松上集落の南、サカキが群がる尾根
鳥取市松上の集落南端から、舗装路を五百メートルほど登った先に石段の入口がある。約三百七十段と伝わる急な石段を息を整えながら踏みのぼると、たどり着くのが松上神社の境内である。社の周囲、特に参道脇の谷部にはサカキが密に群生し、その一帯は昭和十九年(一九四四年)三月七日、国の天然記念物に指定されている。
サカキは、神道の祭祀でいま最も多く用いられる常緑樹である。玉串として神前に捧げられ、家庭の神棚にも榊立てに挿して供えられる。日本中の神社でこの枝が用いられるにもかかわらず、自生地でサカキそのものを密集して見られる場所は、実はそれほど多くない。松上神社の社叢はその数少ない例にあたり、神事に欠かせぬ樹木と、それを祀る社とが同じ山の中で結びついているという意味で、植物学と信仰の両面から注目を集めてきた。
指定区域と植生
天然記念物に指定されているのは社叢のうち一部であるが、ここには明瞭な植生の垂直分布が見られる。尾根筋とその周辺の斜面では、スダジイ(Castanopsis sieboldii)とモチノキ(Ilex integra)が高木層を占める。一方、谷部に下りていくと、ウラジロガシ(Quercus salicina)とサカキ(Cleyera japonica)が優占する別の群落へと植生が切り替わる。
とりわけ評価されたのは谷部のサカキ林である。サカキは西日本の照葉樹林に広く分布するが、自然林の中で密に群がって成立した例は少なく、松上神社の社叢はその希少な事例のひとつとされる。指定はこの希少性に加え、社叢全体の自然度の高さも踏まえてのものであった。神域として手をつけられずに保たれてきた結果、近代以降の伐採や植林で姿を変えた西日本の里山の中にあって、樹林本来の姿が残された。
サカキの自然分布の北限は、おおむね茨城県・石川県あたりとされる。鳥取は分布域の中ほどにあたるが、内陸の谷筋に広がる冷涼湿潤な環境は、この常緑小高木が好む条件と重なる。何百年にもわたって神域として禁伐の対象だったことが、いまの樹林の姿を支えている。
サカキという樹木
サカキはモッコク科サカキ属の常緑小高木で、成木では樹高八〜十メートルに達する。葉は厚みがあり光沢を帯び、縁にぎざぎざのない全縁。六月から七月にかけて、葉の付け根に直径一・五センチほどの白い五弁花を下向きに開く。秋から冬にかけて結ぶ実は黒く熟す。枝先で葉が二列に互生し、水平に広がるのも見分けの目安になる。
植物としての姿はおだやかだが、文化的な意味の重みは大きい。「榊」という漢字は、神と木を組み合わせて日本で作られた国字である。語源としては、神域と人の世とを隔てる「境木(さかいき)」とする説が広く知られる。神棚に供えられた榊は、月に二度、一日と十五日に新しい枝に取り替える慣習が古くからあり、現在も多くの家でこの作法が引き継がれている。
市販されている玉串用のサカキは、いまや九割近くが中国産だという。そうした事情を踏まえれば、自生のサカキが照葉樹林の谷筋に密生する松上神社の社叢に身を置くことは、神事という抽象的な営みの源にある一本の木と向きあう機会でもある。
境内で目に留めたい場所
参道は途中で坂根神社の小社を経て、つづら折りの急登に転じる。登りきると松上神社の鳥居が現れ、その先に随身門が構える。格子越しに随身像を覗くことができ、門の裏手にはとっとり名木百選にも選ばれる秀衡杉が控えている。奥州の藤原秀衡にちなむと伝わるこの杉は、深く溝の入った幹と独特の樹形で境内随一の存在感を放つ。
拝殿の前からは、鳥取市方面に向けて視界がひらける。サカキの群生は参道沿いの谷部で観察しやすく、上方の高木層の下、胸から頭ほどの高さに、濃緑の葉が水平に層を成す姿が目に入る。植物の見分けに関心のある人は、葉縁が滑らかなサカキと、よく似た形をしながら縁に細かな鋸歯のあるヒサカキを並べて比べてみるとよい。ヒサカキは、サカキが育ちにくい東日本などでその代用として神事に用いられる近縁種である。
神社は無人で、拝観料も受付もない。歩く時間は片道三、四十分を見ておきたい。雨上がりは石段や山道が滑りやすくなるため、しっかりした靴を選んで訪れたい。
