1箇の土偶 ― 2009年に国宝
土偶/青森県八戸市風張1遺跡出土は、八戸埋蔵文化財センター是川縄文館(青森県八戸市大字是川字横山1番地)にある縄文時代後期後半の考古資料で、1997年(平成9年)6月30日に重要文化財となり、2009年(平成21年)7月10日に国宝に指定された。所有は八戸市である。
員数は1箇である。ここまで棟、躯、口、巻、面、合、基と数えてきたが、箇はこれが初めてになる。
所蔵館は大きさを、高さ19.8センチメートル、幅14.2センチメートル、奥行き15.2センチメートルとする。青森県は「合掌土偶」の名で公開状況を公開(有料)とする。
一括664点のうち、1点だけが国宝になった
重要文化財と国宝で、対象の範囲が違う。
所蔵館は、1997年6月30日、風張1遺跡から出土した縄文時代後期後半の遺物664点(附炭化米2点)が国の重要文化財に指定されました、とする。
続けて、2009年7月10日、重要文化財のうち「合掌土偶」1点が、国宝に指定されました、と記す。
664点まとめて重要文化財となり、12年後にそのうち1点だけが国宝へ進んだ。青森県も、重要文化財「青森県風張1遺跡出土品」のうち国宝となった土偶1箇である、とする。
武蔵埼玉稲荷山古墳出土品、奈良県藤ノ木古墳出土品、福岡県平原方形周溝墓出土品は、いずれも一括のまま国宝になった。歓喜院では、同じ日に重要文化財となった二棟のうち一方だけが国宝へ進んだ。
本件は、一括のなかから1点が抜き出されている。まとめて指定されたものが、後に分けられた例になる。
縄文時代に、割れた土偶が直されていた
青森県の記録に、修理の痕跡が記される。
住居を廃絶する以前に本土偶は四つの部位に既に割れていたが、天然のアスファルトにより、割れた部分を接着修復していた、とある。
作られた当時の人が、割れたものを直している。四つに割れた部位を、天然のアスファルトで接着した。
浄土寺多宝塔では、1495年の瓦葺替から1936年の解体修理まで四段階の修理が記録されていた。あれは指定された後の時代の手入れである。
本件の修理は3500年ほど前に行われている。物が作られた時代のなかで、すでに直されていた。
色についても、当初は全身に赤色塗料が塗布されていた、とある。いま見える姿は、塗料が失われた後の姿になる。
所有者が市である
所有者の欄に、これまでなかった種別が現れる。
八戸市、とある。地方自治体である。
ここまで所有者には、寺社、宗教法人、個人、公益財団法人、国、独立行政法人、株式会社、大学共同利用機関法人、国立大学法人が現れた。色絵藤花文茶壺では宗教法人の世界救世教だった。
市が国宝を所有する例は、これが初めてになる。保管は八戸埋蔵文化財センター是川縄文館が行う。
名称についても記録がある。青森県は、発見当初から「合掌土偶」という名称を与えられ、と記す。目無経や大典太は後世の通称だった。本件は、掘り出した人が名を付けている。
鑑賞
所在は八戸埋蔵文化財センター是川縄文館で、所有は八戸市である。青森県は公開状況を公開(有料)としており、常設で展示されている。
出土の経緯も記される。所蔵館は、平成元年(1989年)7月、長芋作付けによる緊急発掘調査で出土したものです、とする。
阿高・黒橋貝塚では、一方が耕地整理事業で、もう一方が豪雨で氾濫した川によって見つかった。本件は畑の作付けがきっかけになっている。
評価も明快である。青森県は、縄文時代のアスファルト修復・全身の赤色塗料・合掌形・完存品など本土偶の特徴は縄文時代の風俗を考える上で極めて高い価値を有する、とする。
続けて、座像形の土偶として、本土偶に匹敵する同型の土偶は見つかっていない、と記す。展示の予定は変わることがあるため、訪問前に館の案内で確認したい。
Q&A
- この土偶はいつ指定されましたか。
- 1997年(平成9年)6月30日に重要文化財、2009年(平成21年)7月10日に国宝へ指定されました。員数は1箇、所在は八戸埋蔵文化財センター是川縄文館、所有は八戸市です。
- 重要文化財と国宝で範囲が違うのですか。
- 違います。所蔵館は「遺物664点(附炭化米2点)」が重要文化財となり、12年後に「重要文化財のうち『合掌土偶』1点が、国宝に指定されました」と記します。一括のなかから1点が抜き出されています。
- 割れていたのですか。
- 青森県は「住居を廃絶する以前に本土偶は四つの部位に既に割れていたが、天然のアスファルトにより、割れた部分を接着修復していた」と記します。作られた当時の人が直しています。
- 誰が所有しているのですか。
- 八戸市です。地方自治体が国宝を所有する例で、保管は八戸埋蔵文化財センター是川縄文館が行います。青森県は公開状況を公開(有料)としています。
- どのように見つかったのですか。
- 所蔵館は「平成元年(1989年)7月、長芋作付けによる緊急発掘調査で出土したものです」と記します。畑の作付けがきっかけとなった発掘で見つかっています。
基本情報
| 名称 | 土偶/青森県八戸市風張1遺跡出土(どぐう)/通称は合掌土偶 |
|---|---|
| 所在地 | 八戸埋蔵文化財センター是川縄文館 青森県八戸市大字是川字横山1番地 |
| 指定区分 | 国宝(考古資料)。重要文化財は遺物664点の一括で、国宝はそのうちの1点である |
| 指定年 | 1997年(平成9年)6月30日 重要文化財/2009年(平成21年)7月10日 国宝 |
| 員数 | 1箇 |
| 寸法 | 所蔵館の記録によれば高さ19.8センチメートル、幅14.2センチメートル、奥行き15.2センチメートル。4つに割れた部位を天然のアスファルトで接着修復した跡があり、当初は全身に赤色塗料が塗布されていた。時代は縄文時代後期後半 |
| 所有者 | 八戸市 |
| 公開状況 | 青森県は公開(有料)とする。展示の予定は変わることがある |
参考文献
- 青森県 国宝 土偶(青森県八戸市風張1遺跡出土)
- https://www.pref.aomori.lg.jp/soshiki/kyoiku/e-bunka/kokuho_kouko_1.html
- 八戸市埋蔵文化財センター是川縄文館 常設展示 合掌土偶について
- https://www.korekawa-jomon.jp/parmanent_dogu/
- 八戸市 文化財
- https://www.city.hachinohe.aomori.jp/soshikikarasagasu/shakaikyoikuka/bunka/2/5492.html
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/
最終更新日: 2026.09.05