匿名の寄附から生まれた講堂 ― 東京大学大講堂(安田講堂)とは

東京大学大講堂(通称・安田講堂)は、東京都文京区本郷にある鉄筋コンクリート造の講堂で、大正14年(1925年)に竣工し、平成8年(1996年)12月20日に国の登録有形文化財となった。

本郷通りに面した正門をくぐると、約300メートル先の銀杏並木の突き当たりに、すでにこの建物が見えている。塔屋は上に向かうにつれてわずかに絞り込まれ、水平方向の線が最上部までほとんど入らない。実測値以上に高く感じられるのは、この処理のためだろう。

建設資金を出したのは、安田財閥の創始者・安田善次郎である。東京帝国大学の構内に便殿、すなわち天皇の行幸に際して用いる休憩の間が設けられていないことを知った安田が、大講堂とあわせて寄附を申し出たと大学側は説明している。寄附は匿名を条件としていた。安田は大正10年(1921年)に落命し、竣工を見ていない。寄附の事実が知られるようになったのは、その死後のことである。

基本設計は内田祥三。当時は工学部建築学科の教授でありながら営繕課長を兼ね、のちに第14代総長に就いた人物である。大学の刊行物や建築史の記述では、内田の下にいた岸田日出刀を共同設計者として挙げるものが多い。ただし文化庁の登録データベースが設計者として記載しているのは内田のみで、この点は資料によって幅がある。施工は清水組(現在の清水建設)が担当した。

「登録第1号」という呼び方について

日本の建造物の保護制度には二つの系統がある。従来からある指定制度は、国宝・重要文化財を生み、現状変更に厳しい規制をかける。もう一方の登録制度は平成8年(1996年)に発足したもので、おおむね築50年を経た建造物を対象とし、規制はかなり緩やかである。所有者は大きな改変の前に届け出を行うが、建物は日常の用途に使われ続ける。現役の講堂であるこの建物には、後者の枠組みが適している。

安田講堂の登録番号は13-0001。13は東京都の番号、0001は都内での通し番号を示す。ここから「日本で最初の登録有形文化財」と紹介される例があるが、官報にあたると事情が違ってくる。制度発足直後の平成8年12月20日には、全国で118件が同じ日付で一括して登録されている。同日登録である以上、そのうちの一件だけを最初と呼ぶのは正確さを欠く。告示はその6日後の12月26日付である。

適用された登録基準は「造形の規範となっているもの」。文化庁の解説は、ゴシックおよび表現主義の影響が濃い垂直性の強い意匠と、赤茶色のタイル貼りの外壁を挙げ、意匠的に極めて優秀と評価している。内田は塔の着想をケンブリッジ大学の門塔から得たとされるが、実際にできあがった量感の強い比例は、英国の先例とは似ていない。

登録上の構造は鉄筋コンクリート造4階建塔屋付、建築面積1818平方メートルである。二次的な資料には地上5階建・高さ約39.7メートルとするものもある。塔屋や傾斜した客席床の数え方の違いによるもので、記述の根拠としては文化庁の値を採るのが妥当だろう。

外から眺めるための手がかり

先に断っておくと、内部は自由見学の対象ではない。入学式・卒業式のほか、シンポジウムや演奏会に使われ、一般の入場が可能になるのは、公開されている催しがあるときに限られる。客席を見たい場合は、公開行事を探して足を運ぶことになる。

外観は、ゆっくり一周する価値がある。まず壁面のタイルを見てほしい。焼成前に細い平行の溝を引いたスクラッチタイルで、昭和初期に流行した仕上げである。内田はこれを本郷・駒場のキャンパス全体に一貫して用い、その様式はのちに「内田ゴシック」と呼ばれるようになった。曇天では一様な鈍い赤に見えるが、冬の低い日差しが当たると溝が細かな影を落とし、壁全体が粒立って見える。

次に、塔の正面を垂直に走る柱型を追ってみる。最上部まで水平材にほとんど遮られない。

昭和43年(1968年)に学生集団がこの建物を占拠し、翌44年1月に機動隊が排除した経緯は、全国に生中継された。建物の損傷は大きく、修復には年月を要している。その後、昭和63年から平成6年にかけて改修が行われ、平成26年(2014年)には約1年半にわたる耐震補強を中心とした全面改修が完了した。この際、床は創建時の板張りに戻されている。

