北口本宮冨士浅間神社 ― 吉田口登山道の起点に並ぶ3棟の本殿

北口本宮冨士浅間神社は、山梨県富士吉田市上吉田にある富士山吉田口登山道の起点の神社で、永禄4年(1561年)の東宮本殿を最古として、本殿・東宮本殿・西宮本殿の3棟と、拝殿及び幣殿をはじめとする8棟が国の重要文化財に指定されている。

読みは「きたぐちほんぐうふじせんげんじんじゃ」。神社によれば「北口本宮」とは、富士登山道の北口(吉田口)の「本(もと)」にあるお宮という意味で、登山の起点であることと、古くから麓で富士山をまつる場であったことを表している。

名称の字には揺れがある。神社は「冨」の字を用いて「冨士」と書くが、文化庁のデータベースでは明治・昭和に指定された本殿・東宮本殿・西宮本殿の3件が「北口本宮富士浅間神社」、平成29年(2017年)に指定された8棟が「北口本宮冨士浅間神社」と記されている。東宮・西宮の読みも、文化庁のふりがなは「とうぐう」「にしみや」、山梨県と富士吉田市の解説は「ひがしのみや」「にしのみや」で、資料によって異なる。

北口本宮冨士浅間神社の由緒と、本殿が3棟残ったわけ

神社の由緒では、景行天皇40年(110年)に日本武尊が東征の途中、大塚丘から富士山を遥拝したことを起こりとする。天応元年(781年)の富士山の噴火ののち、甲斐国主の紀豊庭が延暦7年(788年)に大塚丘の北に社殿を建てて浅間大神を移した。これが現在の社地で、山梨県の解説も延暦7年に現在地へ遷座したと記している。

境内に本殿が3棟並ぶのは、本殿を建て替えるたびに古い社殿を取り壊さず、脇へ移して残してきたためである。山梨県の解説によれば、武田晴信(信玄)が永禄4年(1561年)に本社の本殿として再興した社殿は、文禄3年(1594年)に郡内を治めた浅野氏重が新たな本殿を建てたとき、東宮の本殿へ移された。その浅野氏の本殿も、元和元年(1615年)に谷村藩主の鳥居成次が現在の本殿を建てると西側へ移されて西宮となった、と神社の由緒は伝える。

江戸時代中期には、江戸の富士講の一つ村上講を率いた村上光清が境内を大きく造り替えた。神社によれば享保18年から元文3年(1733年から1738年)にかけての造営で、現存する社殿と境内の構成のほとんどがこのとき定まったという。隨神門は元文元年(1736年)、拝殿及び幣殿は元文4年(1739年)、手水舎は延享2年(1745年)の建立と富士吉田市は説明しており、普請はその後もしばらく続いた。

北口本宮冨士浅間神社は、世界文化遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産の一つでもあり、静岡県の資料では構成資産「富士山域」の構成要素1-6に数えられている。

北口本宮冨士浅間神社の境内と11棟の重要文化財

国道138号に面した参道入口から、杉の古木と苔むした石灯籠が並ぶ参道を進むと、大鳥居、隨神門の先に神楽殿と手水舎があり、その奥に拝殿が建つ。山梨県の解説によれば拝殿・幣殿はほぼ北を向き、背後の本殿は高く造った瑞垣に囲まれ、瑞垣の柱は幣殿へとつながっている。瑞垣の裏には惠毘壽社がまつられる。

本殿の東に東宮本殿、西に西宮本殿が、いずれも北を向いて建つ。拝殿に向かって立つと左手の奥が東宮、右手の奥が西宮になる。神社の英語ページによれば、境内の西側に立つ鳥居が吉田口登山道の入口で、富士登拝の出発点とされてきた。

重要文化財の指定は3度に分かれる。東宮本殿が明治40年(1907年)8月28日、本殿と西宮本殿が昭和28年(1953年)3月31日、そして拝殿及び幣殿、惠毘壽社及び透塀、神楽殿、手水舎、隨神門、福地八幡社、諏訪神社拝殿、社務所の8棟が平成29年(2017年)11月28日である。合わせて11棟になる。

