酒を搾った部屋

小川酒造槽場は、鳥取県倉吉市河原町にある明治期の酒造建築で、平成10年(1998年)10月9日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。所在地は河原町1969番地。小川家の屋敷の背面を流れる鉢屋川に沿い、隣接する旧仕込蔵と連続して建っている。

名称がそのまま用途を示している。槽(ふね)とは、醪を詰めた酒袋を積み重ねて圧をかけ、酒と酒粕を分ける細長い箱型の道具のことで、これを据えた場所が槽場である。工程としては上槽と呼ばれる。数か月の発酵がようやく液体になる、酒造りの節目にあたる作業がここで行われた。どの蔵にも必ずあった部屋だが、残っている例は多くない。

登録原簿は構造を土蔵造2階建、瓦葺、建築面積77平方メートルと記す。同じ敷地の向こう側に建つビン詰場の218平方メートルと比べれば小さいが、それでよい。搾りに必要なのは床面積ではなく、高さと梃子の効きだからである。

内部を見上げると、その理屈が形になっている。屋根は和小屋、それも梁を三重に架けた構えで、その中に滑車が吊られている。積み上げた酒袋に何時間もかけて荷重をかけ続けるための仕掛けであり、この部屋の心臓部にあたる。

失われた水車と、残された煉瓦の壁

建物のすぐ背後を鉢屋川が流れる。文化庁の記録は、この川に関して現在ではあまり見られなくなった事実を記している。かつてここには、鉢屋川の水力を利用するための水車が設けられていた。

水車そのものは失われた。残っているのは、水車へ水を導くために掘られた水路と、その設備を支えた煉瓦積みの壁体である。

着目したいのは煉瓦という素材だ。木、土、漆喰、瓦で組み上げられた屋敷のなかで、煉瓦の壁は明治の産業技術が江戸期以来の家業へ入り込んだ地点を示している。ただし、水車が何を動かしていたのかまでは記録にない。精米か、揚水か。どちらもあり得るが、原簿に記載がない以上、推測で埋めるべきではない。

川は隣の建物にも作用している。槽場に接して建つ旧仕込蔵は大正期の建築で、建築面積237平方メートル、キングポストトラスの洋小屋を持ち、出入口を鉢屋川側に設けている。文化庁の解説はこれを鉢屋川の水運との連絡に結びつけている。二棟を並べて読むと、動力の水と輸送の水、その両方を受け取るように組まれた酒蔵の姿が見えてくる。

槽場に適用された登録基準が、同じ敷地の他の棟と異なるのはそのためだろう。ビン詰場が「造形の規範となっているもの」で登録されたのに対し、槽場は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。評価の重心は建物の意匠ではなく、川との関係に置かれている。

制度上の位置づけと、訪問の実際

登録番号は31-0032、第14回の登録で、告示は平成10年10月26日。同日には主屋、ビン詰場、道具蔵、二階蔵、三階蔵、旧仕込蔵も登録されている。登録有形文化財は平成8年(1996年)の文化財保護法改正で設けられた制度で、おおむね建設後50年を経た建物を対象とし、現状変更に厳しい制限のかかる国宝・重要文化財の「指定」とは性格が異なる。さらに平成27年(2015年)4月7日、鳥取県が「小川家住宅」10点を県指定保護文化財に指定しており、槽場もその1棟に数えられている。

資料上の留意点を挙げておく。文化庁データベースは現在も1998年の登録を掲載しているが、倉吉市が公表する国登録文化財一覧(令和3年6月24日現在)には小川酒造の各棟が含まれていない。登録の現況を正確に扱う必要がある場合は、倉吉市文化財課に確認するのが確実である。

訪問については、状況が近年大きく変わった。令和8年(2026年)7月17日、小川家住宅は旧髙多家住宅とともに分散型ホテル「風の 倉吉」として開業した。客室は2棟あわせて11室、フロントは小川家の主屋に置かれている。ただし槽場は客室にも展示施設にもなっておらず、鳥取県の記録も公開状況を「非公開」としている。宿泊しない場合、見学できるのは外観である。

