伊藤博文旧宅とは:初代内閣総理大臣が青年期を過ごした茅葺の家

伊藤博文旧宅(いとうひろぶみきゅうたく)は、山口県萩市椿東にある、伊藤博文が14歳から28歳まで暮らした木造茅葺の家で、昭和7年(1932年)3月25日に国の史跡に指定された。

文化庁の記録では、指定基準は「旧宅、園池その他特に由緒のある地域の類」である。山口県によると、所在地は萩市大字椿東字新道、所有者は萩市である。

指定時の説明によると、居宅・湯殿・便所の3棟からなり、居宅は草葺平屋建てで、玄関や座敷など7室、建坪27坪ある。萩市観光協会は約29坪としている。

伊藤博文旧宅と伊藤博文

萩市観光協会によると、伊藤博文は天保12年(1841年)に現在の光市にあたる熊毛郡束荷村の農家に生まれた。この家は、もとは萩藩の中間伊藤直右衛門の住まいで、安政元年(1854年)に博文の父林十蔵が伊藤家の養子となったため、一家で移り住んだ。

博文は安政4年(1857年)に松下村塾に入り、文久3年(1863年)には長州ファイブの一人としてイギリスへ密航留学した。明治元年(1868年)に兵庫県知事として赴任するまで、この家が本拠だった。

明治4年(1871年)には岩倉使節団の一員として欧米を回り、明治18年(1885年)に初代内閣総理大臣となった。明治42年(1909年)、ハルビン駅頭で狙撃され、69歳で亡くなっている。

伊藤博文旧宅の見どころ

茅葺の小さな平屋は、のちに明治国家の中心人物となる人物が、下級武士の家の子として若い日々を過ごした住まいの規模をそのまま伝えている。玄関と座敷など7室という指定時の記録と照らし合わせて、外から間取りの広さを想像してみたい。

萩市観光協会によると、旧宅のそばには萩焼でつくられたほぼ等身大の伊藤博文の陶像が立ち、隣接して東京から一部を移築した伊藤博文別邸がある。

伊藤博文旧宅の見学方法

萩市観光協会によると、伊藤博文旧宅は外観のみ見学でき、見学時間は午前9時から午後5時、休日はない。問い合わせは萩市観光課(0838-25-3139)。

交通は、萩循環まぁーるバス(東回り)「松陰神社前」バス停から徒歩約4分。車の場合は、松陰神社駐車場または伊藤博文別邸駐車場(6台、無料)を使う。

Q&A

Q伊藤博文旧宅はいつ国の史跡に指定されましたか?
A昭和7年(1932年)3月25日に指定されました。
Q伊藤博文はこの家にいつ住んでいたのですか?
A安政元年(1854年)から、兵庫県知事として赴任する明治元年(1868年)まで住んでいました。
Q伊藤博文旧宅はどんな建物ですか?
A居宅・湯殿・便所の3棟からなり、居宅は茅葺平屋建てで玄関や座敷など7室があります。
Q伊藤博文旧宅の中に入れますか?
A外観のみの見学です。見学時間は午前9時から午後5時です。
Q伊藤博文旧宅への行き方は?
A萩循環まぁーるバス「松陰神社前」バス停から徒歩約4分です。

基本情報

名称伊藤博文旧宅(いとうひろぶみきゅうたく)
所在地山口県萩市大字椿東字新道
指定区分史跡
指定年昭和7年(1932年)3月25日指定
員数3棟(居宅・湯殿・便所)
寸法居宅:草葺平屋建、7室、建坪27坪
所有者萩市
公開状況外観のみ見学可。午前9時から午後5時

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「伊藤博文旧宅」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/2396
文化遺産オンライン「伊藤博文旧宅」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/217439
山口県「山口県の文化財 伊藤博文旧宅」
https://bunkazai.pref.yamaguchi.lg.jp/sp/bunkazai/summary.asp?mid=10008
萩市観光協会「伊藤博文旧宅」
https://www.hagishi.com/search/detail.php?d=100012

最終更新日: 2026.09.28