高野山に伝わる大毘盧遮那成仏経と二経の写経

大毘盧遮那成仏経という名で台帳に載るこの重要文化財は、実のところ三巻一具の手写の経巻であり、和歌山県の高野山にある高野山学園が所蔵する。三巻はあわせて密教の根本となる三部の経典、すなわち日本で大日経と呼ばれる大毘盧遮那経、金剛頂経、そして蘇悉地経を収める。いずれも真言の修学が拠って立つ聖典であり、印刷の時代をはるかにさかのぼって、一字ずつ手で書き写されたものである。

三巻はもともと京都の勧修寺に伝わった一切経のうちの一群であった。いずれにも書写の年や筆者を記す奥書がなく、その時代は筆跡そのものから読み解かれてきた。大毘盧遮那経は奈良末期の写経、金剛頂経は平安中期の写経、蘇悉地経は奈良中期の写経と判じられている。これらを前にすることは、千年を超えて受け継がれてきた仏典の姿を眺めることでもある。

行間に書き込まれた点、その意味

この経巻の最も深い価値は、見落としやすいところに宿る。平安時代に行間へ加えられた小さな訓点と註記である。漢文を読む日本の読者は、文字をどう区切り、日本語でどう読むかを示すために、点や符号からなる訓点という仕組みを用いた。その一群ごとに固有の学統と時期があり、あわせて読みの歴史の記録をかたちづくる。

大毘盧遮那経の白点は、南都の喜多院にゆかりのある平安初期の点の変種で、従来知られていなかった珍しい類のものである。金剛頂経の朱点は仁和寺の系統に属し、一部は長元六年(1033年)ごろに加えられた。蘇悉地経には角筆による点を含む七種の訓点が認められ、最も古いものは薄い白点、最も降るものは天仁元年(1108年)の朱点である。日本語の歴史を研究する者にとって、これらの註記は第一級の資料であり、昭和57年(1982年)6月5日に重要文化財に指定された大きな理由でもある。

高野山で密教の聖典にふれる

この経巻は、高野山大学を運営する学校法人、高野山学園が所蔵し、展示されるというよりは研究の対象とされている。傷みやすい文書資料であるため常時公開はされず、旅人が展示室で広げられた姿を目にすることは期待できない。山の暮らしのなかでこうした典籍が占めた位置を知りたい人には、高野山霊宝館がよい。高野の経典や絵画、法具を集め、一年を通じて順次入れ替えながら見せている。

これらの聖典の背景には、高野山そのものがある。九世紀初頭に空海が日本の真言密教の中心として開いたこの山は、いまも生きた修行の町であり、大阪から南海線とケーブルカーで台地へと至る。寺々のあいだを歩くことは、こうした典籍が書き写され、読まれ、受け継がれてきた世界のなかを進むことでもある。

Q&A

Qこの三巻はどのような経巻ですか。
A密教の根本となる三部の経典、すなわち大毘盧遮那経(大日経)、金剛頂経、蘇悉地経を手で書き写した写経です。指定名称は、そのうち最初の一経の題によって台帳に登録されています。
Qどのくらい古いものですか。
Aいずれにも奥書がないため、年代は筆跡の分析にもとづきます。三巻は奈良中期・末期から平安中期にわたると判じられており、これらの経典の写本のなかでも古い部類に属します。
Q訓点とは何ですか。
A訓点は、漢文を日本語でどう区切り、どう読むかを示すために、日本の読者が書き加えた点や符号です。学統ごとに異なる方式が用いられたため、訓点は特定の時期と場所で言葉がどう読まれたかを明らかにします。
Qなぜ訓点が貴重なのですか。
A本経巻の訓点にはいくつか珍しい、あるいは従来知られていなかった方式が含まれ、特定の時期に年代づけることができます。日本語の歴史を裏づける資料として格別に重要で、指定の判断にも大きく働きました。
Qこの経巻を見ることはできますか。
A高野山学園が研究資料として所蔵しており、常時公開はされていません。高野山の典籍や絵画にふれたい場合は、高野の経典や美術を順次展示する高野山霊宝館を訪ねるとよいでしょう。

基本情報

名称大毘盧遮那成仏経(金剛頂経・蘇悉地経を含む)
所在地和歌山県伊都郡高野町大字高野山132
指定区分重要文化財(書跡・典籍)/昭和57年(1982年)6月5日指定
形状3巻、手写
時代奈良〜平安時代
所有者高野山学園
公開状況研究資料として所蔵され、常時公開はされていない。高野山の宝物は高野山霊宝館で随時展示される

References

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/8884
文化遺産オンライン(文化庁)大毘盧遮那成仏神変加持経
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/563452
高野山霊宝館 収蔵品紹介
https://reihokan.or.jp/syuzohin/

最終更新日: 2026.06.23