海の生き物が彫られた港町の社殿
加太春日神社の本殿は、慶長元年(1596年)に建てられた。屋根の下に並ぶ蟇股の彫刻には、海老や貝、そして漁業の神である恵比寿が刻まれている。社が建つのは、和歌山市の西端、加太の港から数本の路地を入った一画である。彫刻の題材は、この神社が漁師町に根ざしてきたことと結びついている。
建物そのものは小さい。檜皮葺の屋根をいただく一間社流造で、知らなければ通り過ぎてしまうほどの規模だ。雲に龍、竹に虎といった定型の彫刻もあるが、それと並んで海老や貝、恵比寿が配されている点に、ほかではあまり見られない特徴がある。
天照大神から春日の神へ
創建の年代は定かでない。『紀伊国造家旧記』によれば、神武天皇の御代に天道根命が二種の神宝を奉じて加太浦に上陸し、頓宮を設けて天照大御神を祀ったことに始まるという。神話の時代にさかのぼる伝承であり、確かな史実としてたどれるのは中世以降である。
文保元年(1317年)の住吉社への寄進状が『向井家文書』に残り、航海安全と大漁を願う住吉の神がこの地で祀られていたことがわかる。ほぼ同じころ、地頭としてこの地を治めた日野左衛門藤原光福が、藤原氏の祖神である春日三神を新たに祀り、社名を春日社と称した。祭神は天児屋根命・武甕槌命・経津主命の三神で、これは現在も変わらない。加太春日神社という社名そのものは、戦後に用いられるようになったものである。
今の社殿が建ったのは慶長元年(1596年)。『紀伊国名所図会』には、もとは東の山の中腹にあった社を、天正年間(1573〜1592年)に和歌山城へ入った羽柴秀長の家臣・桑山重晴が現在地へ遷したと記される。1596年の大がかりな造営は棟札によって裏づけられ、桑山氏のもとで行われた。
重要文化財としての価値
加太春日神社本殿は、昭和6年(1931年)12月に旧国宝に指定され、戦後の文化財保護法のもとで改めて重要文化財となった。指定の対象は建物全体、とりわけその彫刻にある。
形式は一間社流造で、前方の屋根が長く流れ落ちる、神社建築でもっとも一般的な形だ。この基本の形に、桃山時代らしい装飾が重ねられている。屋根の中央には千鳥破風が突き出し、軒先には湾曲した軒唐破風がつく。彫刻は蟇股・欄間・脇障子・木鼻に及ぶ。
評価を決めているのは、その題材である。この時期の社殿彫刻は吉祥文様や中国由来の画題が中心で、本殿にもそうした彫刻はある。ただしそこに、海老・貝・恵比寿という、海辺の漁師町らしい題材が加わる。さらに珍しいのが迦陵頻伽だ。仏典に現れる、上半身が人で下半身が鳥の想像上の生き物で、これを蟇股の装飾に用いる例は大変めずらしいとされる。
板塀越しに見る
本殿は板塀に囲われている。外からはっきり見えるのは檜皮葺の屋根だけで、社殿を有名にした彫刻を間近に確かめることは、通常の参拝では難しい。そのことを知っておくと、見方が変わる。
参道からはまず屋根に目がいく。中央の千鳥破風と湾曲した軒唐破風は、少し離れていても形がよくわかる。彫刻の細部は、和歌山市の文化財解説や神社の資料に写真が載っており、板塀の向こうを補ってくれる。
建物だけでなく、その場所も見ておきたい。社地は加太の古い家並みのなかの狭い一画にあり、路地に面した鳥居をくぐって向きを変えると、本殿が間近に現れる。境内は地元の人の手で整えられ、今も港町の暮らしの中心にある。
この社にはもう一つの筋がある。役行者が近くの友ヶ島を行場とした際、当社を守護神としたと伝わり、その縁は今も続く。毎年4月には聖護院門跡が大勢の山伏とともに参拝する。本殿とえび祭りは、日本遺産「葛城修験」の構成文化財でもある。
加太のまちと祭り
加太は半日を費やす値打ちがある。海の方へ少し歩けば、人形供養で全国に知られる淡嶋神社がある。加太港は友ヶ島へ渡る船の発着地で、明治期の砲台跡が残るこの島々は、それ自体が訪問先になっている。その間の古い通りには小さな店が並び、揚げパンで知られるパン屋もある。
行き方は分かりやすい。加太駅は南海加太線の終点で、和歌山市駅から加太線に乗り換えて終点まで行き、港の方へ10分ほど歩く。神社は、駅と淡嶋神社を結ぶあわしま街道沿いに建つ。
日を合わせられるなら、5月のえび祭りがこの神社の一年の山場だ。例大祭の渡御祭で、開催は5月第3土曜日。名は、かつて加太で多く水揚げされた伊勢海老を祭礼の日に神前へ供えたことに由来する。宝太鼓を先頭にした行列が一日かけて神輿を担いで町を巡り、御旅所ごとに獅子舞や長刀振りを奉納する。港のお旅所では、高さ3メートルの丸太の上で獅子舞が披露される。獅子に頭を噛んでもらった子どもは、その年を健やかに過ごせると伝わる。1月にはえびす祭りも行われる。
Q&A
- 本殿の中や彫刻を間近で見られますか。
- 見られません。本殿は板塀に囲われ、外から見えるのは檜皮葺の屋根だけです。彫刻の細部は、和歌山市や神社が公開している写真で確かめるのがよいでしょう。
- 神社へのアクセスは。
- 南海加太線の終点・加太駅で下車し、港の方へ10分ほど歩きます。和歌山市内からは、まず和歌山市駅へ出て加太線に乗り換えます。
- いつ訪れるのがよいですか。
- 参拝は通年できます。5月第3土曜のえび祭りが一年で最もにぎわう日で、4月上旬には聖護院門跡による山伏の参拝があります。
- なぜ神社に海老や貝が彫られているのですか。
- 加太は伊勢海老を多く水揚げしてきた漁師町です。彫刻はその暮らしと、人々が祀ってきた海の神を映しており、この点が本殿を珍しいものにしています。
- 近くに見どころはありますか。
- 人形で知られる淡嶋神社が歩いてすぐです。加太港からは友ヶ島の砲台跡へ船が出ています。古い町並みそのものを歩く時間も取りたいところです。
基本データ
| 名称 | 加太春日神社本殿(かだかすがじんじゃほんでん) |
|---|---|
| 所在地 | 和歌山県和歌山市加太 |
| 指定区分 | 国指定重要文化財(建造物)/昭和6年に旧国宝指定 |
| 指定年月日 | 昭和6年(1931年)12月14日 |
| 時代・年代 | 安土桃山時代 慶長元年(1596年)建立 |
| 構造 | 一間社流造、檜皮葺、千鳥破風・軒唐破風付 |
| 員数 | 1棟 |
| 所有者 | 加太春日神社 |
| アクセス | 南海加太線・加太駅から徒歩約10分 |
| 公開状況 | 社殿は板塀に囲われ外観の一部のみ拝観可、内部は非公開 |
参考文献
- 日本遺産 葛城修験 加太春日神社 えび祭り
- https://katsuragisyugen-nihonisan.com/cultural_property/cat03/post_49.php
- 日本遺産ポータルサイト(文化庁) 加太春日神社
- https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/5289/
- otent(南海電鉄) 加太春日神社
- https://otent-nankai.jp/category/topic/250331_kada-kasuga-shrine_1223
最終更新日: 2026.06.05