国宝 合掌土偶 ── 3,500年前の祈りが息づく縄文の至宝

青森県八戸市、新井田川のほとりに広がる縄文時代の遺跡群。その風張1遺跡から出土した一体の土偶が、日本のみならず世界中の人々を魅了し続けています。その名は「合掌土偶」。膝を立てて座り、両手を胸の前で合わせ、まるで祈りを捧げるかのようなその姿は、約3,500年前の縄文人の精神世界を今に伝える、かけがえのない至宝です。

高さわずか19.8センチメートルの小さな存在でありながら、その表情と佇まいには、時を超えて見る者の心を揺さぶる不思議な力が宿っています。2009年に国宝に指定され、同年にはロンドンの大英博物館でも展示されたこの土偶は、現在、八戸市の是川縄文館で静かにお客様を迎えています。

合掌土偶とは

合掌土偶は、縄文時代後期後半(約3,500年前)に制作された土製の人形(土偶)です。1989年(平成元年)7月、八戸市の風張1遺跡において、長芋の作付けに伴う緊急発掘調査の際に発見されました。高さ19.8cm、幅14.2cm、奥行き15.2cm。膝を立てて座った姿勢で、両腕を膝の上に置き、正面で両手の掌を合わせ指を組んだポーズをとっていることから「合掌土偶」と呼ばれています。

女性像と考えられ、小さな乳房と陰部の表現が見られます。顔には粘土を貼り付けて口・鼻・目・眉が表現されており、仮面を着けているようにも見えます。首には二重の線刻による首飾りが施され、体全体には衣服あるいは入れ墨を思わせる精緻な文様が刻まれています。興味深いことに、合わせた両手の指は六本描かれており、その象徴的な意味は縄文考古学の謎の一つとなっています。頭頂部は先細りに立ち上がり、髪型あるいは帽子を表すかのような造形で、小さな穴が開けられています。

風張1遺跡からは約70点の土偶が出土していますが、完全な形をしているのはこの合掌土偶だけです。全国的に見ても、土偶は意図的に壊された状態やどこかの部分が欠けた状態で見つかることがほとんどであり、これほど完全な形で残っている例は極めて稀有です。

なぜ国宝に指定されたのか

1997年(平成9年)6月30日、風張1遺跡から出土した縄文時代後期後半の遺物664点が、縄文時代晩期の亀ヶ岡文化の形成を考える上で極めて貴重な学術資料として、国の重要文化財に指定されました。そして2009年(平成21年)7月10日、その重要文化財のうち合掌土偶1点が、国宝に指定されました。

国宝指定の理由として、いくつかの重要な要素が挙げられます。第一に、本土偶は正式な発掘調査によって発見されたものであり、出土状態が明確に記録されていることです。第15号竪穴住居跡の奥壁際から、右側面を下にし、正面を住居中央に向けた状態で出土しています。土偶は一般的に捨て場や遺構外から発見されることが多い中、住居内に丁寧に置かれた状態で見つかった例は非常に珍しく、当時の暮らしや祈りの形を知る上で極めて重要な手がかりとなります。

第二に、座像形で合掌するポーズの完存品という点です。同様の合掌ポーズをとる土偶は、青森県つがる市の石神遺跡出土品のみが知られていますが、そちらは頭部と胴体が別々のものが接合されたものであり、全体像を捉えることができません。本土偶に匹敵する類例は他に存在しないのです。

第三に、天然のアスファルトを用いた修復痕です。本土偶は両腿の付け根と膝部分で四つに割れていましたが、割れた部分は天然のアスファルトで丁寧に接着修復されていました。これは縄文人がこの土偶をいかに大切にし、長期間にわたって使い続けていたかを物語っています。

第四に、全身に赤色顔料が塗布されていた痕跡が残っていることです。顔面や体の一部に赤色の塗料が確認されており、当時は全体が鮮やかな赤色に彩られていたと考えられています。これらの特徴――明確な出土状況、唯一無二の合掌形完存品、アスファルト修復、赤色塗料――はいずれも縄文時代の風俗・精神文化を考える上で極めて高い学術的価値を有し、国宝にふさわしい至宝と認められました。

風張1遺跡について

合掌土偶が出土した風張1遺跡は、八戸市庁から南方約4.3km、新井田川の右岸に位置します。北側を蛇行する新井田川と南西側の沢地に挟まれた、標高20〜30mの舌状台地上に立地しており、遺跡の規模は東西約470m、南北約250m、総面積は75,000平方メートルです。対岸には、縄文時代晩期の遺跡として有名な是川遺跡が広がっています。

