国宝 太刀〈銘久国〉── 粟田口派の至宝、鎌倉の名刀が伝える八百年の輝き

日本の国宝に指定されている美術工芸品のなかで、最も件数が多いのは刀剣類です。それは、日本人が古くから刀剣に芸術としての深い価値を見出してきたことの証でしょう。その刀剣国宝の中にあって、太刀〈銘久国〉はとりわけ特別な存在です。京都・粟田口派を代表する刀工であり、後鳥羽上皇の御番鍛冶のなかでも師範格を拝命した久国。その久国が鍛えた太刀が、およそ八百年の時を経て、ほぼ制作当時のままの姿で現代に伝わっています。名工の署名が残る貴重な完存品として、日本刀の歴史における最高峰の一口です。

粟田口派とは ── 京の都が育んだ最高峰の刀工集団

太刀〈銘久国〉の芸術的価値を理解するために、まずこの刀を生んだ粟田口派の歴史をたどりましょう。粟田口派は、京都東山の三条大橋付近にあった都の出入口「粟田口」の近くに工房を構えた刀工一門です。鎌倉時代の初期から中期にかけて、日本刀の歴史において最も華やかな時代を築きました。

始祖とされる国家(くにいえ)の六人の息子たち──国友、久国、国安、国清、有国、国綱──は「粟田口六兄弟」と称され、一門を実質的に確立しました。さらに後の世代からは、日本三名工の一人に数えられる藤四郎吉光が輩出され、粟田口派の名声は不動のものとなりました。

粟田口派の作風を特徴づけるのは、「梨子地肌(なしじはだ)」と呼ばれる独特の鍛え肌です。極めて精緻に詰んだ小板目肌に地沸(じにえ)が厚くつき、まるで梨の実の表面のように美しい光沢を帯びます。優美な姿に上品な刃文を合わせた粟田口派の刀は、京の公家社会で特に珍重され、室町時代には贈答品の最上位として扱われていました。

粟田口久国 ── 後鳥羽院に仕えた師範格の名工

久国は粟田口六兄弟の次男として生まれました。本名は林藤次郎(はやしとうじろう)。生没年は不詳ですが、鎌倉時代前期に活躍したことがわかっています。その腕前は天皇家の耳にまで届き、刀剣をこよなく愛した後鳥羽上皇に御番鍛冶(ごばんかじ)として召し出されるという栄誉を得ました。

御番鍛冶とは、後鳥羽上皇が全国から選りすぐった名工を月替わりで御所に招き、刀を鍛えさせた制度です。粟田口派からは久国のほかに国友とその子の則国も選ばれていますが、久国はそのなかでも「師徳鍛冶(しとくかじ)」という師範格の地位を拝命しました。他の刀工を指導する立場を任されたということであり、久国の技量がいかに傑出していたかを物語っています。

また久国は、受領名(ずりょうめい)として「大隅権守(おおすみのごんのかみ)」の官位を授かった最初の刀工としても知られています。江戸時代の天保元年(1830年)に刊行された刀剣解説書『懐宝剣尺(かいほうけんじゃく)』では、久国の刀は美術的価値において「古刀最上作」に列せられています。ただし当時でもすでに非常に希少であったため、試し斬りが行われた記録はなく、その切れ味は未知のままです。

なぜ国宝に指定されたのか ── 三つの重要な価値

太刀〈銘久国〉は昭和6年(1931年)12月14日に重要文化財(旧・国宝)に指定され、昭和26年(1951年)6月9日に文化財保護法に基づく新たな国宝に指定されました。この刀が国宝にふさわしいとされる理由は、主に三つあります。

第一に、久国の有銘作(めいの入った作品)として唯一の国宝であることです。久国の在銘作で現存が確認されているものは極めて少なく、重要文化財に指定されている3口のうち2口は現在所在不明です。つまり、確実に久国の手による作品として鑑賞できるものは、この国宝を含めてわずかしか残っていません。

第二に、ほぼ「生ぶ(うぶ)」の状態を保っている完存品であることです。多くの日本刀は時代の移り変わりとともに磨り上げ(すりあげ)と呼ばれる加工によって茎(なかご)が短く切られ、元の姿が失われています。しかしこの太刀は茎がほぼ当初のまま残り、その表面に「久国」と細い鏨(たがね)で刻まれた二字銘が明瞭に読み取れます。制作当時の姿をほぼそのまま伝える資料としても、計り知れない価値を持っています。