その外観を、ゆっくり歩いて見たい。通りからは白い漆喰壁の上に赤い石州瓦が重なる。石州瓦は島根県石見地方に発する山陰の瓦で、1200度を超える高温で焼くため凍害に強く、雪の多い土地で使われてきた。この建物に関して見どころは鉢屋川側にある。路地を回り込めば、槽場と旧仕込蔵が川に向かって一続きの長い壁面を見せる。公道からの撮影は問題ないが、敷地に立ち入る場合はフロントに確認したい。

交通は、JR倉吉駅から日本交通の広瀬線バスで「河原町」下車、徒歩約5分。車では約15分だが、屋敷前の道路は7時から17時まで一方通行で東からは進入できないため、西側から回る。通りを東へ15分ほど歩けば、平成10年に選定され平成22年に区域を広げた倉吉市打吹玉川伝統的建造物群保存地区に入り、玉川沿いに白壁の土蔵が40棟ほど連なる一帯へ出る。

Q&A

Q小川酒造槽場の「槽場」とは何をする場所ですか。
A槽(ふね)と呼ばれる箱型の圧搾装置を据え、醪を詰めた酒袋を積んで搾り、酒と酒粕を分ける部屋です。この工程を上槽といいます。倉吉の小川酒造では、この建物がその作業場でした。
Q小川酒造槽場の内部は見学できますか。
Aできません。鳥取県は小川家住宅の公開状況を「非公開」としており、槽場は敷地内のホテル「風の 倉吉」の客室にも含まれていません。外観は公道および鉢屋川側から見ることができます。
Q小川酒造槽場の水車は今も残っていますか。
A水車そのものは失われています。鉢屋川の水を引くために設けられた水路と、設備を支えた煉瓦積みの壁体が残っており、文化庁の記録はこの二点を挙げています。
Q小川酒造槽場はいつ建てられ、どのくらいの大きさですか。
A文化庁データベースは年代を明治期(1868年から1911年)とし、建築年は特定していません。構造は土蔵造2階建、瓦葺で、建築面積は77平方メートル。登録年月日は平成10年(1998年)10月9日です。
Q小川酒造槽場へはJR倉吉駅からどう行きますか。
AJR倉吉駅から日本交通の広瀬線バスに乗り「河原町」下車、徒歩約5分です。車では約15分ですが、屋敷前の道路が7時から17時まで一方通行で東から進入できないため、西側から回り込んでください。

基本情報

名称小川酒造槽場(おがわしゅぞうふなば)
所在地鳥取県倉吉市河原町1969
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 31-0032。あわせて鳥取県指定保護文化財「小川家住宅」10点のうちの1棟
指定年登録 平成10年(1998年)10月9日、告示 同年10月26日/県指定 平成27年(2015年)4月7日
員数1棟
寸法土蔵造2階建、瓦葺、建築面積77平方メートル
所有者個人(文化庁データベースに所有者名の記載なし)
公開状況非公開(内部見学不可)。外観は公道および鉢屋川側から見学可。同一敷地内でホテル「風の 倉吉」が営業

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)小川酒造槽場
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00000892
文化遺産オンライン 小川酒造旧仕込蔵(隣接建物)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/138161
とっとり文化財ナビ(鳥取県)小川家住宅
https://db.pref.tottori.jp/bunkazainavi.nsf/bunkazai_web_view/81801E062D55083349257E200010AB92
倉吉市 国登録文化財一覧
https://www.city.kurayoshi.lg.jp/4237.htm
風の 倉吉 公式サイト
https://www.kazenoheritage.jp/hotels/kurayoshi/
全国伝統的建造物群保存地区協議会 倉吉市打吹玉川
https://www.denken.gr.jp/archive/kurayoshi-utubukitamagawa/index.html

最終更新日: 2026.08.21