幹周り約12メートル、二千年を生きるとされる桜

山梨県北杜市武川町、実相寺の境内に山高神代ザクラは立っている。地面に近い部分での幹周りはおよそ12メートル。樹種はエドヒガンで、樹齢については1800年とも2000年とも語られてきた。大正11年(1922年)、日本で最初に天然記念物が指定されたとき、この木はその一覧に名を連ねていた。

「神代」とは、文字どおり神々の時代、記録より前の遠い昔を指す言葉である。訪れる人は、ただ名高い桜を見るためだけでなく、文字による歴史が始まる以前から生き続けてきたとされる一本の木の前に立つために、この谷へ足を運ぶ。

千年を隔てたふたつの伝説

この木にはふたつの言い伝えがあり、その間に横たわる長い時間そのものが、神代桜という存在の奥行きになっている。

ひとつは日本武尊にさかのぼる。『古事記』『日本書紀』に登場するこの英雄が、東国遠征の途上でこの地に立ち寄り、自ら桜の苗を植えたと伝わる。一本の木が二千年を生き抜けるかどうかはともかく、エドヒガンは日本のサクラのなかでも長命な種として知られており、その性質が伝説を支える土台のひとつになってきた。

もうひとつの話は、そこからおよそ千年を下る。鎌倉時代の13世紀、日蓮聖人がこの地を訪れた際、衰えた桜を見て樹勢の回復を祈願したという。木は再び勢いを取り戻したと伝えられ、この縁から神代桜は「妙法桜」というもうひとつの名でも呼ばれる。桜が立つ実相寺は1375年(永和元年)の創建で、日蓮宗の寺院にあたる。寺と木は、日蓮を介してひとつの来歴を分け合っている。

天然記念物に指定された理由

山高神代ザクラが国の天然記念物に指定されたのは、大正11年(1922年)10月12日である。指定基準は、名木・巨樹・老樹などを対象とする第一の項目にあたる。当時新しく設けられた保存制度のもとで最初に指定された天然記念物の一群に含まれており、そのため「天然記念物に指定された最初の桜」と紹介されることが多い。

1922年の記録は、この木がかつてどれほど大きかったかを具体的な数字で示している。当時の樹高は13.6メートル、枝張りは東西27メートル、南北30.6メートル。地上1.5メートルの位置で測った幹回りは10.6メートルに達した。すでに盛りを過ぎた木と評されてはいたが、これらの数値は、現在の姿よりはるかに広い樹冠を描き出す。平成2年(1990年)には「新日本名木百選」にも選定された。

枯死寸前から、よみがえるまで

この木がほかの古木と異なるのは、樹齢の古さそのものよりも、20世紀のうちに一度は枯死寸前まで追い込まれ、その回復の過程が詳しく記録に残っている点にある。

写真が衰えの様子を映し出している。明治40年(1907年)の写真と昭和5年(1930年)の写真を比べると、後者では明らかに木が小さくなっている。昭和23年(1948年)には「あと3年で枯れる」とまで言われ、昭和26年(1951年)の写真では、南へ張り出していた太い枝が枯れ落ちたことが確認できる。昭和34年(1959年)の台風でさらに大枝が折れ、昭和59年(1984年)には、ついに幹の上に保護用の屋根がかけられた。

平成14年(2002年)、地元の教育委員会は専門の団体に樹勢衰退の原因調査を依頼した。返ってきたのは、保護そのものが木を弱らせていたという答えだった。木の周りに築かれた石積みの囲いと、根の上に二度行われた盛り土が、根を覆って酸素の供給を断っていた。とりわけ昭和46年(1971年)の二度目の盛り土が、衰退を加速させていた。長年の見物客の踏圧ですでに根は弱っており、清掃の行き届いた石囲いの内側には、健全な根が頼りとする有機質が補給されず、ネコブセンチュウ病が広がっていた。乾燥を防ぐはずの屋根さえ、根元を乾かす結果になっていた。

樹勢回復の工事は平成15年(2003年)に始まった。木を弱らせていた土を取り除き、改良した土で埋め戻し、地表には養分と微生物に富んだ培養土を敷いた。反応は早かった。翌2004年には新しい枝が前年のおよそ2倍の速さで伸び、葉の数も増え、新しい根も目に見えて増えた。2006年には保護用の屋根が外された。いま訪れる人が目にするのは、高さ約10メートル、東へ太い枝を力強く差し伸べ、その下を支柱で支えられた姿である。1922年に記録された巨木より小さくなったとはいえ、木は生きており、花を咲かせ続けている。

