あじさい寺に建つ室町の多宝塔

六月のはじめ、稲沢の性海寺は青や紫、淡い桃色のあじさいに包まれる。多くの人はその花を目当てに訪れるが、境内の一角には、花の季節とは関わりなく十五世紀から同じ場所に立ちつづけてきた小ぶりの塔がある。朱の塗りが下層の石壇とともに古び、訪れる者の足をふと止めさせる多宝塔である。

多宝塔は日本独特の塔の形式で、方形の初層の上に円筒形の塔身を据え、その上にふたたび方形の上層と宝形屋根を重ねる。性海寺の塔は高くそびえるというより、引き締まった印象をもつ。高さはおよそ十二メートル、平面は三間に組まれる。建立は室町中期で、文化財の記録は一三九三年から一四六六年のあいだとしている。

性海寺は真言宗智山派の寺院で、山号を大塚山という。寺伝では九世紀初めの弘仁年間に空海によって開かれたと伝わるが、現存する建物の確かな歴史はそれよりずっと下る。塔は愛染明王を祀ることから愛染堂とも呼ばれ、古くから耳の病に霊験があると信じられてきた。

重要文化財に指定された理由

この塔が国の指定を受けたのは一九〇三年(明治三十六年)四月十五日のことで、近代国家が保護の対象として早い時期に選び出した建造物の一群に含まれる。専門家が注目したのは規模ではなく、その造りにあった。組物や細部には、通常は別々に現れる二つの様式、力強い大仏様と、繊細に整えられた禅宗様とが併せ用いられている。愛知県内で国の指定を受けた多宝塔は数えるほどしかなく、この塔はそうした折衷の様式を示す好例として評価されている。

一九六七年から翌年にかけての半解体修理では、構造の一部を解いて古い部材を確認し、組みなおしている。建物とともに残る三枚の棟札は、指定では附(つけたり)として扱われ、年代を推し量るのではなく、建物を時のなかに据える手がかりとなっている。

同じ境内には、名前のよく似た文化財がほかにもあるので区別しておきたい。本堂のなかには高さ二・六メートルほどの小さな宝塔が安置され、これも指定を受けた建造物で、一二八一年ごろのものと考えられている。本稿で扱うのは、屋外に独立して立つ大きな多宝塔のほうである。

訪れたときに見たいところ

塔の足もとまで近づくと、年月の重なりが見えてくる。鉄柵のなかの石壇には苔がびっしりと広がり、塔身の朱は深く、むらのある赤へと落ち着いている。上層の屋根に目をやれば、隅の軒先がわずかに反り上がり、禅宗様に由来する細部が全体の骨組みに張りを与えていることに気づく。

境内はゆっくりと一周したい。一九九二年(平成四年)、市は隣接する約五千七百平方メートルを大塚性海寺歴史公園として整備し、その西の端には大塚古墳と呼ばれる低い古墳が残る。稲沢あじさいまつりは六月一日ごろに始まり、およそ九十種、一万株のあじさいが咲きそろう。まつりの週末には国府宮駅からシャトルバスが出るが、駅からは徒歩で二十五分から三十分ほど、門前の駐車場は数が限られ、早くに埋まる。

まつりの時期を外せば、色のかわりに静けさが得られる。いずれにせよ多宝塔はその姿を変えることなく、いまは失われた壮麗な堂宇よりも長く、十五世紀の木組みをとどめている。

Q&A

Q塔の内部に入れますか。
A入れません。多宝塔は低い柵の外から眺める形になっています。愛染明王を祀る堂であり、内部の拝観はできません。
Qいつ訪れるのがよいですか。
A最もにぎわうのは六月上旬から中旬のあじさいの時期です。建築をゆっくり見るなら、まつりを外した晴れた日が落ち着いています。
Q車を使わず行くには。
A名鉄国府宮駅が最寄りで、徒歩二十五分から三十分ほどです。まつりの週末は無料シャトルバスが運行されます。
Q拝観料は必要ですか。
A境内および歴史公園は無料で入れます。まつりの催しや駐車の扱いは年によって変わるため、六月に訪れる際は市の最新の案内をご確認ください。
Q多宝塔と堂内の小さな塔はどう違うのですか。
A屋外の多宝塔が本稿の建物です。本堂内にある高さ約二・六メートルの塔は別の指定建造物で、一二八一年ごろの宝塔です。

基本情報

名称性海寺多宝塔
所在地愛知県稲沢市大塚南一丁目
指定区分重要文化財(建造物)、一九〇三年(明治三十六年)四月十五日指定
年代室町中期(一三九三年から一四六六年)
形式三間多宝塔、銅板葺、高さ約十二メートル。附 棟札三枚
所有者性海寺(真言宗智山派)
交通名鉄国府宮駅から徒歩約二十五分から三十分。境内は無料

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/1258
稲沢市 重要文化財 多宝塔(性海寺)
https://www.city.inazawa.aichi.jp/0000002815.html

最終更新日: 2026.06.24