東京農工大学農学部本館:昭和初期の学府建築が刻む90年の歩み

東京都府中市の東京農工大学府中キャンパスに堂々とそびえる農学部本館は、1934年(昭和9年)に竣工した鉄骨鉄筋コンクリート造3階建の壮麗な学術建築です。もと東京高等農林学校の本館として建設されたこの建物は、E形の平面構成と中央部の時計台を特徴とし、モルタル塗にスクラッチタイルと褐色タイルを配した外装が気品ある佇まいを醸し出しています。2000年(平成12年)に国の登録有形文化財(建造物)に登録され、日本の近代高等教育の歴史を今に伝える貴重な建築遺産として、現在も大学の中核施設として活用されています。

歴史的背景

本館の歴史は、日本における農学教育の発展と深く結びついています。そのルーツは1874年(明治7年)、内務省勧業寮内藤新宿出張所に設けられた農事修学場に遡ります。この教育機関はその後、1878年に駒場農学校、1886年に東京農林学校へと改編され、1890年には帝国大学農科大学に統合されて乙科(後の実科)となりました。

20世紀に入ると、専門学校令に基づく農林系専門学校が全国に設立される中、帝国大学内の実科の存在意義が問われ始め、廃止論が浮上しました。これに対し、1920年(大正9年)には卒業生有志が「実科独立期成同盟会」を結成し、粘り強い運動を展開します。1923年の関東大震災による予算案の頓挫を乗り越え、復興予算の一部を独立に充てることが決定されました。

1935年(昭和10年)、東京帝国大学農学部が第一高等学校との敷地交換で駒場から本郷へ移転する際、実科は本郷には移らず、東京帝国大学から分離独立する形で東京高等農林学校として新たな歩みを始めました。その前年の1934年に完成していた府中の本館が、新学校の拠点となったのです。

文化財としての価値

本館は2000年(平成12年)9月26日、国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。その登録理由として、東京帝国大学営繕課の設計による昭和初期の学術建築として高い歴史的・建築的価値を有することが挙げられています。

設計を担当した東京帝大営繕課は、安田講堂をはじめとする東京大学本郷キャンパスの諸建築で知られる内田祥三が率いていた組織です。本館にも「内田ゴシック」と称される意匠の特徴が随所に見られ、ゴシック調の垂直性を意識したデザインと堅牢な鉄筋コンクリート構造が融合しています。竣工から90年以上にわたり教育施設として現役で使用され続けている点も、その文化的価値を一層高めています。

建築的見どころ

本館は鉄骨鉄筋コンクリート(SRC)造3階建、建築面積2,896平方メートルの堂々たる建物です。最大の特徴は、3つの翼部が突き出すE形の平面構成で、教室や実験室への自然光と通風を最大限に確保する工夫がなされています。

建物の中央部には時計台がそびえ立ち、キャンパス全体の景観的なランドマークとなっています。この時計台は、同時代の学術建築に見られる権威と品格を象徴する意匠要素であり、周辺からも広く視認できます。

外装の仕上げには繊細な工夫が凝らされています。壁面はモルタル塗を基調としつつ、軒回りや開口部の周辺にはスクラッチタイルと褐色タイルが配されています。滑らかなモルタル面とテクスチャーのあるタイル面の対比が、建物の表情に奥行きと品格を与え、竣工から長い年月を経た今もなお風格ある姿を保っています。

設計者・内田祥三と「内田ゴシック」

本館の設計を手がけた東京帝国大学営繕課を率いていたのは、近代日本を代表する建築学者・建築家の内田祥三(1885〜1972年)です。内田は東京帝大建築学科の教授として構造工学の教育に携わる傍ら、営繕部長として大学施設の設計・建設を統括する、教育者と実践者を兼ねた稀有な存在でした。

1923年の関東大震災後、内田は東京帝大キャンパスの復興を主導し、正門から銀杏並木を通る明快な軸線を導入するとともに、「内田ゴシック」と呼ばれる統一的なデザインの建物群を次々と建設しました。安田講堂(1925年)、東京大学総合図書館(1928年)、法文経1号館(1935年)など、その作品は日本の学術建築の代名詞となっています。内田は後に東京帝国大学第14代総長を務め、1972年には文化勲章を受章しました。

1934年に竣工した本館は、内田ゴシックの意匠言語を本郷キャンパス以外の郊外型学舎に適用した作品であり、このスタイルの汎用性と完成度の高さを示す好例といえます。

見学のご案内

農学部本館は、平日であれば一般の方も自由に見学することができます。大学の公式案内によれば、キャンパスへの入構や建物への入館に特別な許可は必要ありません。農学部キャンパスには門衛所も設けられていません。

