七山の田園に残る明治の農家

和歌山県海南市の南部、七山の田園地帯に、南へ向かって建つ一軒の農家がある。中野家住宅主屋である。建築は明治前期、西暦でいえば一八六八年から一八八二年ごろにさかのぼり、明治後期、一八九八年から一九一二年ごろに改修の手が加えられている。木造平屋建、建築面積はおよそ一二六平方メートルと規模は大きくないが、丁寧に造られた住まいであり、この地方の中規模農家建築の指標となる一棟として知られる。

建物だけでなく、その立地も見どころである。水田と山裾が広がる農村のなかにあって、低く長い屋根の輪郭は、星子の集落の景観を今も静かに支えている。

農家がなぜ国の登録になったのか

中野家住宅主屋は登録有形文化財であり、二〇一三年六月二十一日に国の登録原簿に登録された。登録は、国宝や重要文化財に対する指定とは別の、より緩やかな保護の制度である。一九九六年に設けられたこの仕組みは、近代以降に数多く建てられた建造物、なかでも各地の農家や付属建物を、地域の風景とともに後世へ受け継ぐことを目的としている。したがって、この住宅については「指定」ではなく「登録」と表現するのが正しく、住み継がれながら緩やかに守られている。

登録の基準は、国土の歴史的景観に寄与していることにある。当地の中規模農家を代表する建物として、七山の農村が保つ昔ながらの景観の一角を形づくっている。

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屋根は入母屋造で、桟瓦で葺かれ、四周には下屋庇をめぐらして外壁を雨から守っている。現状は瓦葺だが、建設当初は茅で葺かれていたと考えられており、大きく傾斜した屋根の形には、かつての茅葺の名残がうかがえる。

内部の構成は明快である。東寄りを土間とし、農家の作業の中心としながら、西側の床上部を整型の四間取、いわゆる四間取としてまとめ、南側にザシキとシモノマを配する。小屋組では、登梁を棟束で受け、鼻栓差の仕口で固めている。注目したいのは、土間に寄った部屋境が半間ずらして設けられている点で、この不整形そのものが、当地方の民家がもつ造りの特色を示している。

Q&A

Q見学することはできますか。
Aいいえ。中野家住宅は個人の住まいであり、一般には公開されていません。農村の中に建ち、見学のための設備もありませんので、敷地内に立ち入ったり、居住者の生活を妨げたりしないようご注意ください。見る場合は公道からのみとしてください。
Qいつ頃の建物ですか。
A主屋は明治前期、おおむね一八六八年から一八八二年ごろの建築で、明治後期、一八九八年から一九一二年ごろに改修されています。国の登録は二〇一三年です。
Q屋根は最初から瓦葺だったのですか。
Aおそらく違います。現在は瓦葺ですが、建設当初は茅葺であったと考えられています。この年代の農家では、茅葺から瓦葺へ改められた例が多く、後世の維持管理の跡といえます。
Q他県の中野家住宅と同じものですか。
Aいいえ。同じ名称の登録有形文化財が佐賀県にもありますが、そちらは規模の大きな木造二階建の建物です。ここで紹介しているのは、海南市星子に建つ建築面積およそ一二六平方メートルの平屋の農家です。
Q自由に見学できる近隣の建物はありますか。
A近隣で見学できる文化財としては、県都に建つ和歌山城が一般公開されているほか、海南市の漆器の産地である黒江には伝統的な町家の並ぶ通りがあり、自由に歩くことができます。いずれもこの地域の建築文化をより深く知る手がかりになります。

基本情報

名称中野家住宅主屋(なかのけじゅうたくしゅおく)
所在地和歌山県海南市七山字星子1259
区分登録有形文化財(建造物)
登録年月日2013年6月21日
年代明治前期(1868〜1882)/明治後期改修(1898〜1912)
構造木造平屋建、瓦葺、建築面積約126㎡、1棟
所有者個人
公開個人住宅のため非公開

参考ページ

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00009662
文化遺産オンライン:中野家住宅主屋
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/229438
わかやまの文化財:中野家住宅主屋
https://wakayama-bunkazai.jp/bunkazai/bunkazai-spot-879/

最終更新日: 2026.06.22