間口2.9メートル、総欅造の四脚門
稱念寺山門は、和歌山県和歌山市加太にある西山浄土宗寺院・稱念寺の境内西面に建つ四脚門で、江戸時代末期(1830〜1868年頃)の建立、平成29年(2017年)6月28日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
間口は2.9メートル。乗用車一台分の車庫の幅と考えればいい。この寸法を頭に入れておくと、文化庁の解説文の締めくくりが効いてくる。「小規模ながら総欅造とするなど質の高い門である」。評価の重心は、寸法の小ささと造作の水準との落差にある。
欅は、強度と見栄えの両方を求められる部材に大工が選ぶ広葉樹である。重く、乾燥に時間がかかり、交錯した木目は鉋を弾く。大きな無節材は昔から高い。見える箇所だけに使うのではなく門の骨格をまるごと欅で組むというのは、木取りの判断であると同時に、資金と意志の表明でもある。
四脚門の読み方
四脚門という呼び名は、はじめて聞くと数が合わない。棟の真下に立って扉を吊る太い柱が門柱で、これが2本。その前後に控柱が2本ずつ、計4本立って架構を支え、軒を受ける。柱は合わせて6本あり、名称の「四脚」は控柱の数を指す。寺院の正門や格式の高い門に用いられてきた形式で、遺構としては鎌倉時代初頭にさかのぼる例が知られる。
稱念寺山門では、門柱を円柱、控柱を几帳面取角柱とする。几帳面取は角を落として細い段を付ける面の取り方で、平安時代の室内調度である几帳の柱を同じように仕上げたことに由来する名称である。門柱と控柱は高さの違う3本の横材で繋がれる。腰の高さを貫く腰貫、そのすぐ上に打たれる腰長押、柱頭をまとめる頭貫。役割はそれぞれ違う。腰貫は柱を貫通して変形に抵抗し、腰長押は柱面に打ち付けて架構を固め、頭貫は屋根の荷重が来る前に柱頭を一体化させる。
門柱の上には冠木が渡る。その冠木の上、中備の位置に蟇股を置き、蟇股が虹梁を受ける。冠木、蟇股、虹梁と垂直に積み上がる短い構成が、この門の意匠の中心である。そこから上は屋根になる。
屋根は切妻造の本瓦葺。両脇には小屋根を付けた潜戸が設けられている。大扉を閉めたまま日常の出入りに使う、低い通用口である。
登録が評価したもの
国の登録有形文化財は、重要文化財の指定に比べて規制の緩い制度である。指定が厳格な現状変更規制と国庫補助をともなうのに対し、登録は届出制で運用される。外観の変更にあたって届け出れば足り、所有者は税制優遇と技術的助言を受けながら建物を使い続けられる。平成8年(1996年)に導入された仕組みで、指定の網からこぼれるおおむね築50年以上の膨大な建造物を対象としている。
稱念寺山門の登録番号は30-0225。第87回の登録で、基準は「造形の規範となっているもの」。種別は「その他工作物」で、門・塀・橋などに適用される区分にあたる。
同日に登録された本堂(30-0224)との関係は、少し立ち止まって考える価値がある。本堂は寛政7年(1795年)に和歌山城下で建てられ、明治40年(1907年)に加太へ移された。一方、山門には移築の記載がない。文化庁のデータベースは移築があれば年代欄に明記する書式をとっているから、記録の上では、この土地に長く立ち続けてきたのは山門のほうである。両者が一組の伽藍として見えるようになったのは、明治の移築を経てからということになる。
この6月28日には、加太の宮﨑家住宅3棟も同時に登録された。和歌山県教育委員会の一覧を見ると、加太では平成17年の旧加太警察署庁舎(中村家住宅主屋、大正時代)、平成27年の友ヶ島灯台(明治5年)、令和3年の向井家住宅(万延元年)や旧加太砲台弾廠・厠と、登録が段階的に積み上げられてきたことがわかる。
門の前に立つ
この門は西を向いている。加太で西を向くとは、海のほうを向くということだ。日の傾いた時刻には光が路地をまっすぐ伝ってきて木肌を斜めから舐める。欅を見るならこの時間がいい。木目が浅い浮き彫りのように立ち上がり、控柱の面取りには円柱には出ない一条のハイライトが乗る。朝は光が平坦で、そのぶん軒下の影が濃くなりすぎず、組手を追うのに向く。
くぐる前に軒裏を見上げてほしい。それから冠木の上の蟇股に目を戻す。これだけ間口の狭い門では、彫り手に与えられた面積はごくわずかである。その限られた輪郭を、下の開口に対してどう釣り合わせたか。無難な門と良い門を分けるのは、そのあたりの判断になる。
