百畳を柱なしで渡す

料亭高大大広間は、山口県萩市大字唐樋町にある大正10年(1921年)建築の木造平屋建の座敷で、令和6年(2024年)12月3日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

建具を引き払うと、六〇畳と四〇畳の二室がひと続きになる。床面には何も立っていない。建築面積305平方メートル、寄棟造桟瓦葺の屋根がかかるこの規模を、通常の和小屋で無柱のまま架けることはできない。

解答は天井裏にある。トラスである。明治以降に流入した洋式小屋組を、萩の大工は座敷という和の器のために使った。屋根荷重を外周へ逃がし、内部の柱を抜く。宴席にとって柱は視線と膳の動線を分断する障害であり、それを消すという一点に洋式技術が投じられている。

高大の創業は明治11年(1878年)。大広間はそれより四十余年のち、大正期の経済的な高揚のなかで建てられた。萩の商人や官吏、来訪する要人を受け止める器として、店がもっとも強気だった時期の産物といえる。

登録の理由

登録有形文化財の制度は平成8年(1996年)に始まった。指定文化財ほど強い規制をかけず、築およそ五十年以上の建造物を届出制で保護する仕組みで、活用しながら残すことを前提にしている。現役の料亭建築がこの枠に収まるのは、制度の設計思想からすれば自然な帰結である。

文化庁は本件を登録基準の第一「造形の規範となっているもの」で登録した。隣接する玄関及び廊下と同じ基準であり、登録番号は35-0122。文化審議会の答申は令和6年7月19日、登録告示は同年12月3日で、高大の三棟が一括して扱われた。萩市内の国指定・登録文化財は55件を数える。

評価の焦点は、構造と意匠の噛み合い方にある。大正期にトラスを用いた建物は各地に残るが、その大架構を書院座敷の作法のなかへ回収し、部屋の寸法に合わせて床構えや天井の割付を一段大きく取り直した例は多くない。単に広いのではなく、広さに応じて意匠を作り替えている。

座敷の構え

西面が正面である。上壇を構えた床、その両脇に床脇、さらに付書院を備える。上壇は上座の位置を床面の高さで明示する仕掛けで、身分や席次が意味を持った時代の宴席作法が寸法として残っている。

床柱に目が行く。太いサクラの皮付丸太。樹皮を剥がずに立てる皮付柱は数寄屋の常套だが、赤みを帯びたサクラを選び、それを大広間の尺度に耐える太さで用いた点に、この座敷の性格が出ている。周囲の削り仕上げの材や漆喰と並べたときの肌理の落差は、実物を前にすると想像より大きい。

東面には舞台が構えられている。芸事を伴う宴席が前提だったことが、平面図の段階から読み取れる。

南面は濡縁、北面は内縁。外に開く縁と、建具の内側を通す縁を南北で使い分け、日照と動線を分けている。運営者の説明によれば、鴨居下の木彫は萩沖の日本海を主題としたもので、萩の海で揚がった魚を出し続けてきた店の座敷にふさわしい選択である。

掲げられている書画にも触れておきたい。萩出身の日本画家、高島北海と松林桂月、そして第26代内閣総理大臣となった田中義一。いずれも高大の常連であったと伝わる。松林の一幅は、初夏の宴の最中に中庭の松の下を渡る風の心地よさを書き留めたものだという。

訪ねるには

現役の料亭・旅館であって、見学施設ではない。拝観料も見学時間の設定もなく、食事か宿泊の予約が座敷に入る条件になる。大広間は30名から120名規模の宴席に使われ、椅子席と御座敷のいずれにも対応する。二食付きの宿泊プランでは大広間が食事会場になることが多く、少人数で入るならこれが現実的な方法だろう。料理は昼が3,300円から、夜が5,500円からで、別途サービス料が加わる。予約は0838-22-0065(受付8時から21時)、または公式サイトの会食申込フォームから。

館内撮影の可否は公式に案内されていない。予約時か到着時に確認したい。

位置は萩バスセンターの正面、徒歩1分。市内周遊バス「まぁーるバス」の要衝で、萩城跡や城下町、松陰神社へ移動する起点になる。JR東萩駅からは車で約5分、徒歩なら約17分。中国自動車道からは美祢東ジャンクションで小郡萩道路に入り、絵堂インターチェンジから国道490号と県道32号で約20分。駐車場は無料。

同じ敷地には登録された三棟が揃う。玄関及び廊下は入口で必ず通る建物であり、土蔵は玄関の北隣に建つ。三棟をまとめて見るのが理にかなう。

Q&A

Q料亭高大大広間は見学できますか。予約は必要ですか。
A見学施設ではなく、営業中の料亭・旅館の座敷です。拝観料の設定はなく、食事または宿泊の予約をして客として入る形になります。二食付きプランでは大広間が食事会場になることが多く、予約は電話0838-22-0065(8時から21時)で受け付けています。
Q料亭高大大広間はいつ建てられ、いつ登録有形文化財になりましたか。
A建築は大正10年(1921年)です。料亭自体の創業は明治11年(1878年)で、大広間はその四十余年後に建てられました。国の登録有形文化財(建造物)への登録は令和6年(2024年)12月3日、文化審議会の答申は同年7月19日です。
Q料亭高大大広間はどのくらいの広さで、なぜ室内に柱がないのですか。
A建築面積は305平方メートル、内部は六〇畳と四〇畳の二室からなり、開け放つと約百畳の一室になります。天井裏に洋式のトラスを組んで屋根荷重を外周の壁へ逃がしているため、室内に柱を立てずに済んでいます。
Q料亭高大大広間にはどのような書画が掲げられていますか。
A萩出身の日本画家である高島北海と松林桂月の作品、および第26代内閣総理大臣田中義一の書が掲げられています。三名とも高大を利用した人物として伝えられています。
Q料亭高大への行き方と、館内で写真を撮ってよいかを教えてください。
A萩バスセンターの正面で徒歩1分、JR東萩駅からは車で約5分です。駐車場は無料。館内撮影については公式な案内がないため、予約時または到着時に確認してください。

基本データ

名称料亭高大大広間(りょうていたかだいおおひろま)
所在地山口県萩市大字唐樋町字唐樋町83他(文化庁データベース表記。営業施設の住所表記は唐樋町80番)
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録基準「造形の規範となっているもの」/登録番号 35-0122
指定年令和6年(2024年)12月3日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積305平方メートル(六〇畳と四〇畳の二室)
所有者文化庁データベースに記載なし(運営は萩の御厨 高大)
公開状況営業中の料亭・旅館として使用。食事または宿泊の予約により利用可能。問い合わせ 0838-22-0065(8時から21時)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)— 料亭高大大広間
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00015245
萩市観光協会 — 料亭高大が国の登録有形文化財(建造物)に答申されました
https://www.hagishi.com/post-31861/
萩の御厨 高大 公式サイト — 料亭
https://takadai.co.jp/ryotei/
萩市 — 萩市の文化財一覧表
https://www.city.hagi.lg.jp/soshiki/55/2433.html
山口新聞 — 萩「料亭高大」など国の登録文化財に
https://yama.minato-yamaguchi.co.jp/e-yama/articles/76367

最終更新日: 2026.08.11