実用情報を挙げておく。本郷キャンパスへの入構は無料で、おおむね15名未満であれば手続きは不要である。15名以上の団体は、大学のウェブフォームから見学日の7日前までに登録する。見学時間は7時から18時まで。1月の大学入学共通テストと2月下旬の東京大学第2次学力試験の実施日は入構できない。屋外での撮影は個人利用の範囲であれば可能だが、刊行物やSNSへの掲載は大学が断っている。見学者用の駐車場は設けられていない。

最寄りは地下鉄丸ノ内線・大江戸線の本郷三丁目駅で、正門まで徒歩約8分。南北線の東大前駅からは約10分。土日限定で、在学生が案内する完全予約制のキャンパスツアーも運営されている。講堂前の銀杏並木が黄葉するのは11月後半で、この時期は建物前が最も混み合う。

Q&A

Q安田講堂(東京大学大講堂)の内部は見学できますか。入場料はかかりますか。
A内部の自由見学はできません。大学の式典やシンポジウム、演奏会などに使われており、一般の方が入れるのは公開行事に参加する場合に限られます。キャンパスへの入構自体は無料で、小人数なら手続きも不要ですので、外観は7時から18時までの間いつでもご覧いただけます。
Q安田講堂は国宝や重要文化財ではないのですか。
Aいずれでもなく、登録有形文化財です。平成8年(1996年)に始まった登録制度は、現役で使われている建物を対象とする緩やかな枠組みで、大きな改変の際に届け出を求めるにとどまります。指定制度の国宝・重要文化財に課される厳しい現状変更規制は適用されません。
Q安田講堂は「登録有形文化財第1号」と言われますが、正しいのでしょうか。
A正確ではありません。登録番号13-0001は東京都内の第1号を意味します。制度発足時の平成8年12月20日には全国で118件が同日付で登録されており、そのうち一件だけを国内第1号と呼ぶ根拠はありません。
Q安田講堂の設計者は誰ですか。寄附したのはどのような人物ですか。
A文化庁のデータベースは設計者を内田祥三としています。建築学科教授と営繕課長を兼ね、のちに総長となった人物です。大学の刊行物では岸田日出刀を共同設計者として挙げるものもあります。施工は清水組。資金は安田財閥の創始者・安田善次郎による匿名の寄附で、その事実が公になったのは大正10年(1921年)の安田の死後でした。
Q安田講堂へのアクセスと、写真撮影の可否を教えてください。
A地下鉄丸ノ内線・大江戸線の本郷三丁目駅から正門まで徒歩約8分、銀杏並木をまっすぐ進んだ突き当たりです。南北線東大前駅からは約10分。屋外での撮影は個人利用の範囲で認められていますが、刊行物やSNSへの掲載は大学が断っており、商用撮影には事前の許可が必要です。

基本データ

名称東京大学大講堂(安田講堂)
所在地東京都文京区本郷7-3-1
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 13-0001/登録基準「造形の規範となっているもの」
指定年平成8年(1996年)12月20日登録、同年12月26日告示
員数1棟
寸法鉄筋コンクリート造4階建塔屋付、建築面積1818平方メートル
所有者国立大学法人東京大学
公開状況外観は7時~18時に自由見学可(入構無料)。試験実施日は入構不可。内部は公開行事開催時のみ。撮影は個人利用に限る

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)/東京大学大講堂(安田講堂)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000035
文化遺産オンライン/東京大学大講堂(安田講堂)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/146645
東京大学/国の登録有形文化財 登録
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/campus-guide/b07_04_b.html
東京大学/大学施設の利用 大講堂(安田講堂)
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/society/facilities/b07_10.html
東京大学/本郷キャンパスの見学について
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/campus-guide/public02_05.html
東京大学キャンパスツアー
https://campustour.pr.u-tokyo.ac.jp/

最終更新日: 2026.07.29