三十余字の銘をもつ太刀

中世の刀剣の多くは、茎に刻まれた銘から作者名と、せいぜい年紀を読み取れるにすぎない。だがこの太刀は事情が異なる。茎の表裏にわたって刻まれた銘は三十字を超え、二人の刀工の名のみならず、注文主の名と出身地、その属する一族、奉納先の社、さらに作刀が行われた土地までを記している。これほど制作の経緯がはっきりと刻まれた在銘刀は、同時代の遺品のなかでも数が少ない。

作られたのは嘉暦4年(1329年)、鎌倉時代の末期にあたる。茎裏の銘は、備前国長船の左兵衛尉景光と、進士三郎景政の合作であることを記す。景光は備前長船派の三代目で、長船は古来、日本でもっとも多くの名刀を生み出した産地である。景政については在銘作がきわめて少なく、景光の一門あるいは弟子と考えられているが、作風は景光に近い。

茎表には奉納の経緯が刻まれている。願主は武蔵国秩父郡に住む丹治氏の大河原左衛門尉時基、すなわち現在の埼玉県域を本拠とした武士である。時基は遠く西の播磨国に地頭職を有しており、銘文によれば、この太刀は播磨国宍粟郡の三方西で造り、奉納されたという。奉納先は、いまの姫路の地に鎮座する広峰の社であった。

国宝に指定された理由

本太刀は昭和12年(1937年)に重要文化財に指定され、昭和29年(1954年)に国宝へと格上げされた。評価の軸は二つある。一つは作品そのものの質、もう一つは史料としての価値である。

鍛冶の仕事として見れば、鎌倉末の長船の作風をよく示す優品である。文化庁の解説は、直刃を立調にして互の目を交えた刃文を挙げる。抑制のきいた構成のなかに変化を含ませる手つきは、円熟期の景光の特徴にあたる。この水準の作だからこそ、景光の名はいまも刀剣の世界で重んじられている。

もう一つの価値はより希少なものだ。在銘・在年紀の刀身でありながら、願主の名と出身国、奉納先の社名までを併せ記す例は多くない。これは鋼に刻まれた一次史料といってよい。関東の武士団が国を越えて備前の名工に作刀を依頼した、その一場面を確かな年とともに固定している点で、東国の武士と西国の工房との結びつきを具体的にうかがわせる資料となっている。作品としての格と史料としての重みが重なり合うことが、最高位の保護区分へと押し上げた理由である。

展示ケースの前で見たいところ

刃長は82.7センチ、反りは2.6センチで、もっとも深いのは腰のあたりにある。横から見れば、初期の鎌倉刀のような豪壮さではなく、時代相応の細身で品のよい姿をとる。

じっくり見たい点が二つある。一つは地鉄の表情である。鍛えは小板目で、その肌の上に乱映りと呼ばれるうっすらと曇ったような反映が立つ。見る角度を変えると現れたり消えたりするこの帯は、良質の備前物に特徴的なもので、写真にはほとんど写らない。だからこそ実物のケースの前が見どころとなる。

もう一つは茎そのものだ。通常は柄の内側に隠れて見えない部分だが、本太刀の茎は磨上げられておらず、生ぶのまま、栗尻の先と目釘孔一つを残している。つまり1329年に刀工が切った長い銘が、そのままの形で今日まで残っているということだ。展示の際には、茎の表裏を写した写真や押形に目を留めたい。願主から年紀までの全文をそこで読み解くことができる。

博物館と周辺の見どころ

この太刀を収蔵するのは、さいたま市の大宮公園内にある埼玉県立歴史と民俗の博物館である。国宝の刀剣の例にもれず、常時公開されているわけではない。保存上の理由から長期間は収蔵庫に置かれ、限られた期間にのみ展示される。訪れる前に最新の展示予定を確認しておくことが、何よりも確実な準備となる。

時期を選びたい理由がもう一つある。同館はもう一口、景光による国宝を収蔵している。謙信景光と呼ばれる短刀で、これも武蔵の大河原氏にゆかりが深い。両者が同時に公開されるとき、同じ工人と同じ注文主の周辺から生まれた太刀と短刀を並べて比べることができる。これは日本でも得がたい機会である。

博物館を取り囲む公園そのものも、足を運ぶ価値がある。少し歩けば、関東でも有数の古社である氷川神社が、長い参道の先に構えている。博物館への道のりは平易だ。東武アーバンパークラインの大宮公園駅から徒歩約5分、大宮駅からは2駅・およそ4分の近さにある。駐車場は数が限られ公園と共用のため、鉄道での来館が賢明である。

Q&A

Qこの太刀は誰が、いつ作ったのですか。
A嘉暦4年(1329年)に、備前長船派三代目の景光が、その一門と考えられる景政とともに鍛えました。茎の銘に二人の名が並んで刻まれています。
Q銘文はなぜそれほど重要なのですか。
A作者と年紀に加えて、願主である武蔵の武士・丹治氏の大河原時基の名と、広峰の社への奉納の経緯までが刻まれているためです。刀身そのものが、関東の武士が備前の名工に作刀を依頼した事実を記録した史料になっています。
Qいつ訪れても必ず見られますか。
Aいいえ。国宝の刀剣は保存のため限られた期間しか展示されず、収蔵庫に入っていることが多くあります。来館前に展示予定を確認し、本太刀が出る特集展示の機会をねらうとよいでしょう。
Q同館にある景光の作はこれだけですか。
Aいいえ。謙信景光と呼ばれる短刀も収蔵しており、こちらも国宝で、大河原氏にゆかりがあります。両者がそろって公開されることがあり、同じ工人による太刀と短刀を一度に見比べられます。
Q博物館へのアクセスは。
A東武アーバンパークラインの大宮公園駅で下車し、徒歩約5分です。大宮駅からは2駅の近さで、博物館は大宮公園内、氷川神社のすぐ近くにあります。駐車場は少ないため公共交通機関の利用が便利です。

基本情報

名称太刀〈銘備前国長船住左兵衛尉景光、作者進士三郎景政、嘉暦二二年已巳七月日〉
区分工芸品(刀剣)/国宝
指定重要文化財 昭和12年(1937年)5月25日、国宝 昭和29年(1954年)3月20日(指定番号00140)
員数1口
年代嘉暦4年(1329年)、鎌倉時代末期
作者長船景光・景政
寸法身長82.7cm、反り2.6cm、元幅3.1cm、先幅2.0cm、鋒長3.2cm、茎長23.2cm
所有者埼玉県
所在地埼玉県立歴史と民俗の博物館(さいたま市大宮区高鼻町4-219)
開館時間9:00〜16:30(受付16:00まで)。7月1日〜8月31日は9:00〜17:00(受付16:30まで)
休館日月曜日(祝日等を除く)、12月29日〜1月1日
観覧料常設展 一般300円・高校生・学生150円。特別展等は別料金。中学生以下は無料
アクセス東武アーバンパークライン大宮公園駅から徒歩約5分
公開について展示は限られた期間のみ。来館前に展示予定の確認を推奨

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/5263
文化遺産オンライン(国立文化財機構)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/154821
埼玉県立歴史と民俗の博物館「国宝太刀・短刀の公開」
https://saitama-rekimin.spec.ed.jp/kokuhou_tachi_tantou
埼玉県立歴史と民俗の博物館 休館日・開館時間・観覧料
https://saitama-rekimin.spec.ed.jp/kyuukanbi_kaikanjikan_kanrannryou
埼玉県立歴史と民俗の博物館 交通案内
https://saitama-rekimin.spec.ed.jp/access

最終更新日: 2026.06.07