加太は南海加太線の終点である。和歌山市駅から発着し「加太さかな線」の愛称で呼ばれる路線で、平成28年(2016年)に登場した観光列車「めでたいでんしゃ」が一部の便に入る。加太駅から旧集落まで徒歩およそ10分。道は狭く両側に住宅が並ぶので、車は駅の周辺に置いて歩きたい。
稱念寺は現役の檀家寺であり、観光施設ではない。拝観時間や拝観料の設定はない。山門は境内の境界に建つため、立ち入らずとも公道から見学・撮影ができる。境内に入る場合や法要と重なる時間帯は、事前に寺へ相談してほしい。隣接する加太1343の加太春日神社は、慶長元年(1596年)の本殿が国の重要文化財である。
Q&A
- 稱念寺山門はどこにありますか。アクセス方法は?
- 和歌山県和歌山市加太1346、稱念寺境内の西面に建っています。南海加太線を和歌山市駅から終点の加太駅まで乗り、旧集落方面へ徒歩約10分。周辺は道幅が狭いため、駅から歩くほうが確実です。
- 稱念寺山門は自由に見学・撮影できますか?
- 山門は境内の境界に建っているため、公道から見学・撮影ができます。拝観時間や拝観料の設定はなく、現役の檀家寺として使われています。境内に立ち入る場合や、法要の時間帯にあたる場合は、事前に寺へ連絡してください。
- 稱念寺山門の「四脚門」とはどういう形式ですか?
- 扉を吊る門柱2本の前後に控柱を2本ずつ立てた形式で、柱は計6本、名称の「四脚」は控柱の数を指します。寺院の正門など格式の高い門に用いられてきました。稱念寺山門はこれを小規模に実現したもので、門柱は円柱、控柱は几帳面取角柱としています。
- 稱念寺山門と本堂は、どちらが先にこの場所にありましたか?
- 記録の上では山門です。文化庁のデータベースは山門を江戸時代末期(1830〜1868年頃)とし、移築の記載はありません。本堂は寛政7年(1795年)と山門より古いものの、明治40年(1907年)に和歌山城下の真光寺から移されたものです。
- 稱念寺山門の両脇にある潜戸は何のためのものですか?
- 潜戸は大扉を閉めたまま日常の出入りに使う低い通用口で、稱念寺山門では左右にそれぞれ小屋根を付けて設けられています。大扉を開けるのは相応の機会に限られるため、普段の通行を潜戸が受け持ち、大扉の傷みを抑える役割も果たします。
基本情報
| 名称 | 稱念寺山門(しょうねんじさんもん) |
|---|---|
| 所在地 | 和歌山県和歌山市加太1346 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) 登録番号30-0225 |
| 指定年 | 平成29年(2017年)6月28日登録 第87回登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造、瓦葺、間口2.9メートル、左右潜戸付 |
| 所有者 | 宗教法人稱念寺 |
| 公開状況 | 公道から常時見学可。拝観時間・拝観料の設定はなく、境内への立ち入りは事前に寺へ相談。 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) 稱念寺山門
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011787
- 国指定文化財等データベース(文化庁) 稱念寺本堂
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011786
- 和歌山県教育委員会 国登録有形文化財
- https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/500700/mokuroku/d00155458.html
- 和歌山市 寺社・名所旧跡(加太周辺)
- https://www.city.wakayama.wakayama.jp/kankou/kankouspot/1001038/1000591.html
- 南海電気鉄道 加太駅
- https://www.nankai.co.jp/traffic/station/kada.html
最終更新日: 2026.08.27