旧北陸街道に北面する滑川の町家
菅田家住宅主屋(すがたけじゅうたくしゅおく)は、富山県滑川市瀬羽町1855にある明治前期建築の町家で、平成29年(2017年)6月28日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。木造3階建、瓦葺、建築面積192平方メートル、員数1棟。文化庁の登録原簿は構造を「木造三階建、切妻造桟瓦葺」と記す。
敷地は旧北陸街道の南側に面し、間口に対して奥行が深い短冊状をなす。街道に接する部分に主屋が建ち、その背後、中庭を隔てて安政2年(1855年)の衣装蔵が控える。この二棟は同日付で、それぞれ別個の物件として登録されている。街道筋の商家が採った典型的な地割であり、間口の狭さと奥行の深さが、そのまま商いの規模と土地の値段の関係を示している。
菅田家は代々與右衛門を襲名した。滑川市がまとめた伝えによれば、初代は塩、二代は木材、三代は木綿を扱い、四代が田畑を開墾して家業を広げ、呉服太物商のかたわら売薬と質屋を営んだという。越中売薬は江戸期から明治期にかけて全国規模の配置販売網を築いており、日本海側の街道町に残る商家建築の少なからぬ部分が、この商いの利益に支えられている。
養照寺焼けの後に建った家
慶応2年(1866年)、菅田家敷地の南に接する養照寺から出火した。同寺は天保9年(1838年)の大火で本堂を失い、その再建中に大工小屋から火が出たと記録される。火は瀬羽町一帯を焼いた。地元ではこれを「養照寺焼け」と呼ぶ。
現在街道に面して建つ主屋は、この焼失後の再建にあたる。菅田家の課税明細書には明治4年の記載があり、大火の直後に建てられたと推定されている。文化庁の登録原簿は年代を「明治前期/1868~1882」と幅を持たせて記録しており、正確な竣工年は特定されていない。
同じ火災を起点とする建物は近隣にも残る。瀬羽町1862の城戸家住宅主屋は、味噌醤油の製造小売と金物商を営んだ神田屋(じんでんや)の建物で、慶応2年の大火で焼失したのち明治初年頃に再建され、こちらも登録有形文化財となっている。瀬羽町の街並みが明治初期の建築で揃うのは、意匠上の流行によるものではなく、一晩の火災が更地をつくったためである。
登録有形文化財の制度は平成8年(1996年)に発足した届出制の保護措置で、重要文化財のような現状変更の許可制を採らない。所有者は居住と改修の自由を保ちながら保存に協力する。主屋に適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」であり、個々の部材の希少性ではなく、街路景観を構成する一棟としての価値が評価されたことになる。平成22年(2010年)には改修が加えられている。
大戸、蔀戸、コヤネ
正面には古式の建具が残る。出入口には大戸を構え、その脇に蔀戸を設ける。蔀戸は上下に開閉する形式で、近世末期の都市住宅からはおおむね姿を消していた古い手法である。一階を覆う庇は当地でコヤネと呼ばれ、瓦ではなく厚板葺とする。富山県の文化遺産データベースは、これら三点に古い形式が残る点を主屋の特色として挙げている。
平面は滑川の標準的な構成に従う。向かって右勝手に土間を通し、これが奥まで貫通する。主室であるオイはワクノウチとし、柱と梁を見せて方形の枠を室内に浮かび上がらせる。背面の西寄りには台所を突出させる。二階は街路側を物置とし、その背後に諸室を配する。街道の砂埃と人声から居室を遠ざける配置であり、宿場町の町家に共通する処理といえる。
階数については資料間に食い違いがある。文化庁の国指定文化財等データベース、および富山県の文化遺産データベースはいずれも木造3階建とするが、滑川市の文化財紹介ページに掲載された写真の説明文は木造2階建と記す。街路から見上げて数える前に、この点は承知しておいたほうがよい。
建物は個人の住宅であり、内部は公開されていない。外観は公道から常時見学でき、拝観料の設定もない。撮影は街路からの外観に限るのが妥当で、窓の内側へレンズを向ける行為は当然に慎むべきである。最寄りは富山地方鉄道本線の中滑川駅で徒歩約8分、あいの風とやま鉄道と富山地方鉄道が接続する滑川駅からは徒歩約20分。滑川市は登録有形文化財に案内板を設置しており、菅田家住宅もその対象に含まれる。
