中野家住宅穀物蔵とは

中野家住宅穀物蔵は、山口県長門市日置上字下市にある江戸時代後期の土蔵で、令和6年(2024年)3月6日に登録有形文化財に登録された。

文化庁のデータベースは中野家住宅穀物蔵の年代を江戸後期(1751年から1830年の幅)とし、構造を土蔵造2階建、瓦葺、建築面積27平方メートルと記す。同じ屋敷に登録された8件のなかで、最も古い年代が与えられている建物である。

店舗兼主屋の北西に位置し、切妻造桟瓦葺で棟を南北に通す。

登録の理由と価値

登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁の解説は、主屋とともに敷地内の景観をつくる蔵と評価している。

山口県の解説は、中野家住宅が江戸期に大火に見舞われたとき、中野家住宅穀物蔵は焼けずに残ったと伝える。明治以降に建て直された主屋や蔵のなかで、この蔵だけが江戸時代の屋敷の姿を直接つないでいることになる。火に強い土蔵が期待どおりの役目を果たした例として、屋敷の来歴を考えるうえでも意味のある建物である。

見どころ

外壁は漆喰塗で、腰まわりを石張りとする。地面に近い部分を石で固めるのは、雨の跳ね返りや湿気から土壁を守るための工夫である。

戸口は東面の北寄りと、南面の中央の2か所にあり、2階の東面に窓を開ける。

内部は各階とも板敷で、南北2室に仕切る。北室は1階の中央の上部を吹抜としている。文化庁のデータベースには小屋裏を写した写真も掲げられており、中野家住宅穀物蔵の古い小屋組の一端を見ることができる。

見学方法

中野家住宅穀物蔵は個人所有の屋敷のなかにあり、内部は公開されていない。2026年9月時点で公開の案内は確認できなかった。

主屋の背後にあるため、公道から見える範囲は限られる。敷地には立ち入らないでほしい。屋敷全体の配置、公開の機会、長門古市駅からの行き方は中野家住宅(長門市日置)のページにまとめてある。

Q&A

Q中野家住宅穀物蔵はいつ建てられたのですか?
A文化庁のデータベースは江戸後期(1751年から1830年の幅)としています。同じ屋敷の登録8件のなかで最も古い年代です。
Q中野家住宅穀物蔵が大火で焼け残ったというのは本当ですか?
A山口県の解説は、中野家住宅が江戸期に大火に見舞われた際、この穀物蔵は焼けずに残ったと伝えています。
Q中野家住宅穀物蔵はなぜ登録有形文化財に登録されたのですか?
A「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録されました。主屋とともに敷地内の景観をつくる点が評価されています。
Q中野家住宅穀物蔵の内部はどうなっていますか?
A各階とも板敷で南北2室に仕切られ、北室は1階の中央上部が吹抜になっています。
Q中野家住宅穀物蔵は見学できますか?
A個人所有の屋敷のなかにあり公開されていません。公道から見える範囲も限られます。

基本情報

名称中野家住宅穀物蔵(なかのけじゅうたくこくもつぐら)
所在地山口県長門市日置上字下市6057他
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年令和6年(2024年)3月6日登録(登録番号35-0116)
員数1棟
寸法土蔵造2階建、瓦葺、建築面積27平方メートル
所有者個人
公開状況非公開(個人所有)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「中野家住宅穀物蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014954
山口県の文化財「中野家住宅穀物蔵」
https://bunkazai.pref.yamaguchi.lg.jp/bunkazai/summary.asp?mid=110240

最終更新日: 2026.09.24