見頃と、境内で出会えるもの

花が咲くのは3月の終わりから4月のはじめにかけて。エドヒガンの花は咲き始めが淡い紅色で、日を追って白へと移っていくため、短い開花期のあいだに木全体の色合いが少しずつ変わる。南アルプスの峰に雪が残るころ、淡い花と白い山並み、晴れた空が重なる眺めは、多くの写真家が目当てにする一枚である。

神代桜は一本きりで立っているわけではない。境内にはソメイヨシノが約30本、ラッパ水仙が8万本ほど植えられており、ほぼ同じ時期に咲きそろって足元を黄色に染める。日本三大桜の残るふたつ、福島の三春滝桜と岐阜の淡墨桜から贈られた苗木もここに植えられ、三本の名桜が、いわばひとつの場所に集っている。

もう一本、探してみたい木がある。平成20年(2008年)、神代桜の種子がほかの花の種とともに国際宇宙ステーションへ運ばれ、日本の実験棟でおよそ8か月半を過ごした。宇宙を旅したおよそ120粒のうち、地球へ戻って発芽したのはわずか2粒。そのうちの一本が「宇宙桜」として実相寺で育てられている。2010年に発芽したこの木は、エドヒガンが通常必要とする10年ほどを待たず、わずか2年で開花して周囲を驚かせた。

実相寺の周辺

実相寺は北杜市の西寄り、武川町に位置する。南アルプスから流れ下る川がかたちづくった土地で、清らかな水と静かな田園で知られる。寺へ向かう道沿いには、人混みではなく果樹園や田が広がる。

開花の時期には神代桜まつりが開かれ、境内の近くに地元の食べ物や特産品の店が並ぶ。北杜市には温泉や八ヶ岳山麓の高原の景色があり、車で少し走れば名木や社寺も点在する。神代桜は、この地域を一日かけてめぐるときの中心に据えやすい場所である。

Q&A

Q本当に樹齢2000年なのですか。
A1800年から2000年という数字は、精密な年代測定ではなく、長く受け継がれてきた伝承にもとづく推定です。確かなのは、これが長命な種であるエドヒガンの非常に古い木であり、1922年の指定の時点ですでに老樹とみなされていたことです。
Q花の見頃はいつですか。
A例年3月下旬から4月上旬が目安ですが、その年の気候によって最盛期は前後します。開花期間は短いため、出かける前に最新の開花情報を確認することをおすすめします。
Q拝観料は必要ですか。
A桜の時期には境内に入るための拝観料がかかります。北杜市民は割引があり、中学生以下は無料です。木は実相寺の外からも、少し離れた位置から眺めることができます。
Qどうやって行けばよいですか。
A車であれば、中央自動車道の須玉インターチェンジからおよそ15分です。電車の場合、最寄り駅はJR中央本線の日野春駅で、駅からはタクシーが便利です。開花時期には臨時の有料駐車場が開設されます。
Qなぜ「妙法桜」とも呼ばれるのですか。
A13世紀に日蓮聖人が衰えた木の樹勢回復を祈願したという言い伝えに由来します。「妙法」は日蓮宗の中心となる語であり、木が立つ実相寺も日蓮宗の寺院にあたります。

基本情報

名称山高神代ザクラ(やまたかじんだいざくら)
所在地山梨県北杜市武川町山高2763 実相寺
指定区分国指定天然記念物(大正11年〔1922年〕10月12日指定)
樹種エドヒガン
推定樹齢約1800〜2000年
現在の大きさ樹高約10メートル、根元・幹周り約12メートル
その他の選定日本三大桜のひとつ、新日本名木百選(平成2年〔1990年〕)
見頃3月下旬〜4月上旬
アクセス中央自動車道・須玉ICから車で約15分/JR日野春駅からタクシー

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/1094
山高神代桜(北杜市公式サイト)
https://www.city.hokuto.yamanashi.jp/fc/location/22452.html
山高神代桜(北杜市観光協会)
https://www.hokuto-kanko.jp/spot/sakura_jindai/
神代桜とは(實相寺 公式サイト)
https://www.jindaizakura.com/jindaizakura/
神代桜(ウィキペディア日本語版)
https://ja.wikipedia.org/wiki/神代桜

最終更新日: 2026.05.23