周辺の見どころとアクセス
松上は、鳥取市街の南、千代川支流の上流部に位置する集落である。JR鳥取駅前から路線バスで約三十分、坂根バス停で下車すれば、徒歩ですぐに参道入口へ向かえる。自家用車の場合は、坂根バス停付近に駐車スペースがあり、案内に従って徒歩で進める。
時間に余裕があれば、南の安蔵渓谷の散策路や、近くの安蔵神社も立ち寄り先として勧められる。少し足を延ばせば、若桜街道沿いに残る江戸期の宿場町の町並みも訪ねやすく、海側に戻れば車で約四十分で鳥取砂丘に至る。社叢が最も映えるのは新緑の初夏と、周囲の落葉樹が色づきサカキの濃緑が際立つ晩秋である。
Q&A
- サカキはなぜ神聖な木とされるのですか。
- サカキは古くから神域と人の世とを隔てる「境木(さかいき)」に由来すると伝わり、神道の祭祀で玉串として神前に捧げられてきました。家庭の神棚にも供えられ、月の一日と十五日に新しい枝に替える慣習があります。「榊」という漢字は神と木を組み合わせた国字で、この樹に与えられた意味の深さを表しています。
- 参道を登るのにどのくらいかかりますか。
- 坂根バス停付近から舗装路で約五百メートル進むと参道入口に着き、そこから約三百七十段の石段を経て本殿前に至ります。所要時間は片道で三十〜四十分程度が目安です。石段や山道は急で、雨後は特に滑りやすいため、登山靴やトレッキングシューズを推奨します。
- いつ天然記念物に指定されたのですか。
- 国の天然記念物として指定されたのは昭和十九年(一九四四年)三月七日です。サカキが密に群生する谷部の樹林に加え、スダジイやモチノキ、ウラジロガシなどを含む社叢全体の自然度の高さが評価され、保護の対象となりました。
- 参拝に料金や予約は必要ですか。
- 無人の神社で、拝観料も予約も不要です。受付や売店、トイレといった設備はありませんので、水分や行動食はご自身で用意してから登りはじめてください。一年を通して参拝でき、特別な閉門時間は設けられていません。
- サカキ以外にはどのような木が見られますか。
- 尾根筋と外周の斜面ではスダジイとモチノキが高木層を占め、谷部にはウラジロガシとサカキの群落が広がります。境内の随身門裏には、とっとり名木百選に選ばれた秀衡杉(ひでひらすぎ)の巨木がそびえ、独特の樹形で参拝者の目を引きます。
基本情報
| 名称 | 松上神社のサカキ樹林(まつがみじんじゃのさかきじゅりん) |
|---|---|
| 指定区分 | 国指定天然記念物(植物) |
| 指定年月日 | 昭和19年(1944年)3月7日 |
| 所在地 | 鳥取県鳥取市松上 |
| 植生構成 | 谷部にサカキ(Cleyera japonica)・ウラジロガシ(Quercus salicina)、尾根筋・外周にスダジイ(Castanopsis sieboldii)・モチノキ(Ilex integra) |
| アクセス | JR鳥取駅から路線バスで約30分、坂根バス停下車。バス停付近から参道入口まで徒歩、本殿まで石段を含めて約20分 |
| 拝観 | 無料・通年自由参拝 |
| 設備 | 常駐の社務所・売店・トイレなし。水分と歩きやすい靴を持参のこと |
参考文献
- とっとり文化財ナビ「松上神社のサカキ樹林」
- https://db.pref.tottori.jp/bunkazainavi.nsf/bunkazai_web_view/C5D10060CEEE42274925796F0007FD30
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/2125
- 鳥取縣神社廳「松上神社」
- https://tottori-jinjacho.jp/pages/198/
- JAPAN GEOGRAPHIC「鳥取県鳥取市 松上神社」
- https://japan-geographic.tv/tottori/tottori-matsugami.html
- ウィキペディア日本語版「サカキ」
- https://ja.wikipedia.org/wiki/サカキ
最終更新日: 2026.05.28