第三に、粟田口派の特色を余すところなく体現した芸術的完成度の高さです。文化庁の解説にも「優美で均整のとれた太刀姿で、精緻な鍛えに明るく冴えた表現豊かな波紋を焼いている」と記されており、鎌倉時代の山城鍛冶の頂点を示す作品として高く評価されています。

見どころ ── 刀身に宿る美の細部

日本刀の鑑賞は、全体の姿(すがた)から始まり、鍛え肌、刃文、帽子へと細部へ目を向けていきます。この太刀の魅力を、順を追って見ていきましょう。

まず目を引くのは、その優美な姿です。刃長は約80.5センチメートル(二尺六寸五分五厘)、反りは約3センチメートル(一寸)。鎬造(しのぎづくり)・庵棟(いおりむね)の造り込みで、小切先(こきっさき)の上品な姿は鎌倉時代前期の特色を鮮やかに示しています。元幅に対して先幅が狭まり、踏ん張りのある安定した輪郭は、細身ながらも凛とした気品を湛えています。

鍛え肌は小板目がよく約(つ)み、地沸が深くついて映りが立った、粟田口派の系統の特色そのものです。これが梨子地肌と呼ばれる独特の光沢を生み出し、刀身の表面に奥行きのある美しい表情を与えています。

刃文は小沸本位の中直刃(ちゅうすぐは)に小乱れが交じり、小足(こあし)がよく入り、所々に打ちのけや砂流しがかかります。派手さを抑えた穏やかな刃文のなかに、細やかな変化と表情が織り込まれている──まさに京の雅を感じさせる刃文です。帽子は浅く湾れて僅かに返り、掃きかけごころがあるとされ、品のよい収まりを見せています。

伝来 ── 伊予西条藩松平家から国へ

この太刀は、伊予西条藩(現在の愛媛県西条市)の松平家に伝来しました。伊予西条藩の松平家は、初代紀州藩主・徳川頼宣の次男である松平頼純が寛文8年(1668年)に分知を受けて立藩した家柄で、徳川将軍家と深いつながりを持つ名門です。このような由緒ある大名家の蔵に大切に保管されてきたことが、八百年にわたる良好な保存状態の一因と考えられます。

現在は国(文化庁)が所有しており、東京国立博物館に保管されています。定期的に展示替えが行われるため常時見ることはできませんが、数年に一度の頻度で公開されています。近年では、2018年の京都国立博物館「京のかたな」展、2022年の東京国立博物館150周年記念特別展「国宝 東京国立博物館のすべて」、2025年の大阪市立美術館「日本国宝展」などに出品されています。

鑑賞ガイド ── 東京国立博物館での出会い方

太刀〈銘久国〉を鑑賞するための主な会場は、上野公園内にある東京国立博物館です。日本最古にして最大の博物館であり、国宝89件、重要文化財653件を含む約12万件のコレクションを所蔵しています(2025年4月現在)。

刀剣は本館(日本ギャラリー)13室で展示されることが多く、収蔵品の中から定期的に入れ替えが行われます。国宝の刀剣は光や環境変化による劣化を防ぐため展示期間が限られているので、この太刀を確実にご覧になりたい場合は、事前に博物館の公式ウェブサイトで展示スケジュールをご確認ください。

東京国立博物館は海外からの来館者にもやさしい施設です。展示室内の解説には英語が併記されており、英語音声ガイドの貸し出しも行われています。オンラインでのチケット購入も可能で、混雑期の待ち時間を短縮できます。

周辺情報 ── 上野の文化と下町の魅力

東京国立博物館を訪れたら、ぜひ上野周辺の散策もお楽しみください。上野公園内には、ル・コルビュジエが設計したユネスコ世界遺産の国立西洋美術館、国立科学博物館、東京都美術館など、日本を代表する文化施設が集まっています。

公園内の上野東照宮は、徳川家康を祀る豪華な金色殿で知られ、日本刀を愛した戦国武将たちの時代に思いを馳せることができます。JR上野駅前から御徒町方面に伸びるアメヤ横丁(アメ横)は、鮮魚や乾物、衣料品などが所狭しと並ぶ活気あふれる商店街で、東京の庶民文化を体験できるスポットです。

