浅草寺二天門とは
浅草寺二天門は、東京都台東区浅草にある慶安2年(1649年)頃の八脚門で、昭和21年(1946年)11月29日に国の重要文化財に指定された(文化庁)。読みは「せんそうじにてんもん」。
文化庁の記録では、三間一戸の八脚門で、切妻造・本瓦葺である。指定番号は01086である。
東照宮の随身門と伝わる門
東京都教育委員会によれば、浅草寺は江戸時代初期の寛永年間に二度伽藍を焼失し、寛永13年(1636年)には寺内にあった東照宮が江戸城紅葉山に遷された。二天門はその東照宮の随身門と伝わり、創建は元和4年(1618年)だが、現存する門は慶安2年(1649年)頃の建築と考えられている。
明治初年の神仏分離で、随身像に代わって鶴岡八幡宮から二天像が奉納され、門の名も二天門と改められた(東京都教育委員会)。今の持国天像と増長天像は、上野寛永寺の厳有院霊廟勅額門の袖に安置されていた像を、昭和32年(1957年)に浅草寺が譲り受けたものである。
重要文化財としての価値
浅草寺二天門は、関東大震災や東京大空襲を焼け残った江戸時代初期の門で、昭和21年(1946年)11月29日に重要文化財に指定された(文化庁、東京都教育委員会)。平成19年(2007年)から平成21年(2009年)の修理で、門の二天像も造像当時の姿に復元されている。
三棟造と塗り分け
二天門は三間一戸の八脚門で、切妻造・本瓦葺である(文化庁)。東京都教育委員会によれば、木柄が太く重厚な建物で、桁行は8.13メートル。門の前後の間それぞれに三角形の屋根形の天井を設け、大屋根の棟と合わせて棟が3本あるように見える三棟造で、この形式は旧台徳院霊廟惣門(寛永9年〔1632年〕)など徳川幕府と関係の深い建物に多い。
全体を赤く塗るが、柱などの軸部は黒みがかった赤のベンガラ漆塗り、組物や軒まわりは明るいオレンジ色の丹塗りに塗り分けている(東京都教育委員会)。
見どころ
門の内側の天井で三棟造を確かめ、軸部のベンガラ漆と組物の丹塗りの赤の違いを見比べたい(東京都教育委員会)。持国天像と増長天像は東京都指定有形文化財(彫刻、昭和38年〔1963年〕指定)である。
見学について
浅草寺への行き方や境内の公開は、浅草寺のページにまとめてある。
Q&A
- 浅草寺二天門はいつ建てられましたか?
- 慶安2年(1649年)頃と考えられています(文化庁、東京都教育委員会)。
- 浅草寺二天門はもともと何の門でしたか?
- 浅草寺の境内にあった東照宮の随身門と伝わります(東京都教育委員会)。
- 二天門の三棟造とは?
- 前後の間に屋根形の天井を設け、棟が3本あるように見える形式です(東京都教育委員会)。
- 二天門の像はどこから来ましたか?
- 上野寛永寺の厳有院霊廟勅額門から、昭和32年(1957年)に譲り受けました(東京都教育委員会)。
- 浅草寺二天門が重要文化財に指定されたのはいつですか?
- 昭和21年(1946年)11月29日です(文化庁)。
基本情報
| 名称 | 浅草寺二天門(せんそうじにてんもん) |
|---|---|
| 所在地 | 東京都台東区浅草2丁目 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物) |
| 指定年 | 昭和21年(1946年)11月29日指定 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 三間一戸八脚門、切妻造、本瓦葺 |
| 所有者 | 浅草寺 |
| 公開状況 | 浅草寺境内(通年・終日・無料) |
参考文献
- 浅草寺二天門(国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/547
- 東京文化財ウィーク 文化財めぐりコース「浅草」(東京都教育委員会)
- https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/kyoiku/asakusajp
最終更新日: 2026.10.16