期日に間に合わせた店

珠数屋四郎兵衛店舗は、和歌山県伊都郡高野町大字高野山にある昭和8年(1933年)建築の木造商店で、平成17年(2005年)11月10日に国の登録有形文化財に登録された。高野山の町の中心近く、四つ角に面して建つ。銅板葺の屋根の下に木部と白漆喰の2階建、正面2階の中央には唐破風が反りを見せる。

高野山の登録文化財はほとんどが寺院か門か霊屋である。この建物は商店で、文化庁のデータベースは種別を宗教ではなく「産業3次」としている。この分類こそがこの建物のいちばん面白いところだ。年に数十万の参詣者を迎える聖地には、珠数を買う場所が要る。その必要の歴史が、そのまま建物に書き込まれている。

建築年は偶然ではない。昭和9年(1934年)、高野山は弘法大師空海の1100年御遠忌を迎えた。弘仁7年(816年)に高野山を開いた僧の、1100回目の忌日である。準備は町を作りかえた。店舗はその前年に新築され、人が押し寄せる時期に間に合った。棟梁は地元大工の阪田平造と伝える、と文化庁の記録は書きとめている。

三百年の珠数商、店を持てなかった二百年

商いのほうは建物よりはるかに古く、高野山上で最も古い商店といわれる。同社の伝えるところではこうだ。初代四郎兵衛は慶安5年(1652年)生まれ。すでに高野山で珠数屋を営んでいた孫兵衛のもとで修業し、15歳で独立を許されると、その後40年ほどを諸国の行商に費やした。独立から45年後の正徳2年(1712年)、いまも店の建つこの地で珠数屋四郎兵衛を創業する。以来12代を数える。

和歌山県の文化財解説は創業をこれと異なり、17世紀後半の元禄の頃と伝えられるとしている。両説の隔たりは一世代ほどで、公開資料のなかにこれを決着させるものはない。同社の年譜は内部で数字が整合しており、その点は説の強みといえる。

県の解説にはもうひとつ、同社の沿革が触れていない事実がある。そしてそれは、御遠忌よりもよく昭和8年の新築を説明する。明治以前、この地に商人が自分の店舗を構えることは許されなかった。珠数商は寺の一角を借り、寺の条件のもとで商いをしていた。自前の店を建てられるようになったのは、19世紀後半の一連の制度変更を経てからである。この建物はその新しい時代がまだ50年ほどしか経っていない時点のもので、獲得したばかりの自由を存分に使った姿に見える。

寺の語彙を店構えに:唐破風

構造は木造2階建、入母屋造、銅板葺、平入。建築面積は290平方メートル。外壁は漆喰塗りとする。唐破風は正面2階の中央、道路に向かって据えられている。

唐破風は商店の語彙ではない。寺の門、城の入口、御殿の車寄せに用いられる形式であり、それを高野山の商業建築の正面に載せるのは、この店がどういう性格の場所かを主張する行為である。そしてその主張は成功している。四つ角から眺めると、建物は町に紛れ込んだ異物ではなく、山内の町並みの一部として見える。「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という登録基準が守ろうとしているのは、まさしくその質だ。登録番号は30-0080、告示は同年12月5日に行われた。

内部は、1階の道路側を店舗とし、その裏を住居とする。2階は中廊下を軸に構成され、道路側には参詣客の休憩室として造られた大広間がある。天井は格天井。同じ階には書院と、洋風の応接室が並ぶ。応接室には当時のシャンデリアとステンドグラスが残る。

この部屋には少し立ち止まりたい。昭和8年、それなりの構えの商家であれば、洋間で客を迎える設備を持つことが期待された。ここの造作は、戦後の改装でそうした部屋の多くが失われた時期をくぐり抜けて残った。参詣客のための畳の大広間と、来客のためのステンドグラスの応接室が、同じ階に十数メートルを隔てて並んでいる。この建物はそれを矛盾として扱っていない。