また、上野から電車でわずか数分の浅草には、東京最古の寺院である浅草寺(せんそうじ)と、その参道に連なる仲見世通りがあります。上野と浅草を組み合わせることで、世界水準の美術鑑賞と下町の伝統文化を一日で満喫できる充実の文化体験が叶います。

Q&A

Q太刀〈銘久国〉は東京国立博物館でいつでも見られますか?
Aいいえ。国宝の刀剣は保存のため常設展示ではなく、定期的な展示替えにより数年に一度の頻度で公開されます。本館13室の刀剣展示コーナーや特別展への出品が主な公開機会です。確実にご覧になりたい場合は、東京国立博物館の公式ウェブサイトで最新の展示スケジュールをご確認ください。
Qこの太刀が他の日本刀と違って特別なのはなぜですか?
A後鳥羽上皇の御番鍛冶のなかでも師範格を務めた名工・久国の作であること、約800年を経てほぼ制作当時のままの姿(生ぶ茎)を保っている極めて稀な完存品であること、そして粟田口派の最高の技法を体現した芸術的完成度の高さ──これらが重なり合って、代替の利かない唯一無二の国宝となっています。久国の有銘作で国宝に指定されているのはこの1口のみです。
Q海外から訪れる場合、東京国立博物館は英語で楽しめますか?
Aはい。展示室内の解説パネルには英語が併記されており、英語の音声ガイドも貸し出されています。公式ウェブサイトにも英語ページがあり、展示情報やアクセス方法、オンラインチケット購入が可能です。インフォメーションデスクのスタッフも英語での対応が可能です。
Q東京国立博物館へのアクセス方法を教えてください。
AJR上野駅(公園口)から徒歩約10分です。東京メトロ銀座線・日比谷線の上野駅からは徒歩約15分、千代田線の根津駅からも徒歩約15分です。京成線の京成上野駅からも徒歩約15分でアクセスできます。博物館に専用駐車場はありませんので、公共交通機関のご利用をおすすめします。
Q展示されている刀の写真を撮ることはできますか?
A総合文化展(常設展)では、個人的・非商業的な目的であれば、フラッシュや三脚を使用しない範囲で写真撮影が可能です。ただし、特別展では撮影が制限される場合があります。展示室内の案内表示やスタッフの指示に従ってください。

基本情報

指定名称 太刀〈銘久国/〉(たち〈めいひさくに〉)
指定区分 国宝(工芸品・刀剣)
刀工 粟田口久国(あわたぐち ひさくに)/本名:林藤次郎
時代 鎌倉時代(13世紀前期)
刃長 二尺六寸五分五厘(約80.5cm)
反り 一寸(約3.0cm)
元幅 九分(約2.7cm)
先幅 五分五厘(約1.7cm)
鋒長 九分(約2.7cm)
造り込み 鎬造、庵棟、小切先
重要文化財指定日 昭和6年(1931年)12月14日
国宝指定日 昭和26年(1951年)6月9日
所有者 国(文化庁)
保管場所 東京国立博物館(東京都台東区上野公園13-9)
開館時間 9:30〜17:00(金曜・土曜は〜19:00)/月曜休館
観覧料 総合文化展:一般1,000円、大学生500円、18歳未満・70歳以上は無料
アクセス JR上野駅(公園口)から徒歩約10分

参考文献

太刀〈銘久国/〉 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/149881
国宝-工芸|太刀 銘 久国[文化庁(国)] — WANDER 国宝
https://wanderkokuho.com/201-00295/
粟田口久国 — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%9F%E7%94%B0%E5%8F%A3%E4%B9%85%E5%9B%BD
太刀 銘 久国 — 刀剣ワールド(ホームメイト)
https://www.touken-world.jp/search-noted-sword/kokuho-meito/54973/
粟田口派・綺羅星の様な名工集団 — 鋼月堂
https://kougetsudo.info/awataguchiha/
数年ぶりに展示されている国宝太刀「粟田口久国」@トーハク — note(かわかわ)
https://note.com/hakubutsu/n/n6e071d3c111d
利用案内 — 東京国立博物館
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=113&lang=en
List of National Treasures of Japan (crafts: swords) — Wikipedia(英語版)
https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_National_Treasures_of_Japan_(crafts:_swords)

最終更新日: 2026.02.17