遺言から生まれた講堂

一橋大学兼松講堂は、東京都国立市中にある昭和2年(1927年)8月竣工の鉄筋コンクリート造の講堂で、平成12年(2000年)9月26日に国の登録有形文化財(建造物)となった。

建設費は国費ではない。神戸の貿易商・兼松房治郎が創業した株式会社兼松商店(現・兼松株式会社)が、房治郎の十三回忌を機に、追慕記念事業として寄贈したものである。商業教育を支援せよという創業者の遺訓に沿った寄付だった。

受け取る側の事情も切迫していた。前身の東京商科大学は、大正12年(1923年)の関東大震災で神田一ツ橋の校舎を失っている。西へ、当時の北多摩郡の畑地へ移るという判断は、単なる復旧ではなく学園都市そのものの新設を伴った。移転先で最初に建った本格建築が、この講堂である。

設計は伊東忠太。日本建築史という学問領域を打ち立てた東京帝国大学教授であり、中国から東南アジア、インドへと陸路の調査行を重ねた人物でもある。鉄とコンクリートの世代が装飾を捨てていった時期に、伊東はむしろ装飾の側に軸足を残した。昭和9年(1934年)の築地本願寺はその延長線上にある。

登録の理由と、その軽さの意味

登録基準は「造形の規範となっているもの」。登録番号は13-0092、第25回登録にあたり、登録告示は平成12年10月11日付である。

重要文化財の「指定」ではなく「登録」であることには意味がある。登録有形文化財の制度は平成8年(1996年)に発足した。明治から昭和初期にかけての膨大な近代建築が、指定制度の審査速度を上回る勢いで失われていく状況に対応するための枠組みで、外観を変更する際の届出義務を課す代わりに、所有者が建物を使い続けることを妨げない。兼松講堂が今も現役の講堂であり続けているのは、この制度設計と無関係ではない。

構造は鉄筋コンクリート造2階建、建築面積1471平方メートル。外装はスクラッチタイル張りで、腰は石張りとする。文化庁の記載では正面妻面に校章を掲げるとされ、国立市の文化財ページは前面中央の車輪窓に校章を据えると記す。いずれも正面上部の同じ一点を指した表現の差と考えてよい。

昭和初期の鉄筋コンクリートといえば、平滑な面と抑制された表情が一般的だった。伊東はその材料で半円アーチの列と厚い壁柱、幅広の切妻正面を組み立てている。11世紀ヨーロッパの教会堂の語彙を借りながら、細部に充填したものは西欧の石工が刻むはずのないものだった。

怪異を数える

正面に立ったら、アーチの周囲と窓の頭、隅角部を順に見ていくとよい。動物とも架空の獣ともつかない小さな造形が、開口部のまわりに散らばっている。伊東建築に共通する意匠上の癖であり、大学の広報誌が講堂特集の連載に「怪物の棲む講堂」という見出しを与えたほどには、ここでの密度は高い。

内部は平成15年(2003年)4月から翌年3月にかけて大改修を受けた。財源は卒業生を中心とする募金である。耐震補強と空調の新設が主眼だったが、音楽ホールへの空調導入で通例となる重装備の防音を採らず、演奏中は送風を止めるという運用上の割り切りによって、内部空間の原形を保った。

その空間があるからこそ、今も演奏会の会場として使われている。内部を見る現実的な方法は、公演のチケットを取ることだ。

それ以外は外観の見学となる。国立キャンパスの構内へは守衛所で手続きをすれば立ち入れるが、建物内部は原則として関係者以外は入れない。入学試験期間には構内への入構自体が規制されることがあり、例年2月下旬が該当する。外観の撮影に制限はないものの、現役の大学構内であることは念頭に置きたい。

交通は、JR中央線国立駅南口から大学通りを南へ徒歩約10分。JR南武線谷保駅北口からは徒歩約20分、または国立駅行きのバスで約6分、一橋大学下車。講堂は大学通りの西側、西キャンパスにある。

Q&A

Q一橋大学兼松講堂の内部は見学できますか。
A通常の見学はできません。建物内部は原則として関係者以外立ち入れない扱いです。現在も演奏会や催事の会場として使われているため、公演に来場する形であれば内部を見ることができます。
Q一橋大学兼松講堂の設計者と建築様式を教えてください。
A設計は東京帝国大学教授の伊東忠太です。文化庁の解説はロマネスク風建築と記しています。鉄筋コンクリート造でありながら半円アーチと重厚な壁面を用い、外装にスクラッチタイルを張っています。
Q一橋大学兼松講堂への行き方は。
AJR中央線国立駅南口から大学通りを徒歩約10分です。JR南武線谷保駅からは北口徒歩約20分、または国立駅行きバスで約6分の一橋大学下車となります。講堂は西キャンパス内にあります。
Q一橋大学兼松講堂という名称の由来は何ですか。
A神戸の貿易商・兼松房治郎が創業した兼松商店からの寄贈によって建てられたことに由来します。商業教育を支援するという創業者の遺訓に基づき、十三回忌を機に追慕記念事業として寄付が行われました。
Q一橋大学兼松講堂は重要文化財ですか。
A重要文化財ではなく、登録有形文化財(建造物)です。平成12年9月26日に「造形の規範となっているもの」の基準で登録されました。登録制度は現役で使われ続ける近代建築を対象とした、指定より緩やかな保護の仕組みです。

基本情報

名称一橋大学兼松講堂(ひとつばしだいがくかねまつこうどう)
所在地東京都国立市中2-1
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号13-0092
指定年平成12年(2000年)9月26日登録/同年10月11日告示
員数1棟
寸法鉄筋コンクリート造2階建、建築面積1471平方メートル
所有者国立大学法人一橋大学
公開状況守衛所で手続きのうえ構内に立ち入り可。建物内部は原則非公開。入学試験期間等は入構規制あり。内部見学は催事来場時に限られる。

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) 一橋大学兼松講堂
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00001765
文化遺産オンライン 一橋大学兼松講堂
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/148375
国立市 国登録文化財(4)
https://www.city.kunitachi.tokyo.jp/soshiki/Dept08/Div03/Sec01/gyomu/0061/0062/0067/1463551201705.html
一橋大学 施設案内
https://www.hit-u.ac.jp/guide/other/facility.html
一橋大学 国立キャンパス 交通案内
https://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/kunitachi.html

最終更新日: 2026.08.04