隣接して鉄筋コンクリート造3階建の別館が建つが、こちらは昭和59年(1984年)の建替えで、登録の対象には含まれない。

訪ねる

これは珍しく、そのまま入っていける登録文化財である。珠数屋四郎兵衛は現役の商店として営業しており、年中無休で午前9時から午後5時まで。入場料も予約も要らず、1階を見て回ることができる。珠数と仏具が本業で、総本山金剛峯寺をはじめ全国の寺院に納めている。ごま豆腐や高野豆腐といった高野山の特産も扱う。店内中央には休憩できる場所が設けられている。

2階は事情が違う。大広間・書院・別館は団体の休憩や食事のために事前予約で開放される形なので、格天井もステンドグラスも常時公開されているわけではない。見たい場合は当日訪ねるのではなく、あらかじめ店に問い合わせるのが確実だ。営業中の店内での撮影は、ひとこと断ってからにしたい。

ケーブルカー終点の高野山駅からバスで約12分、千手院橋で下車する。店はその四つ角に建ち、角には古くから狛犬が据えられている。高野山駅方面へ戻るバス停が店の東側に併設されているので、山を下りる前の最後の用事として立ち寄るのに都合がよい。

Q&A

Q珠数屋四郎兵衛店舗の中に入ることはできますか?
Aできます。現役の商店で、午前9時から午後5時まで営業しており入場料はかかりません。1階は自由に見られ、休憩できるスペースもあります。2階の各室は事前予約のある団体向けに開放される形です。
Q高野山駅から珠数屋四郎兵衛店舗へはどう行きますか?
A高野山駅から路線バスで約12分、千手院橋で下車します。店舗は高野山771番地、その四つ角に面しています。高野山駅方面行きのバス停が店の東側に併設されています。
Q珠数屋四郎兵衛店舗はなぜ昭和8年に建てられたのですか?
A翌昭和9年(1934年)に高野山が弘法大師の1100年御遠忌を迎えるためです。御遠忌に集まる参詣者に間に合うよう、その前年に新築されました。
Q珠数屋四郎兵衛店舗の外観で見るべき点はどこですか?
A正面2階中央の唐破風です。寺院や御殿の建築に用いられる形式で、商店の正面に据えられるのは珍しく、この建物が高野山の宗教建築群のなかに違和感なく収まっている理由になっています。銅板葺の屋根と漆喰塗りの外壁も新築時の性格をよく残しています。
Q珠数屋四郎兵衛の創業はいつですか?
A同社は正徳2年(1712年)創業とし、現在12代目にあたります。和歌山県の文化財解説はこれよりやや早い元禄の頃と伝えられるとしています。明治以前は高野山に商人が自前の店舗を持つことができず、寺の一角で商いをしていました。

基本情報

名称珠数屋四郎兵衛店舗(じゅずやしろべえてんぽ)
所在地和歌山県伊都郡高野町大字高野山771
指定区分国登録有形文化財(建造物) 登録番号 30-0080
指定年平成17年(2005年)11月10日登録(告示 同年12月5日)
員数1棟
寸法木造2階建、入母屋造、銅板葺、平入。建築面積290平方メートル
所有者株式会社珠数屋四郎兵衛
公開状況1階は商店として営業(9:00〜17:00、無料)。2階は団体予約時に開放

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)— 珠数屋四郎兵衛店舗
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00005029
文化遺産オンライン(文化庁)— 珠数屋四郎兵衛店舗
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/196029
わかやまの文化財(和歌山県教育委員会)— 珠数屋四郎兵衛店舗
https://wakayama-bunkazai.jp/bunkazai/bunkazai_129/
高野山 珠数屋四郎兵衛 — 当店について
https://juzushi.com/about/
高野山 珠数屋四郎兵衛 — 店舗業務について
https://juzushi.com/shop/

最終更新日: 2026.08.28