大市館:下部温泉に佇む登録有形文化財の木造三階建て旅館
山梨県南巨摩郡身延町の下部温泉郷に佇む大市館は、明治8年(1875年)に創業した歴史ある温泉旅館です。宮大工の手による木造三階建ての建物は登録有形文化財に登録されており、昭和初期の佇まいをそのまま残す貴重な建造物として高く評価されています。武田信玄公ゆかりの「隠し湯」として知られる下部温泉の歴史とともに、日本の温泉旅館建築の伝統を今日に伝える存在です。
下部温泉と大市館の歴史
下部温泉の歴史は、1,200年以上前にまで遡ります。『甲斐国志』によれば、承和3年(836年)に熊野権現が出現し温泉が湧いたとする伝承が記されており、この温泉を中心に下部村が形成されたとされています。また、甲斐国造の塩海足尼が領内巡視の折にこの温泉を発見し、「塩部(下部)の湯」と名付けたという伝説も残っています。
戦国時代には、武田信玄公が川中島の合戦で負った傷を癒すために下部温泉を訪れたと伝えられ、「信玄公の隠し湯」として広く知られるようになりました。実際には、信玄公の父・信虎の時代から武田家の公認湯として利用されており、多くの武田家の将兵たちがこの地で湯治を行ったとされています。鎌倉時代には日蓮聖人も当地で湯治を行ったと記録されています。
このような歴史ある温泉地に、明治8年(1875年)に創業したのが大市館です。以来、下部温泉郷を代表する旅館の一つとして、その歴史を刻んできました。現在の建物は昭和8年(1933年)頃に建てられたもので、平成10年(1998年)に改修が行われています。
登録有形文化財としての価値
登録有形文化財制度は、平成8年(1996年)の文化財保護法改正により創設されました。重要文化財の指定制度を補完するものとして、建設後50年を経過し、国土の歴史的景観に寄与しているものや、造形の規範となっているもの、再現することが容易でないものを幅広く保護の対象とする制度です。
大市館が登録有形文化財として登録された理由は、その建築的な価値にあります。宮大工の技術による木造三階建ての構造は、伝統的な木組みの技法を駆使して建てられており、現代では非常に希少な建造物です。天井や柱、梁に見られる伝統的な造りは、昭和初期の温泉旅館建築の姿を今に伝えるものとして、歴史的・文化的に高い価値を有しています。また、下部温泉郷の歴史的な街並みの中核を成す建造物として、国土の歴史的景観にも大きく寄与しています。
建築の見どころ
大市館の最大の魅力は、宮大工の手による木造三階建ての建物そのものです。下部川沿いに建つその姿は、濃い色合いの木材と伝統的な瓦屋根が周囲の山々の緑と調和し、趣深い景観を生み出しています。館内は民芸調の風情で統一されており、囲炉裏のある談話室、手工芸品が飾られた廊下、中庭を望む客室など、昭和初期の温泉旅館の雰囲気を色濃く残しています。
洞窟岩風呂
大市館の最も特筆すべき特徴は、地下の洞窟岩風呂です。建物の最奥部から狭い階段を下り、石畳の通路を進んだ先に、岩盤をくり抜いて造られた浴室があります。ここでは、足元の岩盤から直接温泉が湧き出しており、ぶくぶくと気泡が立ち上る光景を見ることができます。この「足元湧出」と呼ばれる形式の温泉は日本でも極めて珍しく、大市館の大きな魅力となっています。
源泉温度は約31℃と低温で、いわゆる「ぬる湯」に分類されます。アルカリ性単純温泉(pH8.6)のやわらかな湯質は肌に優しく、古くから湯治に適した泉質として知られてきました。洞窟内の静寂な空間で、岩盤から湧き出す源泉にゆったりと浸かる体験は、他では得がたい特別なものです。
民芸調の館内意匠
館内の至るところに、日本の伝統的な意匠が見られます。太い梁や柱が露出した天井構造は、宮大工の技術の高さを物語っており、手仕事の温もりが感じられる空間が広がっています。囲炉裏を囲む談話室では、書や着物などの伝統工芸品が展示され、まるで昭和初期の映画の世界に迷い込んだかのような雰囲気を味わうことができます。
下部温泉の泉質と湯治文化
下部温泉は「日本の名湯百選」にも選ばれた名湯であり、昭和31年(1956年)には国民保養温泉地に指定されています。従来の源泉は約30℃の低温鉱泉で、長時間ゆっくりと浸かる湯治に適しています。冷たい源泉と加温した湯に交互に浸かる「交代浴」は、血行促進や自律神経のバランスを整える効果があるとされ、下部温泉ならではの入浴法として受け継がれてきました。
平成18年(2006年)には新たな源泉「しもべ奥の湯高温源泉」が掘削され、51℃の硫黄泉が湧出しました。これにより、下部温泉郷では古くからの冷鉱泉と新しい高温源泉の二種類の泉質を楽しむことができるようになっています。