道を挟んだ正面約20メートルの位置には、平成22年に登録された旧宮崎酒造が建つ。店舗兼住宅を利用したシェアカフェが入り、8月には「なめりかわランタンまつり」の会場となる。西へ少し歩けば慶応3年(1867年)の有隣庵(旧土肥家住宅)主屋があり、現在は地域文化の研究と町並み保存の拠点として使われている。三棟を巡って三十分ほど。単体で見るより、街道の一区間として歩いたときに意味が立ち上がる建物群である。
Q&A
- 菅田家住宅主屋の内部は見学できますか。拝観料や公開日はありますか。
- 内部は公開されていません。個人の住宅として現在も使われているため、公開日や拝観時間、拝観料の設定はありません。外観は旧北陸街道に面しており、公道から時間の制限なく無料で見学できます。
- 菅田家住宅主屋へのアクセスは。最寄り駅からどのくらいですか。
- 最寄りは富山地方鉄道本線の中滑川駅で、徒歩約8分です。富山方面から向かう場合はあいの風とやま鉄道の滑川駅が便利で、徒歩約20分になります。所在地は富山県滑川市瀬羽町1855です。
- 菅田家住宅主屋の建築年代はいつですか。なぜ幅があるのですか。
- 棟札などの直接的な建築記録が確認されていないためです。文化庁は「明治前期/1868~1882」と記録しています。菅田家の課税明細書に明治4年の記載があること、慶応2年(1866年)の大火で前身建物が焼失していることから、大火直後の再建と推定されています。平成22年(2010年)に改修されました。
- 菅田家住宅主屋の登録有形文化財という区分は、重要文化財と何が違いますか。
- 登録有形文化財は平成8年(1996年)に始まった届出制の保護措置で、重要文化財の許可制と異なり、所有者が居住や改修を続けやすい仕組みです。主屋は平成29年6月28日、登録番号16-0123で、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準により登録されました。
- 菅田家住宅主屋の周辺に、あわせて見るべき文化財はありますか。
- 道を挟んだ正面に旧宮崎酒造(平成22年登録)があり、店舗兼住宅にカフェが入っています。西方には慶応3年建築の有隣庵(旧土肥家住宅)主屋、街道沿いには城戸家住宅主屋があります。同じ敷地の背後には安政2年建築の菅田家住宅衣装蔵が建ちます。
基本情報
| 名称 | 菅田家住宅主屋(すがたけじゅうたくしゅおく) |
|---|---|
| 所在地 | 富山県滑川市瀬羽町1855 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 16-0123/登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」 |
| 指定年 | 平成29年(2017年)6月28日 登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造3階建、瓦葺、建築面積192平方メートル |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 内部非公開。外観のみ公道から常時見学可、拝観料なし。撮影は外観に限る |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース — 菅田家住宅主屋
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011667
- 文化遺産オンライン — 菅田家住宅主屋
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/289603
- とやまの文化遺産 — 菅田家住宅主屋
- https://toyama-bunkaisan.jp/search/2503/
- 滑川市 — 国登録有形文化財(建造物その二)
- https://www.city.namerikawa.toyama.jp/soshiki/22/3/1/2990.html
- 滑川市 — 国登録有形文化財(建造物その一)
- https://www.city.namerikawa.toyama.jp/soshiki/22/3/1/2989.html
- 滑川市 — 国登録有形文化財(建造物)案内板
- https://www.city.namerikawa.toyama.jp/soshiki/17/machinaka/10547.html
最終更新日: 2026.08.24