羽黒山正善院黄金堂とは
羽黒山正善院黄金堂は、山形県鶴岡市羽黒町手向の羽黒山の門前町にある正善院の本堂で、文禄年間に酒田城主甘糟備後守によって建て替えられた宝形造の仏堂であり、明治41年(1908年)4月23日に国の重要文化財に指定された。読みは「はぐろさんしょうぜんいんこがねどう」(文化庁、山形県)。
文化庁の記録では、桁行五間、梁間四間、一重、宝形造、向拝一間、茅葺形銅板葺。年代は文禄5年(1596年)とされ、所有者は羽黒山正善院である。日本遺産「自然と信仰が息づく『生まれかわりの旅』」の構成文化財でもある(日本遺産ポータルサイト)。
小金堂から黄金堂へ
山形県によれば、建立年代は明らかでないが、建久4年(1193年)に源頼朝が寄進し、部将土肥実平を奉行として建てたといわれ、文禄3年(1594年)に酒田城主甘糟備後守が建て替えたのが現在の堂である。
正善院によれば、黄金堂は羽黒山上の大金堂(現在の三神合祭殿)に対して麓の「小金堂」と呼ばれ、文禄頃から「こがねどう」と呼ばれるようになった。三十三体の聖観世音菩薩を本尊とし、現存する羽黒山内の建築物で最も古い。前面の道路の拡幅で分断されたが、かつては正善院と地続きの広大な境内だった。
重要文化財としての価値
羽黒山正善院黄金堂は明治41年(1908年)に指定された。山形県は、斗組や軒の曲線は文禄の改修にあたって鎌倉期の当初の様式にならったと考えられる一方、木鼻や間斗束などの細部の絵様には桃山時代の時代色と地域性が感じられるとしている。
見どころ
羽黒山正善院黄金堂は正面5間・奥行4間で四方に縁を回し、内部は周囲1間を外陣とする。内陣との境には中敷居を入れて骨組の太い格子戸を建て込み、外陣は屋根裏をそのまま見せて内陣と繋虹梁でつなぐ(山形県)。
堂内には大きな坐像3体を中心に等身大の立像30体が並び、三十三体すべての観音を本尊として祀る。屋根の頂には宝珠が載る(正善院)。
参拝について
正善院によれば、羽黒山正善院黄金堂は積雪時を除いて入堂参拝ができ、時間は9時から16時30分、入堂参拝料は300円。雪崩・落雪の危険があるため、11月中旬から4月中旬は入堂できない。御開帳時以外は係員が常駐していないため、入堂を希望する場合は事前に連絡し、黄金堂前の正善院に声をかける。
所在地は鶴岡市羽黒町手向字手向232。問い合わせは正善院(0235-62-2380)。
Q&A
- 羽黒山正善院黄金堂はいつ建てられましたか?
- 現在の堂は文禄年間に酒田城主甘糟備後守が建て替えたもので、文化庁は文禄5年(1596年)、山形県は文禄3年(1594年)としています。
- 黄金堂という名前の由来は?
- 山上の大金堂に対して「小金堂」と呼ばれ、文禄頃から「こがねどう」と呼ばれるようになりました(正善院)。
- 黄金堂には何が祀られていますか?
- 三十三体の聖観世音菩薩で、すべてを本尊としています(正善院)。
- 黄金堂の中に入れますか?
- 積雪期を除き9時から16時30分に入堂でき、参拝料は300円です。事前連絡が勧められています(正善院)。
- 羽黒山正善院黄金堂が重要文化財になったのはいつですか?
- 明治41年(1908年)4月23日です。
基本情報
| 名称 | 羽黒山正善院黄金堂(はぐろさんしょうぜんいんこがねどう) |
|---|---|
| 所在地 | 山形県鶴岡市羽黒町手向字手向232 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物) |
| 指定年 | 明治41年(1908年)4月23日指定 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行五間、梁間四間、一重、宝形造、向拝一間、茅葺形銅板葺 |
| 所有者 | 羽黒山正善院 |
| 公開状況 | 積雪期を除き入堂可、入堂参拝料300円 |
参考文献
- 羽黒山正善院黄金堂(国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/198
- 羽黒山正善院黄金堂(山形の宝 山形県)
- https://www.pref.yamagata.jp/cgi-bin/yamagata-takara/?m=detail&id=1007
- 黄金堂(羽黒山 荒澤寺 正善院)
- https://hagurosan-shozenin.or.jp/introduction/koganedo/
- 参拝・御朱印・ご祈祷(羽黒山 荒澤寺 正善院)
- https://hagurosan-shozenin.or.jp/sanpai/
- 黄金堂(日本遺産ポータルサイト)
- https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/1549/
最終更新日: 2026.10.11