昭和8年、蟻ケ崎の斜面に建った鉄筋コンクリート校舎
長野県松本深志高等学校管理普通教室棟は、長野県松本市蟻ケ崎3-8-1にある昭和8年(1933年)竣工の鉄筋コンクリート造校舎で、平成15年(2003年)3月18日に国の登録有形文化財に登録された。校内では長い正式名称ではなく「一棟(いっとう)」と呼ばれている。
建物より学校のほうがずっと古い。明治9年(1876年)7月10日、開智学校の校内に「第17番中学変則学校」が生徒50名で置かれたのが始まりである。その創立の場所は旧開智学校校舎として現存し、令和元年(2019年)に近代の学校建築で初めて国宝に指定された。現在の深志高校から歩いて10分ほどの距離にある。
中学校は移転を重ね、明治18年(1885年)に松本城二の丸へ新校舎を構えた。昭和期に入ると城内の敷地は手狭になり、昭和7年11月、蟻ケ崎に新校舎が起工される。管理普通教室棟が昭和8年、講堂が昭和9年に完成し、移転が全て終わったのは昭和10年7月22日。翌年、創立50周年と新校舎落成をあわせた祝典が開かれた。
設計を担当したのは民間の建築家ではなく、当時の長野県営繕課である。できあがったのは鉄筋コンクリート造3階建、建築面積2579平方メートルの建物で、中央に校長室・教務室・事務室を置き、両翼に普通教室を並べる。読みにくい名称は、この二つの機能をそのまま並べたものにすぎない。
登録の理由と、建築史のなかでの位置
登録は第36回の登録回にあたり、登録番号は20-0127。文化庁の記録では登録年月日が平成15年3月18日、登録告示年月日が同年4月8日となっており、資料によって日付が違って見えるのはこのためである。適用された登録基準は三つのうちの第一、「造形の規範となっているもの」だった。
文化庁の解説文は要点を二行にまとめている。長野県内における初期の鉄筋コンクリート造学校建築であること。そして外観にゴシック風の意匠が通っていること。正面中央の玄関ポーチに架かる緩やかな尖頭アーチ、2階から3階まで途切れずに立ち上がり先端を尖らせた柱型、そして全体を覆うスクラッチタイル張りがその中身である。
スクラッチタイルは、焼成前の粘土板の表面を櫛で引っ掻いて縦の細い溝をつけた化粧タイルを指す。大正末から昭和初期の日本の公共建築に急速に広まり、昭和8年の時点では、恒久性を主張したい施設が選ぶ堅実な仕上げとして定着していた。
文化庁はもう一点、伝承として記録している。東京帝国大学安田講堂(東京大学大講堂)が手本と伝える、というものである。大正14年(1925年)完成のこの建物は、鉄筋コンクリートによる尖頭アーチと垂直の柱型という語彙を戦前の日本に定着させ、各県の営繕組織がそこから意匠を借りた。文献で裏づけられた事実ではなく伝承であり、文化庁も「伝える」と書く。
評価そのものは登録より20年早く下されていた。昭和57年12月、一棟校舎は日本建築学会が全国の近代建築約13000棟から選んだ貴重建築約2000棟の一つに挙げられている。
ここで区分をはっきりさせておきたい。登録有形文化財は重要文化財ではなく、まして国宝でもない。平成8年(1996年)に設けられた最も緩やかな保護の枠組みで、築50年以上を経てなお使われ続けている建物を対象とする。外観を変更する際に届出を要するが、建物を凍結保存するのではなく使い続けさせることを狙った制度である。この校舎は、その意図どおりの道をたどってきた。
見どころと、訪ねるときの実際
正門から近づくと、地面が上っている分だけ建物は段階的に姿を現す。玄関ポーチのアーチが目の高さに来て、柱型が視線を上へ導く。スクラッチタイルの表情は時刻で変わり、正午は平坦な灰色、午後の低い光では縦の畝がくっきり浮かぶ。質感を撮りたい人は夕方に行くとよい。
内部では、一棟の廊下が漆喰の壁と落ち着いた色の床で仕上げられている。在校生が校舎を語るときに真っ先に挙げるのが、この対比である。屋上には天体ドームが載る。校内で最も高い位置にあたり、そこからは松本盆地が開け、西に北アルプス、南の眼下に松本城が見える。
ここから先は実際的な話で、訪問者が最も誤解しやすい部分でもある。
この建物は約900名が通う現役の高等学校であって、博物館ではない。授業期間中に内部を自由に見学することはできず、券売所も拝観料も見学者用の入口も存在しない。研究や職務上の必要がある場合は、事前に学校事務室(0263-32-0003)へ問い合わせること。許可は学校の判断によるもので、当然に得られるものではない。
現実的な機会は、7月上旬に開かれる生徒主催の「とんぼ祭」の一般公開日である。令和8年(2026年)の第79回は7月11日・12日が公開日で、時間は11日が9時30分から15時30分、12日が9時30分から16時30分だった。上履きと下履き入れの持参が求められる。来場者用の駐車場は用意されていないため、徒歩・自転車・公共交通機関を使うことになる。日程は年ごとに動くので、出発前に学校の案内を確認したい。
