慶応二年の大火のあとに建った家

城戸家住宅主屋は、富山県滑川市瀬羽町にある明治初期の木造二階建の商家建築で、平成12年(2000年)12月4日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された(告示は同月20日)。切妻造、桟瓦葺、平入の形式で、建築面積は191平方メートルである。

建築年代が明治初期に下るのは、火事のためだ。慶応2年(1866年)、滑川は大火に見舞われ、城戸家も焼失している。いま瀬羽町に建っているのはその後身であり、通り全体が一斉に建て直されていく時期に、同じ敷地の上に建てられた。

城戸家が瀬羽町に移り住んだのは19世紀の前半である。味噌・酢・醤油の製造販売、金物類の小売り、そして鍋を貸す貸鍋業を営み、出身地にちなんで神田屋(じんでんや)の屋号を使った。文化庁のデータベースは、この建物の種別を「産業3次」と記録している。住宅ではなく第三次産業の建物として分類されているわけで、この一語がそのまま建物の用途の記録になっている。

登録基準は「造形の規範」だった

登録有形文化財には三つの登録基準があり、どれが適用されたかを見ると、審査が何を評価したのかが分かる。町家の多くは「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で登録される。この建物は違う。適用されたのは第二の基準、「造形の規範となっているもの」である。その根拠は材にある。

文化庁の解説文も滑川市の文化財解説も、同じ点を強調している。全体に良質の材を用い、目に触れる場所には木目や杢を選んだ銘木を使っている。大火のあとに建て直す商家であれば、材を落として費用を抑える選択もあり得た。この家はその逆をやった。

いちばん重要な遺構は内部にある。一階の前面には板敷のミセが取られ、そこに作りつけの帳場が残る。主人が帳面を広げ、客の応対をした低い囲いの空間である。この種の造りつけ帳場はかつて日本各地の商家町に当たり前にあったが、いまでは珍しい。店先を改装したり住居に転用したりするとき、まず取り払われるのがこの部分だからだ。城戸家では残った。

もう一つ触れておきたい特徴がある。広間の上には、採光のための小さな櫓が屋根に設けられている。奥行きの深い町家の平面で、通りに向かって閉じた建物の内部に光を落とすための仕掛けで、装飾ではなく実用の解答である。

旧北陸街道を歩く

この家は旧北陸街道に面して建つ。鉄道が通る前、日本海沿いの往来を担った道である。瀬羽町は滑川の商業の中心で、周囲には同じ年代の建物が並ぶ。すぐ隣、瀬羽町1860番地には旧宮崎酒造がある。売薬で財をなした小泉屋の建物を明治前期に宮崎家が買い取ったもので、店舗兼住宅・酒蔵・麹蔵・衣装蔵の四棟が登録有形文化財となっており、江戸後期には養照寺と交代で本陣も務めた。有隣庵(旧土肥家)は、はす向かいに位置する。

滑川市の国登録文化財は19件を数え、うち10件は平成29年(2017年)6月に一括して登録されたものである。半日あれば、そのかなりの数を歩いてつなぐことができる。市はこの一帯を巡る散策ルートも公開している。

訪ねる前にはっきりさせておくべきことが一つある。この建物は現在も個人の住宅であり、内部は公開されていない。帳場や櫓について上に書いたことは、登録の記録と市の解説によるもので、見学ルートで確かめられる内容ではない。できるのは通りから正面を眺めることで、もっとも、商家の建物はもともとそこから評価されるように建てられている。二階と一階の比、軒の通り、桟瓦の屋根が隣家とどう取り合っているか。見るべきものは正面に出ている。

撮影は公道からの外観に限り、玄関先には立ち入らないでほしい。人が住んでいる家である。

最寄りはあいの風とやま鉄道の滑川駅で、街道筋までは徒歩約10分。富山駅からは列車で約15分である。春のホタルイカの季節に合わせるなら、海側にほたるいかミュージアムや海上観光船があり、その帰りにこの町並みを歩く組み立てが自然に収まる。なお、城戸家住宅の名を持つ建物は他県にもあるが、ここで扱っているのは滑川市瀬羽町の登録有形文化財である。

Q&A

Q城戸家住宅主屋の内部は見学できますか。
A内部は公開されていません。現在も個人の住宅として使われています。外観は公道からいつでも無料で見ることができます。
Q城戸家住宅主屋はいつ建てられたのですか。なぜ江戸時代の建物ではないのですか。
A明治初期、明治元年(1868年)以降の数年のうちに建てられました。それ以前の城戸家の建物は慶応2年(1866年)の滑川の大火で焼失しており、現在の主屋は同じ敷地に建て直されたものです。
Q城戸家住宅主屋の城戸家はどんな商売をしていたのですか。
A味噌・酢・醤油の製造販売、金物類の小売り、そして鍋を貸す貸鍋業を営んでいました。屋号は神田屋(じんでんや)で、19世紀前半に瀬羽町へ移り住む前の出身地にちなむものです。
Q城戸家住宅主屋はどのような理由で文化財に登録されたのですか。
A登録基準のうち「造形の規範となっているもの」が適用されました。全体に良質の材と銘木を用いている点、そして一階前面に板敷で作りつけの帳場を持つミセ構えがよく残っている点が挙げられています。
Q城戸家住宅主屋の周辺に見どころはありますか。
Aすぐ隣に旧宮崎酒造(登録有形文化財4棟)、はす向かいに有隣庵(旧土肥家)があります。滑川市には国登録文化財が19件あり、市がこの一帯を歩く散策ルートを公開しています。

基本情報

名称城戸家住宅主屋(きどけじゅうたくしゅおく)
所在地富山県滑川市瀬羽町1862
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 16-0055/登録基準「造形の規範となっているもの」/種別「産業3次」
指定年平成12年(2000年)12月4日登録、同年12月20日告示(第27回登録)
員数1棟
寸法建築面積191平方メートル/木造二階建、切妻造、桟瓦葺、平入
所有者個人(文化庁データベースの所有者欄は空欄)
公開状況内部非公開。外観は公道から常時無料で見学可

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース — 城戸家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00002028
滑川市 — 国登録有形文化財(建造物その一)
https://www.city.namerikawa.toyama.jp/soshiki/22/3/1/2989.html
とやまの文化遺産 — 城戸家住宅主屋
https://toyama-bunkaisan.jp/search/2485/
滑川市 — 国登録有形文化財(建造物)案内板
https://www.city.namerikawa.toyama.jp/soshiki/17/machinaka/10547.html

最終更新日: 2026.08.24