八戸市教育委員会による1988年から1992年までの5度にわたる発掘調査の結果、遺跡の全体像が明らかになりました。中央の広場を囲むように、二つの土坑墓群を中心として、掘立柱建物跡、竪穴住居跡、貯蔵穴が同心円状に配置された大規模な環状集落の存在が確認され、縄文時代後期後半における拠点的集落であったことが判明しています。住居内からは完全な形の土器や石器が数多く出土しており、当時の集落構造と生活を知る上で貴重な資料です。

見どころ・魅力

合掌土偶は、八戸市埋蔵文化財センター是川縄文館の2階にある国宝展示室で鑑賞することができます。暗い展示室の中、スポットライトに照らされた合掌土偶は、まるで3,500年の時を超えて語りかけてくるかのような存在感を放っています。一室に一品だけという贅沢な展示空間で、じっくりと対峙する時間は、訪れる方一人ひとりにとって特別な体験となることでしょう。

是川縄文館では、合掌土偶以外にも見応えのある展示が数多くあります。常設展示室は「漆の美」「是川の美」「風張の美」「縄文の謎」「最新研究報告」をテーマに構成され、是川遺跡から出土した赤漆・黒漆の見事な漆器類や、精巧な土器・石器類が美しい照明のもとで展示されています。2,500年以上前に制作されたとは信じがたいほどの高い工芸技術を目の当たりにすることができます。

「イマージョンシアター」では、映像と音響によって縄文人の暮らしぶりを臨場感たっぷりに再現。また、毎週日曜日には火起こし体験や縄文土器づくりなど、さまざまな体験プログラムが開催されています。1階の「これカフェ」では、どんぐりや雑穀を取り入れた「縄文カレー」や「縄文ラーメン」など、古代の食にインスピレーションを得たユニークなメニューを楽しめます。ミュージアムショップでは、合掌土偶をモチーフにした愛らしいお菓子やグッズも充実しています。

建物自体も見どころの一つです。「縄文時代の竪穴住居」と「漆の黒と赤」をイメージした外観デザインが印象的で、館内中央のアトリウム空間からは館内全体を見渡すことができます。音声解説アプリ「ポケット学芸員」も無料で利用でき、日本語・英語での解説を聞きながら、ご自身のペースで見学をお楽しみいただけます。

世界に羽ばたく合掌土偶

合掌土偶は、国内にとどまらず世界各地で紹介されてきました。2009年には大英博物館(ロンドン)の「The Power of Dogu」展に出品され、国際的な注目を集めました。2012年にはMIHO MUSEUM(滋賀県)の「土偶・コスモス」展、2018年には東京国立博物館の大規模特別展「縄文―1万年の美の鼓動」に出品。同2018年にはフランス・パリのギメ東洋美術館でも展示されました。

合掌土偶は、日本全国で国宝に指定されている5体の土偶のうちの1体です。北海道の「中空土偶」、山形県の「縄文の女神」、長野県の「縄文のビーナス」「仮面の女神」とともに、縄文芸術の最高峰を形成しています。また、2021年7月には隣接する是川石器時代遺跡が「北海道・北東北の縄文遺跡群」の構成資産としてユネスコ世界文化遺産に登録され、この地域の文化的価値はさらに高まっています。

周辺情報・近隣の観光スポット

八戸市は、太平洋に面した青森県南東部の港町で、縄文文化以外にもさまざまな魅力に溢れています。国の名勝・天然記念物に指定された種差海岸は、ダイナミックな岩場と天然の芝生が続く美しい海岸線で、散策やハイキングに最適です。蕪嶋神社は、ウミネコの繁殖地として知られる蕪島の上に建つ神社で、天然記念物にも指定されています。

食の楽しみも豊富です。八食センターは北東北最大級の食品市場で、太平洋の新鮮な海産物をその場で焼いて食べられる七厘村(しちりんむら)が人気です。夜には、八戸屋台村みろく横丁で、地元の名物料理や地酒を味わう一杯がおすすめ。日曜朝には、300以上の露店が並ぶ館鼻岸壁朝市も見逃せません。

歴史好きの方には、鎌倉時代の大鎧2領を国宝として所蔵する櫛引八幡宮が必見です。八戸は複数の国宝を有する稀有な都市であり、縄文の至宝と中世の武家文化を一日で巡ることができます。復元された中世の城・根城(ねじょう)も見応えがあります。また、縄文文化をより深く知りたい方には、同じく世界遺産構成資産である青森市の三内丸山遺跡(車または電車で約90分)への日帰り旅行もおすすめです。

