茶室守貧庵 ― 五つの茶室でただ一つの入母屋造

大橋茶寮茶室守貧庵は、東京都港区虎ノ門5-6-6の大橋茶寮にある1949年頃建築の茶室で、2006年(平成18年)8月3日に登録有形文化財(建造物)に登録された。

読みは「しゅひんあん」である。敷地の南辺に接し、中央からやや東寄りに建つ。建築面積19平方メートルの木造平屋建で、屋根は入母屋造、桟瓦葺とする。

大橋茶寮の五つの茶室のうち、ほかの四つは切妻造で、入母屋造は守貧庵だけである。

小さな棟に、待合と雪隠までをまとめる ― 登録の理由

大橋茶寮茶室守貧庵の登録基準は「再現することが容易でないもの」で、文化庁は「質の高い茶室を構成している」と結ぶ。

6畳の座敷に床と隠し仏壇を付ける。隠し仏壇は、ふだんは戸を閉てて仏壇とわからないように納める造りをいう。

座敷の南側に廊下を設け、その東端を雪隠(茶庭の便所)とし、さらに東へ腰掛待合を突き出す。腰掛待合は露地に独立して建てることが多いが、ここでは廊下の先に続けて棟に組み込んでいる。

19平方メートルの建物に、座敷、廊下、雪隠、待合が一続きに収まる。手本の記述はなく、名高い茶室を写した如庵写や葵、桂とは別の筋で評価された茶室である。

不昧にちなむ名をもつ寄付

運営者は大橋茶寮茶室守貧庵を寄付と紹介している。寄付は、茶事の客が最初に通されて身支度を整え、亭主の迎えを待つ部屋である。

運営者によれば、客はまずこの部屋に入り、掛けられた軸を眺めながら本席への心構えを整える。

名は、江戸時代の松江藩主で、大名茶人として知られる松平不昧にちなむという。どのような縁でこの名を選んだかは、運営者の説明に見えない。

外壁は土壁で、腰を杉皮張とする。杉の皮を張った腰まわりは、入母屋造の屋根とあわせて、ほかの茶室と見分けるときの手がかりになる。

大橋茶寮茶室守貧庵の見学

大橋茶寮茶室守貧庵は敷地の南辺に接して建つ。大橋茶寮の塀は建物が接する部分で外壁を兼ねるとされ、南辺の外から見えるのは塀の面が中心になる。

内部に入れるのは、大橋茶寮で催される茶事や茶会に参加するときにかぎられる。寄付として使われる催しでは、客が最初に通される部屋になる。

撮影について公開された規定は見当たらない。当日の亭主や主催者の案内に従いたい。

茶寮への道順と見学の条件は、大橋茶寮のページにまとめてある。

Q&A

Q大橋茶寮茶室守貧庵はいつ登録されましたか。
A2006年(平成18年)8月3日に登録有形文化財(建造物)に登録されました。登録基準は「再現することが容易でないもの」です。
Q大橋茶寮茶室守貧庵の読み方は?
A「しゅひんあん」と読みます。文化庁の記録のふりがなは「おおはしさりょうちゃしつしゅひんあん」です。
Q大橋茶寮茶室守貧庵にはどのような部屋がありますか。
A6畳の座敷に床と隠し仏壇を付け、南側の廊下の東端を雪隠とし、さらに東に腰掛待合を突き出します。
Q大橋茶寮茶室守貧庵は茶事でどのように使われていますか。
A運営者によれば寄付として使われ、客が最初に通されて本席への支度をする部屋です。
Q大橋茶寮茶室守貧庵の中に入って見学できますか。
A常時公開はしていません。大橋茶寮で催される茶事や茶会に参加したときに入る機会があります。

基本情報

名称大橋茶寮茶室守貧庵(おおはしさりょうちゃしつしゅひんあん)
所在地東京都港区虎ノ門5-6-6
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年2006年(平成18年)8月3日 登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積19平方メートル。入母屋造、桟瓦葺
所有者記録に記載なし
公開状況常時公開なし。茶事・茶会の参加時に内部に入れる

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 大橋茶寮茶室守貧庵
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00005590
文化遺産オンライン 大橋茶寮茶室守貧庵
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/141358
大橋茶寮 建築
https://www.ohashi-charyo.jp/architecture

最終更新日: 2026.09.29