松本市上下水道局島内第一水源地倉庫―アール・デコの施設群に一棟だけ残る木造の実用建築

平成27年8月に登録された松本市の水道施設6件のうち、5件はコンクリート造か煉瓦造である。うちいくつかにはアール・デコ調の意匠が施された。残る一件が、この倉庫だ。木造平屋建、瓦葺、建築面積40平方メートル。島内第一水源地の旧喞筒室の西側に建っている。

そして6件のなかで、建てられた目的をいまも果たし続けているのはこの一棟だけである。水道関係の書類がここに入る。大正11年からずっとそうだ。

松本市上下水道局が所蔵する工事日誌には、大正11年(1922年)5月に工事施工業者が倉庫の建材を運び込んだという記事がある。建築年の根拠はこの記事で、後に隣に建つことになる喞筒室よりも早い時期に、敷地に立ち上がった建物だとわかる。

寸法は素直だ。桁行四間、梁間三間。およそ7.28メートル×5.46メートルで、掛ければ台帳の40平方メートルになる。建物は東を向く。その東正面には入口が二箇所、左右対称に配されている。誰も鑑賞するはずのない建物に払われた、ささやかな作法である。屋根は寄棟造、外装はモルタル塗仕上げ。そして軒が高い。倉庫が欲しいのは優美さより容積で、軒桁を上げるのがそれを得る最も安い方法だった。

外観が語らないのは、小屋組のほうだ。

屋根裏のトラス

天井を見上げると、この倉庫はキングポストトラスで組まれている。小屋梁の中央から棟に向かって垂直材が立ち、屋根の荷重は床に立てた柱ではなく三角形の組み合わせで処理される。西洋由来の構造形式であり、小さな木造建築が柱のない一室を確保できている理由がこれだ。

倉庫にとって理屈は明快である。床から柱を消せば、内部はすべて使える。軒を高くした処理と組み合わせれば、ありふれた大きさの小屋がかなりの量を呑み込む。

松本市内には、同じ構造をもつ登録有形文化財がもう一棟ある。旧松本歩兵第五十連隊糧秣庫だ。この対比が示唆的である。トラス構造が日本に入ってきたのは、まず機能が問われる種類の建築を通じてだった。大正11年の市営水道の敷地は、まさしくその世界に属していた。

なお、国指定文化財等データベースには、松本市自身の解説には見えない記載がある。昭和40年頃に移築された、というものだ。設備の更新に応じて建物を動かすことは稼働中の事業所ではさして珍しくなく、登録に影響するものでもない。ただ、二つの資料を読み比べる際には、この点で記述が食い違うことを承知しておきたい。

登録が認めたもの

平成8年に発足した登録有形文化財の制度は、指定とは働き方が違う。指定は古くからの重い制度で、国宝・重要文化財を対象とし、現状変更に厳格な規制がかかる。登録が生まれたのは、近代が生んだ価値ある建造物の数が、指定制度で処理できる量をはるかに超えていたからだ。評価が下される前に失われていくものが多すぎた。許可ではなく届出、規制は軽く、まだ建っているうちに網をかける。それが制度の設計思想である。

倉庫は平成27年(2015年)8月4日、第81回登録で登録有形文化財となった。登録番号20-0483。挙げられた基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。城山の接合井や旧配水池と同じ条項である。

この条項は字義どおりに読むのがよい。建築的に優れていると認定されたわけではない。ある場所に属している、と認定されたのだ。喞筒室があり、集水井があり、石垣があり、倉庫がある。そこまで揃って初めて、水源地は一つのインフラとして読める。倉庫を抜けば、施設群は自らを説明できなくなる。水道は地味な部品の集まりで、全体が意味をもつには部品が揃って生き延びる必要がある。

事業全体には、我が国の近代水道施設の建設で先駆的役割を果たした二人が関わっている。水源調査の佐野藤次郎と、設計の武智正次郎である。登録に至る経緯は、平成19年度から20年度の長野県教育委員会による近代遺産総合調査に始まり、平成25年9月の文化庁調査官の現地調査で島内と城山を一体として扱う助言があり、平成26年9月末の松本市の意見具申を経ている。

