一件の指定に、二つの時代の造営

性海寺本堂及び宝塔は、愛知県稲沢市大塚南一丁目にある真言宗智山派・大塚山性海寺の仏堂と、その堂内に安置された木造塔で、昭和44年(1969年)6月20日に国の重要文化財に指定された。指定の員数は2棟。本堂が1棟、須弥壇上の宝塔がもう1棟である。附(つけたり)として、須弥壇から外された旧擬宝珠4個が指定を受けている。指定番号は01727。

本堂の再建は慶安年間(1648〜1651年)。堂内の宝塔は鎌倉後期、寺伝では弘安4年(1281年)頃とされる。約370年を隔てた二つの造営が、ひとつの空間として機能している。これを分けずに一件として指定したところに、この文化財の性格が表れている。

稲沢市の記録によれば、昭和47年・48年に解体修理が行われている。

本堂 ― 江戸前期の外観、鎌倉の内陣

前庭から見上げると、規模の整った江戸前期の地方寺院建築という印象を受ける。桁行三間、梁間三間の方三間、一重、入母屋造。屋根はこけら葺で、薄く割った板を重ね葺きにした表面は、瓦のような硬い稜線を持たない。正面には向拝が一間分張り出し、その屋根だけが向唐破風となって波打つ。四周には縁を廻し、正面中央の一間には木階が五級、両側の高欄には擬宝珠がのる。

外観は十七世紀のものである。内部はそうではない。

堂内は、後端の半間を仕切って両脇を仏壇とし、中央間の両袖を壁として中央部分を開放、後門へ通じる後廊を設ける。中央後寄りには来迎柱が立ち、その間に来迎壁。壁の前に黒漆塗の須弥壇が据えられ、壇上に宝塔が安置されている。文化庁の解説は、この須弥壇、来迎廻り、そして天井の過半が中世の部材を再用したものだと記す。稲沢市の解説も、内部の宝塔・須弥壇・来迎壁・折上小組格天井が鎌倉時代の様式を示すと明記する。

再建そのものは珍しくない。旧材を残した再建も、探せばある。だが古い内陣を丸ごと据え直した例となると、数は一気に減る。慶安の大工たちは板を数枚拾い直したのではなく、高欄付きの須弥壇、来迎壁、本尊を納める塔、折上小組格天井という内陣一式を、そのまま新しい軸部の中に収めている。

宝塔 ― 手の届く高さの「建造物」

国指定文化財等データベースを開くと、一行だけ目が止まる。宝塔の員数の欄が「1棟」となっている。石塔や記念物であれば「1基」と数えるところを、建物と同じ単位で数えている。構造及び形式等の欄には「宝塔、こけら葺形板葺」。種別は「近世以前/寺院」。天井までの高さもない大きさの物体が、建築として扱われている。

理由は分類上の便宜ではなく、機能にある。この塔は本尊を納める厨子として造られた。模型でも、奉納用のミニチュアでも、持ち運ぶ舎利容器でもない。聖なる空間を囲い、区切り、持ち上げるという建築の仕事を、縮小した寸法でこなすために組まれている。

稲沢市の記録によれば、宝塔は黒漆塗、総高263センチメートル、塔身径77センチメートル。円筒形の塔身は反花式の台座上にはめ込まれ、周囲に組高欄を廻らす。円筒形の塔身に宝形造の屋根を架けるという輪郭は、宝塔の定義そのままである。屋根は実際にこけらを葺くのではなく、板を刻んでこけら葺に見えるように仕上げてある。外の本堂の屋根と同じ表情を、この寸法で再現しているわけである。この大きさなら簡略化しても通ったはずだが、そうしていない。

塔を載せる須弥壇も同じ十三世紀の造営に属する。黒漆塗、高さ68センチメートル、幅234センチメートル、奥行156センチメートル。上下の繰型やひも框には禅宗様が取り入れられているのに対し、中間の格狭間の扱いと高欄は和様のままである。この折衷は年代を測る手がかりになる。十三世紀後半の尾張の工房が、大陸伝来の新しい細部を吸収しながら在来の手法を捨てなかった、その過渡的な状態が漆と木で記録されている。

なぜ二棟で一件なのか

この寸法の木造品は、普通なら真っ先に失われる。焼け、移され、流行が変われば新調され、建物と違って修理のための勧進帳が回ることもない。この塔が残ったのは、周囲の建物が、この塔を残す前提で建て替えられたからである。十七世紀の大工は、鎌倉時代の内陣を撤去せず、その周りに新しい軸部を立てた。

堂と塔を分けずに一件で指定したのは、どちらか片方だけでは意味が読み取れないという判断の表れといえる。本堂だけを見れば江戸前期の地方寺院、宝塔だけを見れば鎌倉の厨子である。両方を並べて初めて、建て替えを越えて内陣が守られたという事実が見えてくる。

研究上の意味もある。小規模な建築は既存のものを写して造られるため、等身大の建築よりも様式が保守的に出やすい。年代の手がかりを持つこれだけの水準の作例は、尾張やその周辺に残る年代不詳の厨子・仏壇類を読むときの基準点になる。

拝観と、境内の歩き方

先に正直なところを書いておく。宝塔は本堂の内部にあり、堂内は常時公開されていない。塔そのものや須弥壇を見たい場合は、当日の飛び込みではなく事前に寺へ問い合わせるのが確実である。一方、境内は開放されており、本堂を外観から見るだけなら拝観料はかからない。外観と境内の撮影は通常行われているが、堂内については事前に確認したい。

