立川吉村家住宅通用門とは

立川吉村家住宅通用門は、鳥取県鳥取市立川町4丁目の吉村家の屋敷にある明治中期の屋根塀と門口で、平成10年(1998年)7月23日に登録有形文化財に登録された。

屋根をのせた塀が延長7.4メートル続き、その中央に門口が1か所開く。文化庁のデータベースでは建築物ではなく「その他工作物」に分類されている。

年代は明治中期で、あわせて昭和11年(1936年)の曳屋が記録されている。同じ年の道路拡幅に伴って立川吉村家住宅通用門も動かされたとみられる。

立川吉村家住宅通用門の役割と登録の理由

立川吉村家住宅通用門は什器蔵の北側にあり、什器蔵と勝手蔵のあいだの隙間をふさぐように屋根塀が渡されている。主屋の表玄関とは別に設けられた、日常の出入りのための口である。

登録の基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。文化庁の解説は、この門を屋敷構えを構成する要素の一つと位置づける。蔵と蔵をつなぐ塀があることで、屋敷の北側の輪郭が途切れずに続く。

立川吉村家住宅通用門の見どころ:広げられた門口

立川吉村家住宅通用門の門口の幅は1間半、約2.7メートルある。もとは1間、約1.8メートルだったが、近年、自動車が出入りできるように広げられた。

明治の門をそのまま保存するのではなく、今の使い方に合わせて手を入れながら使い続けている。登録有形文化財は使いながら残すことを前提にした制度で、その実例として見ることができる。

門口の左右は真壁造で、柱を見せた壁の下部に腰板が貼られる。飾りの少ない簡素なつくりで、白い壁と板、柱の線だけで構成されている。

立川吉村家住宅通用門を見るには

立川吉村家住宅通用門は内部という空間を持たないため、道路から全体を見ることができる。ただし門口は今も車の出入りに使われているので、門の前に立ち止まったり車を停めたりしないこと。

左右の真壁と屋根塀の延びは、少し斜めの位置から見ると奥行きがつかみやすい。門の内側へは入らないこと。

Q&A

Q立川吉村家住宅通用門はどのような構造ですか?
A延長7.4メートルの屋根塀の中央に門口を1か所開いたものです。門口の左右は真壁造で、腰板が貼られています。
Q立川吉村家住宅通用門はいつ登録有形文化財になりましたか?
A平成10年(1998年)7月23日に、吉村家の主屋や蔵とともに登録されました。年代は明治中期です。
Q立川吉村家住宅通用門の門口はなぜ広いのですか?
Aもとは1間(約1.8メートル)でしたが、近年、自動車の出入りのために1間半(約2.7メートル)に広げられました。
Q立川吉村家住宅通用門は屋敷のどこにありますか?
A什器蔵の北側にあり、什器蔵と勝手蔵のあいだをふさぐ屋根塀に門口が開いています。
Q立川吉村家住宅通用門は見学できますか?
A道路から外観を見ることができます。門口は車の出入りに使われているため、前に立ち止まらないよう注意してください。

基本情報

名称立川吉村家住宅通用門
所在地鳥取県鳥取市立川町4-140
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成10年(1998年)7月23日登録
員数1棟
寸法屋根塀延長7.4m、門口1所
所有者株式会社徳平
公開状況外観のみ(道路・路地から)。内部公開の案内なし

参考文献

国指定文化財等データベース:立川吉村家住宅通用門
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000603
国指定文化財等データベース:立川吉村家住宅(関連する登録)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00000602

最終更新日: 2026.09.26