3棟の本殿は、室町時代後期の東宮本殿、桃山時代の西宮本殿、江戸時代前期の本殿と、武田氏、浅野氏、鳥居氏という地域の支配者が順に建てたものである。一方、8棟の多くは18世紀前半から中ごろに富士講の寄進で建てられた。山梨県は8棟を、当時の富士講の隆盛を語るうえで貴重な建物群と位置づけている。領主が本殿を建てた時代と、講の人々が境内を整えた時代が、一つの境内に重なって見える。

北口本宮冨士浅間神社の参拝と行き方

北口本宮冨士浅間神社の境内は自由に参拝でき、拝観料はかからない(静岡県の富士山関連資産の案内)。重要文化財の社殿はいずれも境内から外観を見る形で、どこから何が見えるかは棟ごとのページにまとめている。

電車の場合は、富士急行線の富士山駅から富士急バスの山中湖方面行きなどに乗り、約5分の「浅間神社前」で降りればすぐである。歩くと富士山駅から約20分かかる(山梨県の観光案内)。車では、中央自動車道の河口湖インターチェンジか東富士五湖道路の富士吉田インターチェンジから国道139号を経て約3キロメートル(神社の交通案内)。駐車場は国道138号沿いの第1駐車場(約50台)をはじめ通常7か所あり、祭典の日には臨時駐車場が設けられる。

毎年8月26日と27日には、北口本宮冨士浅間神社と摂社の諏訪神社の祭りである吉田の火祭(鎮火大祭)が行われる。富士吉田市によれば、7月1日の山開きに対して夏山の終わりを告げる祭りで、町じゅうに大松明が立てられる。祭りの日は境内も混み合うので、社殿の細部をゆっくり見たいなら日を外すとよい。問い合わせは北口本宮冨士浅間神社(電話0555-22-0221)。

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):北口本宮富士浅間神社東宮本殿
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/845
国指定文化財等データベース(文化庁):北口本宮富士浅間神社本殿
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/846
国指定文化財等データベース(文化庁):北口本宮富士浅間神社西宮本殿
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/847
山梨県:山梨の文化財ガイド KB0001 北口本宮冨士浅間神社東宮本殿
https://www.pref.yamanashi.jp/bunka/bunkazaihogo/bunkazai_data/yamanashinobunkazai_kb0001.html
山梨県:山梨の文化財ガイド KB0026 北口本宮冨士浅間神社西宮本殿
https://www.pref.yamanashi.jp/bunka/bunkazaihogo/bunkazai_data/yamanashinobunkazai_kb0026.html
山梨県:山梨の文化財ガイド KB0027 北口本宮冨士浅間神社本殿
https://www.pref.yamanashi.jp/bunka/bunkazaihogo/bunkazai_data/yamanashinobunkazai_kb0027.html
山梨県:山梨の文化財ガイド KB0050 北口本宮冨士浅間神社8棟
https://www.pref.yamanashi.jp/bunka/bunkazaihogo/bunkazai_data/yamanashinobunkazai_kb0050.html
富士吉田市:国指定文化財
https://www.city.fujiyoshida.yamanashi.jp/page/1096.html
北口本宮冨士浅間神社:由緒
https://www.sengenjinja.jp/yuisho/index.html
北口本宮冨士浅間神社:交通案内
https://www.sengenjinja.jp/access/index.html
北口本宮冨士浅間神社:English
https://www.sengenjinja.jp/english/index.html
静岡県:富士山の構成資産(北口本宮冨士浅間神社)
https://www.pref.shizuoka.jp/kankosports/kanko/mtfuji/1002802/1020132.html
富士の国やまなし観光ネット:北口本宮冨士浅間神社
https://www.yamanashi-kankou.jp/kankou/spot/p1_8016.html

最終更新日: 2026.10.03

基本情報

名称北口本宮冨士浅間神社
所在地山梨県富士吉田市上吉田5558
所有者北口本宮冨士浅間神社
指定重要文化財 4件
座標35.47061, 138.79241