庭の南西隅に移された明治の茶席

伊藤家住宅茶席水鶏庵は、愛知県津島市橘町4-85にある明治元年(1868年)建築の茶室で、平成21年(2009年)4月28日に登録有形文化財(建造物)に登録された。木造平屋建、寄棟造の銅板葺で、建築面積は24平方メートルある。

ただし、この建物は最初からここにあったわけではない。津島市の文化財解説によれば、水鶏庵はもともと松名、現在の弥富市松名の地主であった佐野家の屋敷内に、吉田紹和という茶の宗匠の手で建てられたとされる。それが昭和23年(1948年)、津島の伊藤家の庭園へ移された。桁行5.9メートル、梁間5.0メートルという規模の小さな建物が、80年をへだてて別の家の庭に立ち直ったことになる。

現在の伊藤家住宅茶席水鶏庵は、庭園の南西隅、木立のなかに建つ。トコを備えた四畳半規模の茶室に次の間が付き、津島市の記録はさらに水屋を備えると記す。

なお、愛知県には「伊藤家住宅」を名乗る文化財が複数ある。犬山市東古券の登録有形文化財、名古屋市西区那古野の愛知県指定文化財がそれで、いずれも津島の伊藤家とは別の家である。伊藤家住宅茶席水鶏庵は津島市橘町の物件を指す。

移築が単なる引っ越しではなかったこと

建物を解体して別の場所に建て直す作業は、日本の木造建築ではめずらしくない。ただ、伊藤家住宅茶席水鶏庵の移築には、建物を運ぶ以上の意図がうかがえる。

津島市の解説によると、移築にあたって庭園の南西部にわざわざ築山が築かれ、その上に石造りの基壇が組まれた。そこに茶席を据えている。この手順は、佐野家の庭園にあったときの景観をもう一度つくり直そうとしたものだと説明されている。

茶室は、庭との関係のなかで成り立つ建築である。どこから見えるか、どの高さに座るか、外の樹木がどう視界に入るかで、同じ建物でもまったく違うものになる。伊藤家住宅茶席水鶏庵を移した人々は、建物だけを持ってきても意味が半分になることを分かっていた。地形からつくり直した理由はそこにある。

茶席の名も移された。津島市の解説は、名の由来を松尾芭蕉の句に求めている。芭蕉が佐屋、現在の愛西市にあたる地に泊まった折の作で、そこにクイナという水鳥の鳴き声が詠み込まれている。木曽三川の下流域という土地の記憶が、建物とともに動いたことになる。

登録の理由と、開いた造りの意味

伊藤家住宅茶席水鶏庵の登録基準は「造形の規範となっているもの」である。同じ庭園内の腰掛待合とともに、平成21年(2009年)4月28日に登録された。登録番号は23-0315、告示は同年5月14日。町並みへの寄与を理由とする登録が多いなかで、この茶席は造形そのものが評価されている。

文化庁の記録は、この建物を庭の眺望を意識した開放的なつくりの近代茶席だと位置づけている。閉じた小間に客を籠らせるのではなく、庭に向かって開くという姿勢である。それを支えているのが縁まわりの構成で、文化庁の記録では茶室の北東面に幅広の榑縁高欄付きの切目縁をめぐらし、庇をかけるとされる。津島市の解説はこれを、庭に面する二方に幅広の廊下を配し、その先に濡れ縁をまわして組高欄を付けると記しており、面の数え方に違いがある。

榑縁は縁板を建物と平行に張った縁、切目縁は建物と直角方向に張った縁を指す。板の向きが変わることで、歩いたときの足触りも見た目の線の走り方も切り替わる。その外側に高欄が回り、さらに庇が架かる。座敷から庭へ、段階を踏んで外に出ていく構成になっている。

屋根の細部にも記録がある。津島市は、棟包みの上に千木を置くと記す。千木は本来、神社建築の棟に見られる部材で、茶席に載る例は多くない。

見学方法

伊藤家住宅茶席水鶏庵は、個人が所有する住宅の庭園内にある。文化庁データベースにも津島市の文化財ページにも公開の記載はなく、通常は非公開と考えてよい。拝観の受付、公開日、料金の設定はいずれも確認できない。

庭園の南西隅、木立のなかという位置のため、公道からその姿を見ることも難しい。無断で敷地に入ることはできない。特別公開や茶会などで機会が生じる可能性は残るので、訪問を検討する場合は事前に津島市役所(電話0567-24-1111)に問い合わせるのが確実である。市の文化財情報は「津島市の歴史・文化遺産」というデジタルアーカイブにまとめられている。

撮影も、私有地の庭園内にある建物であるため、所有者の許可なく行うことはできない。

場所は、名鉄津島線・尾西線の津島駅から南西へおよそ1キロメートル、徒歩で15分ほどの距離にある。橘町4丁目という住所で、同じ庭園内には伊藤家住宅腰掛待合が建つ。両者の距離は15メートルに満たない。

Q&A

Q伊藤家住宅茶席水鶏庵は見学できますか。公開日や拝観料はありますか。
A個人所有の住宅の庭園内にあり、通常は非公開です。文化庁データベースにも津島市の文化財ページにも公開の記載はなく、公開日や拝観料の設定も確認できません。訪問を検討する場合は津島市役所(電話0567-24-1111)に事前確認をおすすめします。
Q伊藤家住宅茶席水鶏庵はいつ、どこに建てられた茶室ですか。
A明治元年(1868年)に、松名(現在の弥富市松名)の地主であった佐野家の屋敷内に建てられたとされます。昭和23年(1948年)に津島市橘町の伊藤家庭園へ移築され、現在に至ります。
Q水鶏庵という名前の由来は何ですか。
A津島市の解説は、松尾芭蕉が佐屋(現在の愛西市)に泊まった折の句に由来するとしています。その句にクイナという水鳥の鳴き声が詠み込まれており、そこから名が取られたと伝わります。
Q伊藤家住宅茶席水鶏庵はどのような構造ですか。広さはどれくらいですか。
A木造平屋建、寄棟造の銅板葺で、建築面積は24平方メートルです。桁行5.9メートル、梁間5.0メートル。トコを備えた四畳半規模の茶室に次の間が付き、津島市の記録では水屋も備えます。
Q伊藤家住宅茶席水鶏庵は重要文化財ですか、登録有形文化財ですか。
A登録有形文化財(建造物)です。平成21年(2009年)4月28日に、登録基準「造形の規範となっているもの」により登録されました。重要文化財が国による「指定」であるのに対し、こちらは「登録」の制度にあたります。

基本データ

名称伊藤家住宅茶席水鶏庵(いとうけじゅうたくちゃせきくいなあん)
所在地愛知県津島市橘町4-85
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 23-0315
指定年平成21年(2009年)4月28日登録(告示は同年5月14日)
員数1棟
寸法桁行5.9メートル、梁間5.0メートル、建築面積24平方メートル
所有者文化庁データベースに所有者名の記載なし。個人所有の住宅の庭園内にある
公開状況非公開。公開日および拝観料の設定は確認できない

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース ― 伊藤家住宅茶席水鶏庵
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007637
津島市の歴史・文化遺産 ― 伊藤家住宅茶席水鶏庵
https://www.tsushima-bunka.jp/map/kenzoubutu/map000275.html
津島市の歴史・文化遺産 ― 伊藤家住宅腰掛待合
https://www.tsushima-bunka.jp/map/kenzoubutu/map000278.html
津島市 ― 文化財
https://www.city.tsushima.lg.jp/kosodate/manabu/bunkazai/index.html

最終更新日: 2026.08.29