なお、昭和36年(1961年)には俳優・石原裕次郎氏がスキー事故で負った骨折の療養先として下部温泉を選び、約3ヶ月半にわたって温泉療養を行い驚異的な回復を見せたという逸話も残されており、下部温泉の効能を物語るエピソードとして語り継がれています。
周辺の見どころ
- 身延山久遠寺:日蓮宗の総本山として知られる名刹。壮大な本堂や三門、樹齢数百年の杉並木、しだれ桜の名所としても有名です。下部温泉から車で約20分。
- 湯之奥金山博物館:戦国時代に武田家の資金源となった湯之奥金山の歴史を紹介する博物館。砂金採り体験も楽しめます。
- 熊野神社:天長7年(831年頃)に甲斐国主・藤原正信が建立したと伝えられる神社。後に武田家家臣・穴山梅雪によって再建され、湯治客の病気平癒祈願の場として信仰を集めてきました。
- 本栖湖:富士五湖の一つで、千円紙幣の裏面に描かれた富士山の撮影地として知られています。写真愛好家のメッカとしても人気があります。
- 下部農村文化公園(道の駅しもべ):ほたるドームでは通年でホタルの生態を観察でき、地元の特産品や工芸品も購入できます。
アクセス
大市館は下部温泉郷の中心部、下部川沿いに位置しています。最寄り駅はJR身延線の下部温泉駅で、特急ふじかわ号が停車します。静岡駅から特急で約80分、甲府駅からは約60分です。下部温泉駅から温泉街中心部までは徒歩約20〜30分、またはお車ですぐです。車でのアクセスは、中部横断自動車道の下部温泉早川インターチェンジからが便利です。
文化財としての建物の見学を希望される場合は、事前に地元の観光案内所にお問い合わせいただき、最新の情報をご確認ください。
Q&A
- 大市館はどのような文化財ですか?
- 大市館は、文化財保護法に基づく登録有形文化財(建造物)に登録されています。建設後50年以上を経過し、国土の歴史的景観に寄与している建造物として、その保存と活用が図られています。
- 建物はいつ頃建てられたものですか?
- 大市館は明治8年(1875年)に創業し、現在の建物は昭和8年(1933年)頃に宮大工の手によって建てられました。木造三階建ての構造で、平成10年(1998年)に改修が行われています。
- 洞窟岩風呂とはどのようなものですか?
- 建物の地下にある岩盤をくり抜いた浴室で、足元の岩盤から直接源泉が湧き出す「足元湧出」形式の温泉です。源泉温度は約31℃、アルカリ性単純温泉(pH8.6)で、日本でも極めて珍しい入浴体験ができます。
- 下部温泉へのアクセス方法を教えてください。
- JR身延線の下部温泉駅が最寄り駅です。静岡駅から特急ふじかわ号で約80分、甲府駅からは約60分です。車の場合は、中部横断自動車道の下部温泉早川インターチェンジが最寄りとなります。
- 武田信玄と下部温泉の関係は?
- 下部温泉は「武田信玄公の隠し湯」として広く知られています。戦国時代、川中島の合戦などで負傷した信玄公や将兵たちがこの温泉で湯治を行ったと伝えられています。実際には信玄公の父・信虎の時代から武田家の公認湯として利用されていました。
基本情報
| 名称 | 大市館(おおいちかん) |
|---|---|
| 文化財種別 | 登録有形文化財(建造物) |
| 創業 | 明治8年(1875年) |
| 現建物 | 昭和8年(1933年)頃建築、平成10年(1998年)改修 |
| 構造 | 木造三階建て |
| 所有者 | 株式会社裕貴屋 |
| 所在地 | 〒409-2942 山梨県南巨摩郡身延町下部48 |
| 泉質 | アルカリ性単純温泉(源泉温度 約31℃、pH8.6) |
| アクセス | JR身延線 下部温泉駅下車/中部横断自動車道 下部温泉早川IC |
参考文献
- 下部温泉について|山梨県しもべ温泉
- https://shimobeonsen.jp/onsen/
- 下部温泉 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E9%83%A8%E6%B8%A9%E6%B3%89
- 下部 | 日本温泉協会
- https://www.spa.or.jp/kokumin/971/
- 登録有形文化財 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BB%E9%8C%B2%E6%9C%89%E5%BD%A2%E6%96%87%E5%8C%96%E8%B2%A1
- 身延町の文化財|山梨県身延町
- https://www.town.minobu.lg.jp/bunka/rekishi/2017-0609bunnkazai.html
- 下部温泉 大市館 裕貴屋 - TRAIN ONSEN
- https://www.denshaonsen.com/jp/4/19500_kyonan/yukiya.html
最終更新日: 2026.03.27