公道からの外観撮影はいつでも差し支えない。一般公開日に校内で撮影する場合は係員の指示に従い、生徒を無断で写さないよう配慮する。
徒歩でのアクセスは、JR大糸線の北松本駅から約1.6キロメートル・21分、松本駅から約2.0キロメートル・27分。最後が上り坂になる。同じ道筋の近くに、この学校が生まれた場所である国宝旧開智学校校舎(徒歩10分ほど、9時から16時30分まで公開)と、南へ約1キロメートルの松本城がある。学校建築を時代ごとに追うなら、南東側にある大正9年(1920年)の木造校舎、重要文化財の旧松本高等学校本館を加えるとよい。
Q&A
- 長野県松本深志高等学校管理普通教室棟の内部は見学できますか。
- 一般の見学はできません。約900名の生徒が日常的に使っている校舎で、拝観料も見学者用の入口もありません。研究や職務上の理由がある場合は、事前に学校事務室(0263-32-0003)へ相談してください。許可は学校の判断によります。外観は公道からいつでも見られます。
- 長野県松本深志高等学校の校内に一般が入れるのはいつですか。
- 7月上旬に開かれる生徒主催の文化祭「とんぼ祭」の一般公開日です。令和8年(2026年)は7月11日が9時30分から15時30分、12日が9時30分から16時30分でした。上履きと下履き入れの持参が必要で、来場者用駐車場はありません。日程は毎年変わるため、学校の案内で確認してください。
- 松本駅から長野県松本深志高等学校管理普通教室棟までどう行きますか。
- 徒歩なら約2.0キロメートル、27分ほどで、終盤が上り坂になります。JR大糸線の北松本駅からのほうが近く、約1.6キロメートル・21分です。松本駅からタクシーを使えば10分弱で着きます。
- 長野県松本深志高等学校管理普通教室棟は国宝や重要文化財ですか。
- どちらでもなく、登録有形文化財です。三段階の保護区分のうち最も緩やかなもので、平成15年3月18日に登録、同年4月8日に告示されました。近隣の国宝は徒歩10分ほどの旧開智学校校舎で、明治9年にこの学校が創立された場所でもあります。
- 長野県松本深志高等学校管理普通教室棟を撮影するのに適した時間帯はありますか。
- 午後の遅い時間帯です。外壁のスクラッチタイルには縦の溝が刻まれており、低い角度の光が当たると畝が陰影として立ち上がります。真昼の光では平坦な灰色に見えます。正面は南を向いており、日中の大半は順光です。公道からの外観撮影に許可は要りません。
基本情報
| 名称 | 長野県松本深志高等学校管理普通教室棟(ながのけんまつもとふかしこうとうがっこうかんりふつうきょうしつとう) |
|---|---|
| 所在地 | 長野県松本市蟻ケ崎3-8-1 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録番号 20-0127/登録基準「造形の規範となっているもの」 |
| 指定年 | 平成15年(2003年)3月18日登録、同年4月8日告示(第36回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 鉄筋コンクリート造3階建、建築面積2579平方メートル、昭和8年(1933年)竣工 |
| 所有者 | 長野県 |
| 公開状況 | 現役の校舎のため内部の一般見学は不可。7月上旬のとんぼ祭で一般公開日あり。外観は公道から見学可。来場者用駐車場なし。 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)長野県松本深志高等学校管理普通教室棟
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00003240
- 文化遺産オンライン 長野県松本深志高等学校管理普通教室棟
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/187970
- 松本市文化財課 長野県松本深志高等学校〔2棟〕
- https://www.city.matsumoto.nagano.jp/soshiki/134/3781.html
- 長野県松本深志高等学校 学校の歩み(沿革)
- https://www.fukashi-hs.ed.jp/history/
- 長野県松本深志高等学校 校舎散歩
- https://www.fukashi-hs.ed.jp/student/take_a_walk/
- 長野県松本深志高等学校 とんぼ祭
- https://www.fukashi-hs.ed.jp/student/festival/
最終更新日: 2026.08.21