延久五年正月、大江家国が書き写した一巻

山口県防府市の毛利博物館に、一巻の巻物が収められている。中身は中国前漢の司馬遷が著した『史記』の第九、呂后本紀である。漢の高祖の死後、その皇后であった呂后が宮廷の実権を握り、恵帝の代を経てみずから政務を執った経緯、そして呂后の没後に文帝が即位するまでの動きを記した一篇だ。原文の成立から千年あまりを経た延久五年(1073年)正月、この漢籍を一人の日本人学者が書写し、訓点を加えた。国宝に指定されているのは、原典の内容ゆえではなく、その書写と加点の営みそのものである。

筆を執ったのは大江家国。代々、中国の歴史書を読み解く学問を家業としてきた大江氏の一人である。家国は本文を書き写したうえで、行間や文字のまわりに細かな符号を加えていった。語順も文法も日本語と異なる漢文を、どの字から読み、どこに助詞を補い、どう発音するかを示すための印である。巻末の奥書には、その作業が行われた年がはっきりと記されている。

この一行の年紀が、本巻の価値を決定づけた。

写本でありながら国宝である理由

本巻は、年代の明らかな『史記』写本としては日本最古とされ、同時に、年紀をもつ訓点本としても国内最古に位置づけられている。漢文を日本語の語順と読みで理解するために付された符号を訓点と呼ぶが、家国はこれを二色で書き分けた。文字の四隅などに打って文法的な働きを示す朱書の乎古止点と、字音や和訓を記す墨書である。さらに紙背や欄上、行間には、『史記』の索引や『漢書』の旧注などを写し込んでいる。一巻のうちに、本文・訓読・注釈・索引が幾重にも重なっている。

家国の仕事は、現存する呂后本紀一巻にとどまらない。当初は『史記』ほぼ全体にあたる約130巻が書写・加点されたと推定されている。そのうち今に残るのは三巻のみで、いずれも国宝に指定されている。本巻の呂后本紀第九(毛利博物館)、孝文本紀第十(東北大学附属図書館)、孝景本紀第十一(大東急記念文庫)の三巻である。これらは加点の年号にちなみ、史記延久点と総称される。

底本に用いられたのは、南朝宋の裴駰が編んだ『史記集解』であった。当時の標準的な注釈本である。大陸から遠く離れた11世紀の日本において、最新の権威ある中国注釈書が踏まえられていた事実は、平安期の学問の水準を考えるうえで見落とせない。

指定の経緯も長い。本巻は昭和6年(1931年)に旧制度の国宝に指定され、文化財保護法の施行にともない昭和25年(1950年)にいったん重要文化財となった。そして昭和27年(1952年)11月22日、現行制度のもとで改めて国宝に指定されている。

展示で目を向けたい点

実物を前にしてまず気づくのは、文面の重層性である。黒々とした本文の字並びの下に、朱と墨の細かな印が走る。それが訓点だと分かると、巻物は完成した書物というより、漢籍を日本語で読み解こうとした作業の現場のように見えてくる。符号は所定の位置に正確に打たれてはじめて意味をなす。一点一画のずれを許さない手つきそのものが、見どころのひとつだ。

本巻は、自身のたどった歴史も書き残している。奥書によれば、家国のあと家行が伝領し、康和3年(1101年)には秘蔵の本によって本文が照合され、建久7年(1196年)には侍従時通が読了したことが分かる。一巻の読み手の系譜を百年以上にわたって具体的に追える中世の写本は、けっして多くない。

この巻が防府に伝わった背景には、家の由緒がある。長州藩主・毛利氏は、学問の家として知られた大江氏の流れをくむ家柄であり、家国もその一門であった。毛利家にとって本巻は、国家的な文化財であると同時に、祖先ゆかりの品でもあった。度重なる戦乱を経てなお一巻が無傷で残った背景には、こうした事情がうかがえる。

実用面の注意を一つ。毛利博物館は年間7回ほどの展覧会で約2か月ごとに展示替えを行うため、本巻が常時公開されているわけではない。これを目当てに訪ねるなら、開催中の展示内容を事前に確認したい。館内の展示室は撮影禁止である。

毛利博物館とその周辺

博物館は、旧長州藩主・毛利家の本邸の一部を公開したものである。大正5年(1916年)に完成した木造の大邸宅で、本邸そのものも平成23年(2011年)に重要文化財に指定された。邸宅は約25,000坪の池泉回遊式庭園のなかに建ち、庭園は平成8年(1996年)に国の名勝に指定されている。最もにぎわうのは11月の中旬から下旬で、庭の楓が色づくこの時期に、館では恒例の特別展「国宝」が開かれる。雪舟の山水長巻などが公開されるのもこの折である。

防府はJR山陽本線の途中駅で、訪ねやすい。防府駅から阿弥陀寺行きの防長バスで約6分、「毛利本邸入口」で下車してすぐである。車であれば駅から約8分、山陽自動車道の防府東・西インターチェンジからは約15分で、駐車場は無料。庭園は年中無休で、展示替えの期間中も散策できる。

Q&A

Q『史記』呂后本紀第九はいつでも見られますか。
Aいいえ。毛利博物館は約2か月ごとに展示替えを行うため、本巻が公開されるのは特定の展覧会に限られます。これが目的なら、訪問前に開催中の展示を確認してください。
Q写本がなぜ国宝なのですか。
A奥書に書写の年が明記されているためです。本巻は、制作年(1073年)が分かる『史記』写本として日本最古であり、年紀をもつ訓点本としても国内最古とされています。
Q呂后本紀はどんな内容ですか。
A漢の高祖の没後、皇后の呂后が宮廷の実権を握り、恵帝の代を経てみずから政務を執った経緯と、呂后の死後に文帝が立つまでの動きを記した一篇です。
Q館内で写真は撮れますか。
A展示室内は撮影禁止です。一方、邸宅や庭園はより自由に楽しめます。
Q車を使わずに行く方法はありますか。
A防府駅から阿弥陀寺行きの防長バスに乗り、「毛利本邸入口」で下車します。所要約6分です。バスは1日数本と少ないため、時刻表に合わせて計画してください。

基本データ

名称史記〈呂后本紀第九〉
種別書跡・典籍
指定区分国宝(昭和27年〔1952年〕11月22日指定)
員数1巻
年代平安時代・延久五年(1073年)正月 書写加点
書写者大江家国
品質・形状紙本墨書、巻子装
所在地毛利博物館(山口県防府市多々良1-15-1)
所有者公益財団法人防府毛利報公会
開館時間9:00〜17:00(入館は16:30まで)/休館 12月22日〜31日
備考展示替えあり。常時公開ではない。館内は撮影禁止。

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/679
毛利博物館 収蔵品紹介
https://www.c-able.ne.jp/~mouri-m/cgi-bin/syuzouhin.cgi?n=7
毛利博物館 公式サイト
https://mohri-museum.com/
山口県 文化財データベース
https://bunkazai.pref.yamaguchi.lg.jp/sp/bunkazai/summary.asp?mid=40031
文化遺産オンライン(国立文化財機構)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/192903

最終更新日: 2026.06.09