Q&A

Q合掌土偶はいつでも見学できますか?
A合掌土偶は通常、是川縄文館の国宝展示室に常設展示されています。ただし、他館への貸出展示期間中はご覧いただけない場合がございます。ご来館前に、是川縄文館の公式ウェブサイトまたはお電話(0178-38-9511)にて展示状況をご確認いただくことをおすすめいたします。
Q外国語での案内はありますか?
Aはい。多言語対応の無料音声ガイドおよびスマートフォンアプリ「ポケット学芸員」をご利用いただけます。また、英語対応のボランティアガイドによる無料の展示解説(最大60分)も実施しておりますが、ご利用日の1週間前までにご予約が必要です。
QJR八戸駅からのアクセス方法を教えてください。
A土日祝日は、JR八戸駅東口バスターミナル4番から南部バス(是川縄文館行き)で約25分、是川縄文館下車です(運賃320円)。平日は、ラピアバスターミナルまたは中心街(中央通り)バスターミナルから南部バスで約30分です。タクシーではJR八戸駅から約15分、お車では八戸自動車道八戸ICから約10分です。お得な日帰りバスパックもございます。
Q是川遺跡はユネスコ世界遺産と関係がありますか?
Aはい。是川縄文館に隣接する是川石器時代遺跡は、2021年7月に「北海道・北東北の縄文遺跡群」の構成資産としてユネスコ世界文化遺産に登録されました。北海道・青森・岩手・秋田の4道県に所在する17の縄文遺跡からなる世界遺産で、縄文文化の顕著な普遍的価値が認められています。
Q館内で写真撮影はできますか?
A常設展示については、フラッシュなしでの撮影が基本的に可能です。ただし、特別展期間中は展示内容により撮影不可の場合もございます。ご来館時にスタッフにご確認ください。

基本情報

正式名称 土偶(青森県八戸市風張1遺跡出土) 通称:合掌土偶
指定区分 国宝(考古資料)
指定年月日 平成21年(2009年)7月10日(重要文化財指定:平成9年6月30日)
時代 縄文時代後期後半(約3,500年前)
大きさ 高さ19.8cm、幅14.2cm、奥行き15.2cm
所有者 八戸市
展示施設 八戸市埋蔵文化財センター 是川縄文館
所在地 〒031-0023 青森県八戸市大字是川字横山1
電話番号 0178-38-9511
開館時間 9:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日 月曜日(第一月曜日・祝日・振替休日は開館)、祝日・振替休日の翌日(土・日曜・祝日の場合は開館)、年末年始(12月27日〜1月4日)
入館料 一般250円/高校・大学生150円/中学生以下無料(20名以上の団体割引あり)
アクセス 八戸自動車道八戸ICから車で約10分/JR八戸駅からタクシーで約15分/JR八戸駅から南部バスで約25分(土日祝運行)
公式サイト https://www.korekawa-jomon.jp/

参考文献

土偶(青森県八戸市風張1遺跡出土) — 青森県庁ウェブサイト
https://www.pref.aomori.lg.jp/soshiki/kyoiku/e-bunka/kokuho_kouko_1.html
是川縄文館と是川遺跡・風張1遺跡出土品 — 八戸市
https://www.city.hachinohe.aomori.jp/soshikikarasagasu/shakaikyoikuka/bunka/2/5492.html
国宝「合掌土偶」 — 八戸市
https://www.city.hachinohe.aomori.jp/bunka_sports/bunka/zekawajomonnosato_hakkutsuchosa/9917.html
常設展示ー合掌土偶について — 是川縄文館
https://www.korekawa-jomon.jp/parmanent_dogu/
Floor Guide Gassyo Dogu — 是川縄文館(English)
https://www.korekawa-jomon.jp/floor-guide-gassyo-dogu/
Dogū with palms pressed together — Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Dog%C5%AB_with_palms_pressed_together
八戸市埋蔵文化財センター 是川縄文館 — Amazing AOMORI 青森県観光情報サイト
https://aomori-tourism.com/spot/detail_8003.html
是川縄文館 — VISITはちのへ観光物産サイト
https://visithachinohe.com/spot/korekawa_jomonkan/
是川石器時代遺跡 — 世界遺産 北海道・北東北の縄文遺跡群
https://jomon-japan.jp/learn/jomon-sites/korekawa
『国宝合掌土偶』誕生の裏で — 八戸88ストーリーズ
https://hacchi.jp/programs2/dashijin/88stories/05.html

最終更新日: 2026.02.17