いま見に行くと

この小屋は大正11年の姿そのままではない。外壁は現在、モルタルの上から白色の油性ペンキでコーティングされている。隣の旧喞筒室と揃えた処理だ。当時の外観とは違う、と松本市自身が明記している。

それ以外は保たれている。塗装と、国の台帳が記す移築を別にすれば、大きな改変の跡は見当たらない。建物はいま、組まれたときとほぼ同じように読める。

築百年の文化財が、自分自身の博物館になることを求められずに済んでいる。この事実には独特の心地よさがある。中にある書類は現役だ。棚は使われている。今週この建物からファイルを取り出す誰かは、この建物が建てられたときに想定されたとおりのことをしている。

見学には事前の申込みがいる。島内第一水源地は松本市の稼働中の水道施設で、自由に立ち入れる場所ではない。松本市は出前講座「いい街つくろう!パートナーシップまつもと」を通じて施設見学を受け付けており、電子申請で生涯学習課へ申し込む。時期や工事の状況によっては、案内できる範囲が変わる。

Q&A

Qキングポストトラスとは何ですか。この建物でなぜ重要なのですか。
A小屋梁の中央から棟へ垂直材(キングポスト)を立て、三角形の組み合わせで屋根の荷重を処理する小屋組です。実際上の効果は、床に柱を立てずに一室を確保できること。倉庫が最も欲しい性質です。形式そのものは西洋由来で、大正11年の市営水道の小さな小屋にこれが使われている点に、当時トラス構造がどこまで一般の建築に浸透していたかが表れています。
Q倉庫は今も使われているのですか。
A使われています。松本市によれば、建築当初から倉庫として利用されており、現在も水道関連の書類が保管されています。登録された6件のなかで、用途が一度も変わっていない唯一の建物です。
Q建設年や移築について、資料によって記述が違うのはなぜですか。
A建設年は一致しています。大正11年(1922年)で、根拠は同年5月に建材が搬入されたという工事日誌の記事です。食い違うのは移築の有無で、国指定文化財等データベースは「昭和40年頃移築」と記しますが、松本市の解説には移築への言及がありません。一次資料である国の台帳を優先し、本記事では相違があることを明示しています。
Q飾り気のない木造の小屋を、なぜ文化財に登録したのですか。
A単体の記念物としてではなく、景観の一部として登録されたからです。台帳が挙げる基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。初期の近代水道が一つのシステムとして読めるかどうかは、見せ場となる土木構造物だけでなく、それを支える建物が一緒に残っているかにかかっています。倉庫はその支える側の一棟です。
Q見学はできますか。
A事前の申込みが必要です。敷地は稼働中の施設です。松本市の出前講座を通じた施設見学の制度があり、電子申請で生涯学習課へ申し込みます。見学時期や施設工事の関係で希望に沿えない場合もあります。

基本情報

名称松本市上下水道局島内第一水源地倉庫
ふりがなまつもとしじょうげすいどうきょくしまうちだいいちすいげんちそうこ
指定等区分登録有形文化財(建造物)
登録年月日平成27年(2015年)8月4日/第81回登録/登録番号 20-0483
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
種別生活関連/建築物
時代・年代大正11年(1922年)/昭和40年頃移築(国指定文化財等データベースによる)
員数1棟
構造及び形式等木造平屋建、瓦葺、建築面積40平方メートル
規模・形式桁行四間×梁間三間(約7.28メートル×約5.46メートル)、寄棟造、外装モルタル塗仕上げ、小屋組はキングポストトラス、東正面に左右対称の入口二箇所
所在地長野県松本市島内3890-1
所有者松本市
公開状況稼働中の水道施設のため通常非公開。松本市出前講座を通じた施設見学の申込みが可能(電子申請・生涯学習課)

参考文献

国指定文化財等データベース 松本市上下水道局島内第一水源地倉庫(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00010592
松本市 松本市上下水道局島内第一水源地〔4棟〕
https://www.city.matsumoto.nagano.jp/soshiki/134/3779.html
松本市上下水道局 文化財として登録されている水道施設
https://www.city.matsumoto.nagano.jp/site/jougesuidou/123765.html
松本市 国登録文化財
https://www.city.matsumoto.nagano.jp/soshiki/134/51915.html

最終更新日: 2026.07.16