髙橋家住宅納屋とは

髙橋家住宅納屋は、東京都西東京市下保谷3丁目にある江戸末期(1830〜1868年)建築の納屋で、平成30年(2018年)3月27日に国の登録有形文化財に登録された。木造2階建、金属板葺で、建築面積は52平方メートルある。

髙橋家住宅の5件のなかで最も古く、主屋の北東に建つ。もとは平屋建の馬屋で、昭和の戦前までに2階が増築され、現在の2階建の姿になった。

馬屋から納屋へ

江戸時代の武蔵野の農家にとって、馬は畑を耕し、収穫物や肥料を運ぶ大切な働き手だった。髙橋家住宅納屋は、その馬を飼うための平屋の建物として建てられた。

やがて馬屋としての役目を終えると、上に2階を載せて、農具や収穫物をしまう納屋に使われるようになったとみられる。文化庁のデータベースは増築の時期を昭和前期とし、解説では戦前までに2階が加えられたと記している。建物の上下で建てられた時代が異なる点が、この納屋の履歴を読む手がかりになる。

旧態を残す軸組と、西面の下屋

平面は桁行4.5間(4間半)、梁間3間である。2階を載せる改造を受けながらも、柱や梁といった軸組は建てられた当初の姿をよく残している、と文化庁は述べている。

西の面には、壁を設けずに柱だけで屋根を受ける吹き放ちの下屋が付く。雨をよけながら作業をしたり、道具や荷を一時置いたりするのに向いた空間で、農家の付属屋らしいつくりである。太い柱と梁の組み方、吹き放ちの下屋の軒の深さは、髙橋家住宅納屋を見るときの中心になる。

髙橋家住宅納屋が登録された理由

髙橋家住宅納屋は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。文化庁は解説の結びで、この納屋を農家の屋敷構えやその構成を知るうえで欠かせない要素の一つとしている。

主屋は昭和の建物だが、馬屋に由来する江戸末期の納屋が残っていることで、髙橋家住宅は近郊農家の屋敷としての連続性を保っている。

髙橋家住宅納屋の見学

髙橋家住宅納屋は屋敷の奥、主屋の北東側に位置する。個人の住宅なので敷地に立ち入ることはできず、公開日の案内も見当たらなかった(2026年9月確認)。西面の下屋や軸組を間近で確かめる手段は、現状ではない。写真を撮る場合は、公式な可否の案内がないことを踏まえ、家の人の暮らしを写さないようにしたい。屋敷への道順は髙橋家住宅(西東京市)のページを参照してほしい。

Q&A

Q髙橋家住宅納屋はいつ建てられましたか?
A江戸末期(1830〜1868年)です。昭和前期に2階が増築されました。
Q髙橋家住宅納屋はもともと何の建物でしたか?
A平屋建の馬屋でした。戦前までに2階が加えられ、現在の2階建の納屋になっています。
Q髙橋家住宅納屋の大きさと構造は?
A桁行4.5間(4間半)、梁間3間の木造2階建で、建築面積は52平方メートルです。西面に吹き放ちの下屋が付き、柱や梁は当初の姿をよく残しています。
Q髙橋家住宅納屋が登録有形文化財になったのはいつですか?
A平成30年(2018年)3月27日です。
Q髙橋家住宅納屋は見学できますか?
Aできません。屋敷の奥にある個人宅の建物で、公開日の案内もありません(2026年9月確認)。

基本情報

名称髙橋家住宅納屋
所在地東京都西東京市下保谷3丁目862
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成30年(2018年)登録
員数1棟
寸法建築面積52㎡、桁行4.5間・梁間3間(木造2階建)
所有者非公表(個人の住宅)
公開状況非公開(敷地外から外観のみ)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)髙橋家住宅納屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00012132
文化遺産オンライン 髙橋家住宅納屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/389211
西東京市 第2期西東京市文化財保存・活用計画 第3章(PDF)
https://www.city.nishitokyo.lg.jp/siseizyoho/sesaku_keikaku/keikaku/kyouiku/dai2kihozonkatuyou.files/04-dai3syou.pdf

最終更新日: 2026.09.29