大学通りの東側に立つ

一橋大学東本館は、東京都国立市中にある昭和4年(1929年)11月建設の鉄筋コンクリート造2階建の校舎で、平成12年(2000年)9月26日に国の登録有形文化財(建造物)となった。

建築を目当てに国立を訪れる人の多くは、西キャンパスの兼松講堂へ向かう。東本館は大学通りを挟んだ反対側にあり、国立駅から歩いてきた者が実際に最初に到達する登録建造物である。三件のうち規模も最大で、建築面積1711平方メートル。講堂の1471平方メートルを上回る。

建設当初の用途は、東京商科大学附属商学専門部の本館だった。大正12年(1923年)の関東大震災で神田一ツ橋の校舎が使用不能となり、大学は昭和2年から5年にかけて段階的に国立へ移っている。東本館はその移転過程の中ほどに位置づけられる建物である。

学園都市の中核施設として

文化庁の解説は、この建物をより大きな文脈に置いている。国立の町は堤康次郎の構想による学園都市として計画され、大学はその中核施設として招致された。町の計画が先にあり、そこへ大学が組み込まれ、街路の骨格がその関係に沿って引かれた。

大学通りを歩けば、その意図は今も読み取れる。駅を出た通りは一直線に南へ延び、幅員は異例に広く、両側に並木が続き、そして大学で終わる。戦間期日本の郊外計画で、ここまで明瞭な形で残った例は多くない。三件の登録建造物は、孤立した記念物ではなく、この計画の構成要素である。

登録基準は「造形の規範となっているもの」、登録番号13-0094、第25回登録、告示は平成12年10月11日。一橋大学の三件は同じ日に一括して登録されており、文化庁がこれらを部分的に集合として評価していたことがうかがえる。

署名のない設計

設計は文部省建築課とされる。個人名は記録に付されていない。この空白は、昭和初期の公共建築の作られ方を示している。各省は帝国大学建築学科出身者を擁する営繕組織を内部に抱え、当時の学校・研究施設・庁舎の相当部分がそこで設計された。作家名の付く作品史にはほとんど登場しない領域である。二次的な資料には東本館を伊東忠太の設計とするもの、あるいは伊東門下の技術者が省内で担当したと記すものもあるが、文化庁の記録が挙げるのは建築課という組織名のみで、個人への帰属は確認できない。

設計上、最も本質的な判断は平面にある。中庭を囲む閉じた矩形、いわゆるロ字形平面である。内側に廊下を巡らせ、外周に教室と諸室を配する。この規模の2階建で奥行きの深い平面を成立させているのは中庭で、外周にしか面を持てないはずの諸室に採光と通風をもたらしている。

立面は中央を軸とする左右対称。軒蛇腹と胴蛇腹を設けて水平線を強調し、視線を横へ流すことで、長大な2階建が単調な板状に見えることを避けている。兼松講堂と共通するロマネスク風の語彙は半円アーチの開口とスクラッチタイルの外装に現れるが、扱いは抑制的である。隣の著名な建物と張り合うのではなく、同じ衣装を借りて応答している。

大学通りに出て距離をとると、両者の関係が見えてくる。講堂は見られるために造形された対象であり、東本館は同じ意匠をまとった実用の校舎である。

訪問にあたって

東本館は現在も大学の施設として使われており、内部は原則として関係者以外立ち入れない。構内へは守衛所で手続きのうえ入ることができ、構内からの外観撮影に制限はない。例年2月下旬の入学試験期間には入構自体が規制される場合がある。

交通はJR中央線国立駅南口から大学通りを徒歩約10分。西キャンパスに達する手前、通りの東側が東キャンパスである。JR南武線谷保駅からは北口徒歩約20分、または国立駅行きバスで約6分の一橋大学下車。

三件をまとめて見るなら、東本館から入り、大学通りを渡って西キャンパスの中心緑地帯にある旧門衛所、最後に兼松講堂という順で1時間ほどの行程になる。並木が咲く3月下旬から4月上旬は、撮影目的の来訪が集中する時期でもある。

Q&A

Q一橋大学東本館の内部は見学できますか。
Aできません。現在も大学施設として使用されており、内部は原則として関係者以外立ち入れません。外観は、守衛所で手続きのうえ構内に立ち入れば見学できます。
Q一橋大学東本館の設計者は誰ですか。
A文化庁の記録は文部省建築課による設計とし、個人名は挙げていません。二次資料には伊東忠太、あるいは伊東門下の技術者が関与したと記すものもありますが、一次資料の記載からは個人への帰属を確認できません。
Q一橋大学東本館はもともと何のための建物でしたか。
A昭和4年(1929年)11月、東京商科大学附属商学専門部の本館として、大学通り東側のキャンパス地に建設されました。
Q一橋大学東本館と兼松講堂はどう違いますか。
Aいずれも鉄筋コンクリート造でロマネスク風の意匠を用いますが、講堂は伊東忠太が式典空間として設計した建物、東本館は中庭を囲むロ字形平面をもつ実用の校舎です。建築面積は東本館が1711平方メートルで、講堂の1471平方メートルより大きくなります。
Q一橋大学東本館はいつ文化財に登録されましたか。
A平成12年(2000年)9月26日に登録有形文化財(建造物)となりました。登録番号は13-0094、告示は同年10月11日です。兼松講堂・旧門衛所と同日の登録です。

基本情報

名称一橋大学東本館(ひとつばしだいがくひがしほんかん)
所在地東京都国立市中2-1
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号13-0094
指定年平成12年(2000年)9月26日登録/同年10月11日告示
員数1棟
寸法鉄筋コンクリート造2階建、建築面積1711平方メートル
所有者国立大学法人一橋大学
公開状況守衛所で手続きのうえ構内から外観見学可。建物内部は原則非公開。入学試験期間等は入構規制あり。

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) 一橋大学東本館
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00001767
文化遺産オンライン 一橋大学東本館
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/114847
国立市 国登録文化財(4)
https://www.city.kunitachi.tokyo.jp/soshiki/Dept08/Div03/Sec01/gyomu/0061/0062/0067/1463551201705.html
一橋大学 国立キャンパス 交通案内
https://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/kunitachi.html
一橋大学 施設案内
https://www.hit-u.ac.jp/guide/other/facility.html

最終更新日: 2026.08.04