見学可能な範囲は、玄関ロビー、階段、廊下、および農学部展示室です。教室や研究室など教育・研究スペースへの立ち入りはできません。なお、本館以外の建物にある大学生協や学生食堂も利用可能です。

玄関付近には登録有形文化財のプレートが設置されており、建物の歴史的位置づけを確認することができます。見学時間は平日の9時から17時までとなっています。毎年秋に開催される東京文化財ウィークの期間中は、特別公開が行われることもあります。

アクセス

府中キャンパスへの公共交通でのアクセスは便利です。最寄り駅はJR武蔵野線の北府中駅で、徒歩約12分です。また、JR国分寺駅南口または京王線府中駅から京王バス「寺91」系統に乗車し、晴見町(東京農工大学前)バス停で下車すれば、正門まで徒歩約2分です。バスは約5分間隔で運行しています。

車で訪れる場合は、キャンパス内にタイムズの時間貸駐車場があります。営業時間は6時から24時まで、料金は1回500円です。

周辺の見どころ

府中市周辺には、本館の見学と合わせて楽しめる観光スポットが豊富にあります。約1,900年の歴史を誇る大國魂神社は、武蔵国の総社として知られ、毎年5月に開催される「くらやみ祭」は東京都の無形民俗文化財に指定されています。参道に連なる馬場大門のケヤキ並木は、推定樹齢400年を超える巨木を含む国の天然記念物です。

府中市郷土の森博物館は、常設展示やプラネタリウムに加え、復元建築物や季節の花々が楽しめるフィールドミュージアムです。日本を代表する競馬場の一つである東京競馬場とJRA競馬博物館も人気のスポットです。自然を満喫したい方には、広大な敷地に美術館やスポーツ施設を併設する府中の森公園がおすすめです。

Q&A

Q東京農工大学農学部本館はいつ建てられましたか?
A1934年(昭和9年)に竣工しました。もともとは東京高等農林学校の本館として建設され、1949年の新制大学発足に伴い、東京農工大学農学部の本館として現在に至るまで使用されています。
Q誰が設計したのですか?
A東京帝国大学営繕課が設計を担当しました。当時の営繕課は、安田講堂をはじめとする東大キャンパスの諸建築を手がけた内田祥三が率いており、本館にも「内田ゴシック」と呼ばれる意匠の特徴が見られます。
Q一般の人でも見学できますか?
Aはい、平日の9時から17時まで自由に見学できます。入構・入館に特別な許可は不要です。玄関ロビー、廊下、階段、農学部展示室を見学できますが、教室や研究室への立ち入りはできません。
Q最寄り駅からのアクセスは?
AJR武蔵野線の北府中駅から徒歩約12分です。JR国分寺駅や京王線府中駅から京王バス「寺91」系統で晴見町(東京農工大学前)バス停まで乗車すれば、正門まで徒歩約2分です。
Q「内田ゴシック」とは何ですか?
A建築家・内田祥三が関東大震災後の東京帝大キャンパス再建にあたって確立した建築デザインの様式です。ゴシック調の垂直的な意匠を鉄筋コンクリート造に取り入れ、スクラッチタイルによるアクセントと堅実かつ品格のある外観を特徴とします。農学部本館は、この様式が東大本郷キャンパス以外に適用された代表的な作品の一つです。

基本情報

名称 東京農工大学農学部本館
旧称 東京高等農林学校本館
文化財区分 国登録有形文化財(建造物)
登録年月日 2000年(平成12年)9月26日
竣工 1934年(昭和9年)
設計 東京帝国大学営繕課(内田祥三監督)
構造 鉄骨鉄筋コンクリート造3階建
建築面積 2,896㎡
所在地 東京都府中市幸町3-5-8
所有者 国立大学法人東京農工大学
見学時間 9:00〜17:00(平日のみ)
アクセス JR武蔵野線北府中駅より徒歩約12分/京王バス晴見町バス停より徒歩約2分

参考文献

東京農工大学農学部本館 – 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/114644
国指定文化財等データベース – 東京農工大学農学部本館
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000816
東京高等農林学校 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/東京高等農林学校
東京農工大学 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/東京農工大学
内田祥三 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/内田祥三
登録有形文化財 東京農工大学農学部本館 – 文化遺産見学案内所
https://bunkaisan.exblog.jp/29756701/

最終更新日: 2026.03.29