長保寺とは:紀州徳川家の菩提寺となった古刹

長保寺(ちょうほうじ)は、和歌山県海南市下津町上にある天台宗の寺院で、鎌倉時代後期から室町時代前期に建てられた本堂・多宝塔・大門の3棟が昭和28年(1953年)に国の国宝に指定され、鎮守堂が重要文化財に指定されている。

海南市によると、長保寺は長保2年(1000年)に一条天皇の勅願寺として建立に着手し、寛仁元年(1017年)に完成したと伝わる。仁治3年(1242年)に寺地を東に移し、延慶4年(1311年)に現在の本堂が建てられたという。はじめは法相宗で、のちに天台宗、真言宗と変わった。

江戸時代には紀州徳川家初代藩主の頼宣が長保寺を菩提寺とし、天台宗に改めた。その時期を海南市は寛文6年(1666年)、和歌山県は寛文7年(1667年)としている。境内の奥には歴代藩主の墓所が営まれ、将軍となった8代吉宗と13代慶福を除く藩主の墓碑が並ぶ。

伽藍の4棟

国宝の3棟は、延慶4年(1311年)の本堂、正平12年(1357年)の墨書が心柱にある多宝塔、嘉慶2年(1388年)の大門である。文化庁は、3棟が伽藍の主要な建物で、あまり時代の離れない頃に建てられてそろっていることは珍しいと評価している。長保寺は、本堂・塔・大門がそろって国宝である寺は奈良の法隆寺と長保寺だけだと紹介している。

様式の違いにも目を向けたい。本堂は和様を基調に内陣へ禅宗様を大きく取り入れた折衷様、多宝塔は外回りを純和様で統一し、大門は和様を基本に細部に禅宗様を取り入れた楼門である。本堂と多宝塔の間の小道を登った先には、一間社流造・檜皮葺の鎮守堂が建つ。寺伝では永仁3年(1295年)の建立とされ、様式も鎌倉時代後期と考えられている。

拝観の状況(拝観停止中)

長保寺は現在、拝観できない。令和5年(2023年)6月2日の集中豪雨で、国宝の本堂の裏手の北側斜面が崩れ、本堂の周辺が土砂に覆われた。長保寺の公式サイトは、段階的に復旧工事を進めているものの終了の目途は立っておらず、あと2〜3年は拝観停止が続く見込みだとしている。御朱印の受付も当分の間休止している。海南市も令和8年(2026年)4月の更新で、復旧工事のため拝観できない状態だと案内している。

再開後の参考として、和歌山県の観光サイトは拝観時間を午前9時から午後4時、拝観料を300円(小学生以下無料)、交通をJRきのくに線の下津駅から車で10分としている。駐車場がある。訪問を考える場合は、長保寺(073-492-1030)に拝観再開の状況を確認してほしい。

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「長保寺本堂」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2837
文化庁 国指定文化財等データベース「長保寺大門」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2836
文化庁 国指定文化財等データベース「長保寺多宝塔」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2838
文化庁 国指定文化財等データベース「長保寺鎮守堂」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2839
海南市「長保寺」
https://www.city.kainan.lg.jp/kanko/midokoro/bunkazai/chohoji.html
長保寺 公式サイト
https://www.chohoji.or.jp/
わかやまの文化財「長保寺本堂」
https://wakayama-bunkazai.jp/bunkazai/bunkazai_220/
わかやまの文化財「長保寺鎮守堂」
https://wakayama-bunkazai.jp/bunkazai/bunkazai_223/
和歌山県公式観光サイト「長保寺」
https://www.wakayama-kanko.or.jp/spots/detail_1055.html

最終更新日: 2026.09.27

基本情報

名称長保寺
所在地和歌山県海南市下津町上689
所有者長保寺
指定国宝 3件・重要文化財 1件
座標34.10878, 135.16575