正和五年、茎に刻まれた制作年
この短刀を裏返すと、茎(なかご)に「正和五年十一月日」と年紀が切られている。西暦でいえば1316年、鎌倉時代後期の冬にあたる。表には「来國俊」の三字銘。作者名と制作年の両方が刀身に残る中世の刀は数えるほどしかなく、それゆえこの一口は古来きわめて重んじられてきた。
刀剣種別は短刀。身長は25.1センチ、元幅2.5センチ、茎長11.2センチと小ぶりで、内反りのつく姿をとる。所有するのは名古屋の熱田神宮で、「熱田の来国俊」の名で知られている。
来派と長寿の名工
来国俊が拠点とした山城国は、現在の京都府南部にあたり、古くから作刀の盛んな土地だった。その地で粟田口派のあとを受けて台頭したのが来派で、鎌倉時代中期以降は粟田口派と人気を二分するまでになる。実質的な祖とされる国行から、二字国俊、来国俊、さらに来国光、来国次へと続く系譜は、五箇伝のうち山城伝を代表する流れである。
年紀の効力は大きい。同じ作者の在銘作と銘を照合した結果、この短刀は来国俊が76歳のころに鍛えたものと考えられている。平均寿命の短かった14世紀前半にあって、これは驚くべき年齢といえる。来国俊には七十代・八十代の年紀をもつ作がほかにも残り、後世の刀剣書には九十歳を超えて生きたとする記述さえある。高齢になってなお鍛刀に励んだ職人像が、ここから浮かび上がる。
名前をめぐっては一つの問題がある。銘を「国俊」と二字に切る作と「来国俊」と三字に切る作があり、両者は作風も異なる。同一人物の前後の作とみるか、別人とみるか、室町時代末以来議論が続いてきた。現在は別人とする見方が有力で、二字銘の刀工を「二字国俊」と呼んで区別する。本短刀は、三字銘のグループに属する。
国宝指定までの歩み
この短刀が最初に国の保護を受けたのは、明治44年(1911年)4月17日のこと。戦前の制度のもとで旧国宝に指定された。戦後、現行の文化財保護法によって指定が再編されると、優れた作はあらためて評価し直され、本短刀は昭和30年(1955年)2月2日に国宝へと格上げされた。
解説によれば、評価の理由のひとつは、この刀が来国俊の常の作と趣を異にする点にある。身の長さに比べて身幅が広く、重ねも厚い。手に取れば頑丈な造り込みが伝わってくる。それでいて、同工の特色である地沸のよくついた地鉄と、沸出来の直刃はきちんと示されている。確かな作者、確かな年代、そして高い完成度。この三つが一口に揃う例は、そう多くない。
刀身を読む
造り込みは平造、三つ棟。長寸の刀のような鎬筋をもたず、鎌倉期の短刀らしい内反りの姿をとる。刃文は広めの直刃が浅く湾れ、小足や葉が刃中に入る。鋒(きっさき)では焼きが小丸に返り、わずかに掃きかけて二重となる。
刀身に目を移すと、表裏それぞれに彫物がある。細い樋(ひ)に、不動明王の化身とされるまっすぐな素剣(すけん)を添えた構成で、狭い刀身のなかにきれいに収まっている。茎は生ぶ、すなわち磨り上げのない当初のままで、栗尻に切りの鑢目(やすりめ)、目釘孔は二つを数える。
この時代の短刀は武士にも公家にも携えられ、小ぶりな一口は武具であると同時に持ち主の美意識を映すものでもあった。実際に前に立つなら、まず注目したいのは古い解説が「よく約む」と評する地鉄の詰んだ肌合い、そして乱れの少ない静かな直刃である。七百年近い時を経てなお、そのいずれもはっきりと見て取れる。
鑑賞できる場所
所有は熱田神宮だが、刀身は東京・上野の東京国立博物館に長く寄託されている。日本刀は同館本館13室で展示されており、この預け先の事情から、短刀は熱田よりも東京で公開される機会のほうが多い。ただし同館は所蔵品を頻繁に入れ替えており、一つの作品が通年で出ているわけではない。目当てに訪れるなら、事前に展示リストを確かめておきたい。
東京国立博物館は上野公園の一角にあり、上野駅から歩いてすぐ。総合文化展(常設)の観覧料は一般1,000円ほどで、大学生はこれより安く、18歳未満と70歳以上は証明書の提示で無料となる。開館は午前9時30分から午後5時まで、入館は閉館の30分前まで。休館日は原則として月曜だが、月曜が祝日の場合は開館し、翌日が休みとなる。
神宮とのつながりに惹かれる人には、名古屋の熱田神宮も訪ねる価値がある。境内には宝物館があり、2021年には刀剣を専門に扱う「剣の宝庫 草薙館」が開館した。熱田神宮は三種の神器のひとつ草薙剣を祀る縁から刀剣の所蔵が多く、その点でも刀との結びつきが深い。短刀が里帰りして特別公開される折には、ここで見ることもできる。
Q&A
- 制作年がはっきり分かるのはなぜですか。
- 茎の裏に「正和五年十一月日」と年紀が刻まれているためです。1316年の冬にあたります。中世の刀で年紀をもつ作は少なく、研究上たいへん貴重とされます。
- 来国俊とはどんな刀工ですか。
- 京都に近い山城国で活躍した来派の代表的な名工で、鎌倉時代後期の人です。長く作刀を続けたことで知られ、この短刀は76歳ごろの作と考えられています。
- どこで見られますか。
- 東京国立博物館(上野)に寄託され、刀剣の展示室で公開されることが多いですが、展示は入れ替わります。所有者である名古屋の熱田神宮で特別公開される場合もあります。
- 刀身の彫物は何を表していますか。
- 表裏に細い樋と素剣が彫られています。素剣はまっすぐな剣の形で、不動明王と結びつく彫物です。装飾であると同時に、護りの意味を込めたものでした。
- 重要文化財ではなく国宝なのはなぜですか。
- 国宝は日本の文化財保護で最も高い区分で、とりわけ価値の高いものに限られます。本短刀は1911年に保護対象となり、1955年に国宝へ指定されました。
基本データ
| 名称 | 短刀〈銘来国俊/正和五年十一月日〉 |
|---|---|
| 作者 | 来国俊(来派・山城国) |
| 制作年 | 正和5年(1316年)・鎌倉時代 |
| 種別 | 工芸品(刀剣)・国宝 |
| 員数 | 1口 |
| 寸法 | 身長25.1cm/元幅2.5cm/茎長11.2cm |
| 銘 | 表「来國俊」/裏「正和五年十一月日」 |
| 指定 | 明治44年(1911)保護指定/昭和30年(1955)2月2日 国宝指定 |
| 所有者 | 熱田神宮 |
| 所在地 | 東京国立博物館(東京都台東区上野公園13-9)に寄託 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/462
- 来国俊 著名刀工・刀匠名鑑(刀剣ワールド)
- https://www.touken-world.jp/sword-artisan-directory/rai-kunitoshi/
- 来派(ウィキペディア)
- https://ja.wikipedia.org/wiki/来派
- 熱田神宮宝物館(ウィキペディア)
- https://ja.wikipedia.org/wiki/熱田神宮宝物館
- 東京国立博物館 来館案内
- https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=113&lang=ja
最終更新日: 2026.06.05