まず正面に立って、屋根をしばらく眺めてほしい。こけら葺は施工できる職人が減り続けている技法で、材が薄いぶん軒先は層の重なりとして見え、灰褐色に枯れた質感になる。その柔らかさの上に、向拝の向唐破風だけが曲線を張って乗る。この対比が、この建物でもっとも写真になる部分である。次に木階五級と擬宝珠高欄。堂内の須弥壇から外された同種の擬宝珠4個が附指定を受けていることを思い出すと、いま手を掛けている高欄の見え方が少し変わる。

そのうえで多宝塔へ歩き、見比べたい。同じ境内の屋外に建つ室町時代の建立で、外観二層、銅板葺、明治36年(1903年)4月15日という早い時期に重要文化財となった。銅板葺で垂直に伸びる塔と、こけら葺で水平に広がる堂。同じ系統の形式が寸法の両端に置かれて数十メートルの距離で並んでいる。愛知県教育委員会の教材は、この多宝塔が鎌倉時代に伝来した大仏様と禅宗様の折衷であること、釘を使わずに組まれていることを指摘している。

縁を伝って裏手へ回る。本堂の背後には大塚古墳が残り、この地域の豪族の墓と考えられている。寺の山号「大塚山」はこれに由来する。古墳時代の墳丘、鎌倉の内陣、江戸の堂、明治に指定された隣の多宝塔。これだけの時間差がひとつの境内に収まっている例は多くない。

アクセスは名鉄名古屋本線の国府宮駅が起点になる。徒歩で約25分、タクシーなら約5分。稲沢市のコミュニティバス千代田・平和線を使う場合は「大塚」停留所下車、徒歩約5分だが、日曜・祝日は運休する。車では名神高速道路の一宮インターチェンジから約20分。訪問時期として選ばれることが多いのは6月で、境内に隣接する大塚性海寺歴史公園を会場に稲沢あじさいまつりが開かれる。花を見るなら朝が早いほどよい。人が少なく、低い光がこけら葺の屋根に回る。逆に2月に訪ねれば、境内はほとんど貸し切りになる。

Q&A

Q性海寺本堂及び宝塔はなぜ二棟で一件の指定なのですか。
A本堂だけを見れば慶安年間(1648〜1651年)再建の地方寺院、宝塔だけを見れば鎌倉後期の厨子です。十七世紀の大工が鎌倉時代の内陣を撤去せず、その周りに新しい軸部を立てたという関係は、両方を並べて初めて読み取れます。昭和44年(1969年)の指定はこの関係を制度として認めたものです。
Q性海寺宝塔が「1基」ではなく「1棟」と数えられているのはなぜですか。
Aこの塔が本尊を納める厨子、つまり聖なる空間を囲い区切るための建築として造られているからです。総高263センチメートルという寸法でありながら、等身大の塔が必要とする部材が一通り揃い、屋根まで本堂と同じこけら葺の表情に仕上げられています。
Q性海寺本堂及び宝塔の宝塔は見学できますか。
A宝塔は本堂の内部にあり、堂内は常時公開されていません。実見したい場合は事前に寺へ問い合わせてください。境内は開放されており、本堂を外観から見るだけなら拝観料はかかりません。
Q性海寺本堂及び宝塔と、境内の多宝塔はどう違いますか。
A多宝塔は別の指定で、室町時代の建立、外観二層、銅板葺、明治36年(1903年)4月15日に重要文化財となりました。宝塔は堂内にあって単層です。同じ系統の形式が寸法の両端に置かれ、数十メートルの距離で見比べられる境内は多くありません。
Q性海寺本堂及び宝塔へはどう行きますか。訪問に適した時期は。
A名鉄名古屋本線の国府宮駅から徒歩約25分、タクシーで約5分です。稲沢市コミュニティバス千代田・平和線なら「大塚」停留所下車徒歩約5分ですが、日曜・祝日は運休します。車では名神高速道路の一宮インターチェンジから約20分。6月のあじさいまつり期間は混み合うので、静かに見たい場合は2月が向きます。

基本情報

名称性海寺本堂及び宝塔(しょうかいじほんどうおよびほうとう)
所在地愛知県稲沢市大塚南一丁目
指定区分重要文化財(建造物)/指定番号 01727
指定年昭和44年(1969年)6月20日/昭和47・48年に解体修理
員数2棟(本堂1棟、宝塔1棟)/附 旧須弥壇擬宝珠4個
寸法本堂 桁行三間、梁間三間、一重、入母屋造、向拝一間(向唐破風付)、こけら葺/宝塔 総高263cm、塔身径77cm、黒漆塗、宝塔形式、こけら葺形板葺/須弥壇 高さ68cm・幅234cm・奥行156cm
所有者性海寺(真言宗智山派)
公開状況境内は自由に参拝可・拝観料なし。堂内は常時公開ではなく、宝塔・須弥壇の内部拝観は事前問い合わせが必要

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース 性海寺本堂及び宝塔(本堂)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/1259
文化庁 国指定文化財等データベース 性海寺本堂及び宝塔(宝塔)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/1260
文化遺産オンライン 性海寺本堂及び宝塔 本堂
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/144958
文化遺産オンライン 性海寺本堂及び宝塔 宝塔
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/200189
稲沢市 性海寺の文化財
https://www.city.inazawa.aichi.jp/0000002821.html
稲沢市 性海寺本堂
https://www.city.inazawa.aichi.jp/0000002618.html
稲沢市 性海寺宝塔
https://www.city.inazawa.aichi.jp/0000002815.html
稲沢市 国指定文化財一覧
https://www.city.inazawa.aichi.jp/0000000902.html

最終更新日: 2026.08.31

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