殿、幣殿、拝殿、神饌所、瑞垣、宝庫、西門、東門である。文化庁が適用した登録基準は「造形の規範となっているもの」。登録年月日は平成15年9月19日、告示は同年10月17日と記録されており、神社側はこの年が江戸開府400年にあたることを挙げている。

神饌所について文化庁の解説が指摘するのは、近くで見ると腑に落ちる点だ。小規模でありながら高い基壇の上に建ち、主要社殿と同じ弁柄色に塗られ、随所に金箔押の金具を飾って格式と荘厳を整えている。裏方の建物に、社殿と同じ仕上げが与えられた。

境内での探し方

神田明神を訪ねる人の多くは石段を上がり、朱塗りの隨神門をくぐって、まっすぐ拝殿へ向かう。神饌所はその動線から右手に外れる。本殿の東側、東門と瑞垣の奥だ。拝殿前の広場からでも屋根の稜線は見える。少し東へ回り込むと、東面の張出しと足元の基壇が視界に入る。

ここで見ておきたいものが二つある。ひとつは銅板だ。本瓦の形を金属で写した葺き方が選ばれた理由のひとつは重量にある。神社が令和3年に作成した『神田明神読本』は、小屋組を鉄骨にして荷重を軽減し、柱間を少し狭めるなどして木造建築の姿に近づけ、鉄骨鉄筋コンクリート造であることを感じさせない工夫をしたと説明する。神饌所の屋根と拝殿の屋根を見比べると、同じ手法が規模を変えて使われているのがわかる。

もうひとつは色だ。コンクリートの上に施された弁柄塗は、木部に塗られた漆とは異なる古び方をする。90年を経た表面には、写真では平板に写ってしまう奥行きがある。角の金具が光を拾う。

境内は無料で開放され、外苑部分に決まった閉門時刻はない。神饌所は現役の祭祀施設のため、内部は非公開である。境内の撮影は一般に問題ないが、祭典中は控えるよう求められることがあり、判断に迷うときは社務所で確認するとよい。交通は便利だ。JR中央線・総武線の御茶ノ水駅聖橋口から徒歩5分、JR山手線・京浜東北線の秋葉原駅電気街口から徒歩7分、東京メトロ銀座線の末広町駅からも徒歩5分。2年に一度、奇数年の5月中旬に行われる神田祭は江戸三大祭のひとつに数えられ、その期間中の神饌所は、本来の役目を果たしている。

Q&A

Q神田神社神饌所はどのような用途の建物ですか。
A神饌、すなわち神に供える飲食物を調製し、祭儀の前に納めておく建物です。米、塩、水、酒、魚介、野菜、果物などを整え、ここから神前へ運びます。内部は拭板敷で、南東の隅に踏込土間があり、そこから出入りする造りになっています。
Q神田神社神饌所の内部は見学できますか。
A内部は非公開です。現在も祭祀に使われている建物のためです。外観は境内から見学でき、本殿の東側、東門と瑞垣の奥に建っています。境内そのものは無料で開放されており、外苑部分に決まった閉門時刻はありません。
Q神田神社(神田明神)へのアクセスと、境内のどこに神饌所がありますか。
AJR御茶ノ水駅の聖橋口から徒歩5分、JR秋葉原駅の電気街口から徒歩7分、東京メトロ銀座線の末広町駅からも徒歩5分です。境内では拝殿に向かって右手、本殿の東側、東門と瑞垣の奥が神饌所の位置になります。
Q神田神社神饌所はいつ登録され、一緒に登録された建物は何ですか。
A文化庁の記録では登録年月日が平成15年(2003年)9月19日、告示が同年10月17日、登録番号は13-0152です。昭和9年の造営による本殿、幣殿、拝殿、瑞垣、宝庫、西門、東門の7棟が同時に登録され、神饌所を含めて計8棟となります。
Q神田神社神饌所は本当にコンクリート造なのですか。
A鉄骨鉄筋コンクリート造です。昭和9年の社殿群全体が同じ構造で、屋根は本瓦の形に加工した銅板で葺かれています。神社の説明によれば、小屋組を鉄骨として荷重を軽減し、柱間を狭めることで木造の見えに近づけたとされます。神田明神は、この新素材による戦前の寺社建築として最も早い時期の代表例のひとつです。
Q神田神社神饌所は国宝や重要文化財なのですか。
Aいずれでもありません。登録有形文化財(建造物)です。登録有形文化財は届出制の制度で、許可制をとる重要文化財や国宝とは別の、より緩やかな保護の区分にあたります。この三つの区分は混同されやすいので、区別して理解してください。

基本情報

名称神田神社神饌所(かんだじんじゃしんせんじょ)
所在地東京都千代田区外神田2-16-2
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 13-0152 基準「造形の規範となっているもの」
指定年平成15年(2003年)9月19日登録、同年10月17日告示(第38回登録)
員数1棟
寸法鉄骨鉄筋コンクリート造平屋建、銅板葺(本瓦型)、建築面積19平方メートル。桁行・梁間各2間、入母屋造、2軒繁垂木、東面に張出し
所有者宗教法人神田神社
公開状況境内は無料開放。神饌所は外観のみ見学可、内部非公開

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00003521
文化遺産オンライン「神田神社神饌所」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/140791
文化遺産オンライン「神田神社本殿」(同じ昭和9年造営)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/139288
神田明神 公式サイト
https://www.kandamyoujin.or.jp/
神田明神 公式サイト「アクセス」
https://www.kandamyoujin.or.jp/access/

最終更新日: 2026.08.22