全国の登録有形文化財
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長野県須坂市のふれあい館しらふじ(旧丸田医院)築地塀は、明治8年頃に長屋門の左右へ延ばされた延長20mの瓦葺土塀。玉石積みの基礎と磨き漆喰の腰で屋敷の正面を整え、敷地の内側は道具の収納を兼ねる登録有形文化財。
長野県須坂市のふれあい館しらふじ(旧丸田医院)土蔵は、明治8年頃に屋敷の北西角へ建てられた土蔵造3階建の蔵。石積みの基礎、2段の水切り、深い軒と高い棟積みが須坂の蔵の町並みで目印となる登録有形文化財。
長野県須坂市のふれあい館しらふじ(旧丸田医院)長屋門は、明治8年頃に屋敷正面の通り沿いに建てられた木造2階建の門。漆喰の大壁と波形に塗り籠めた軒裏で旧須坂藩士の屋敷の整った正面構えをつくる登録有形文化財。
長野県須坂市のふれあい館しらふじ(旧丸田医院)物置は、丸田医院のレントゲン室だった明治後期の土蔵造。中庭側の下屋を廊下として主屋と洋館をつなぎ、明治後期の地方の近代医院の屋敷構成を知る手がかりとなる登録有形文化財。
長野県須坂市のふれあい館しらふじ(旧丸田医院)洋館は、医師丸田喜助が明治43年に建てた診療棟。土蔵造の黒漆喰の壁に柱型や長押型、額縁飾りを漆喰で表した登録有形文化財で、現在は一棟貸しの宿「白藤」の客室。
長野県須坂市のふれあい館まゆぐら(旧田尻製糸)は、明治後期に田尻製糸が建てた土蔵造3階建の繭蔵。平成12年に曳家で約180m移転し、今は養蚕・製糸の資料展示とお休み処を無料で公開している登録有形文化財。
法蔵寺裏門は安曇野市豊科の法蔵寺の境内南西隅に建つ昭和3年(1928年)の通用門。起りのある切妻屋根の腕木門で、流水の欄間や雲文の懸魚など数寄屋風の意匠を見せ、平成に移築されて2005年に登録された。
法蔵寺庫裏は安曇野市豊科の法蔵寺の境内中央に建つ江戸時代中期の大きな庫裏。岩原の旧安楽寺の建物で、廃仏毀釈の際に個人宅を経て明治時代に移された。切妻造妻入、軒唐破風の玄関、北と西を漆喰で塗り込めた外観が残る。
法蔵寺書院は安曇野市豊科の法蔵寺の庫裏の南東隅に建つ江戸時代中期の小さな書院。10畳2室に縁を廻らせ、奥の座敷に床・棚・付書院を備える。規模は小さいが良材を多用した丁寧なつくりで、2005年に登録された。
法蔵寺鐘楼門は安曇野市豊科の法蔵寺の西の入口に建つ寛政5年(1793年)頃の門。3間1戸2階2重の入母屋造で、上層の格天井の中央に銅鐘を吊る。彫刻などから大隅流の棟梁の作と考えられ、2005年に登録された。
法蔵寺土蔵は安曇野市豊科の法蔵寺の庫裏の南後方に建つ安政元年(1854年)の小さな土蔵で、建築年は化粧棟木の下端の墨書で分かる。置屋根の2階建で、三方を壁で囲んだ下屋を北面に付け、2005年に登録された。
ますや旅館新築は長野県青木村の田沢温泉に大正初期に建った木造3階建の客室棟。2階・3階にも庇を張る賑やかな外観で、本館・東館とともに東側の構えを整える。平成17年(2005年)に国の登録有形文化財となった。
ますや旅館土蔵は長野県青木村の田沢温泉に明治前期に建った土蔵造2階建の蔵。本館玄関の南に接し、高い切石積基礎の上に建つ。細工の細かい鉢巻と黒漆喰の窓まわりが特徴で、平成17年(2005年)に国の登録有形文化財となった。
ますや旅館西館は長野県青木村の田沢温泉に大正末期に建った木造3階建の小さな客室棟。本館の南西に接続して角地に立ち、2面を通りに向ける。建築面積53平方メートル。平成17年(2005年)に国の登録有形文化財となった。
ますや旅館東館は長野県青木村の田沢温泉に明治前期に建った木造3階建の客室棟で、宿で最古とされる。反りのある屋根と腕木で持ち出した縁が特徴で、3階に島崎藤村が泊まった藤村の間を残す。2005年に国の登録有形文化財。
ますや旅館東蔵は長野県青木村の田沢温泉に明治前期に建った土蔵造2階建の蔵で、東館と通りを挟んで向き合う。軒を漆喰で塗り込め、腰を海鼠壁風に仕上げる。平成17年(2005年)に国の登録有形文化財となった。
ますや旅館本館は長野県青木村の田沢温泉に明治40年(1907年)頃建った木造3階建の旅館建築。建築面積338平方メートルは6棟中最大で、1階に太い丸柱を見せる。平成17年(2005年)に国の登録有形文化財となった。
松本市街の北西、奈良井川沿いの地下に埋まる集水井と会所三基。大正11年8月15日に工事が終わったと工事日誌が記す。内径一五尺の円筒には十八角形の鉄蓋が載り、底には玉砂利が円状に敷き詰められている。登録基準は「再現することが容易でないもの」。
登録された松本の水道施設六件のうち唯一の木造。大正11年築、桁行四間梁間三間の簡素な小屋ながら、小屋組はキングポストトラス。今も水道関係の書類を保管し、六件で唯一、用途が変わっていない。国の台帳は昭和40年頃の移築を記す。
城山の芝生の下に眠るコンクリート造の巨大構造物。覆土とヴォールト状の屋根の下に二つの池を抱え、島内から揚げた水を自然流下で市街へ送った。中央通路の両端にはアール・デコ調の煉瓦の入口棟が建つ。現在は使用されていない。