体育館を兼ねた、昭和9年の講堂

長野県松本深志高等学校講堂は、長野県松本市蟻ケ崎3-8-1にある昭和9年(1934年)竣工の鉄筋コンクリート造の建物で、平成15年(2003年)3月18日に国の登録有形文化財に登録された。文化庁の解説文はこの建物を「体育館を兼ねた講堂」という一句から書き起こしており、形の理由はほぼそこに尽きる。

戦前の学校建築は限られた予算で建てられ、講堂と屋内運動場は構造に対して同じ要求を持っていた。柱の立たない大きな一室と、高い天井である。両者を一つにまとめるのは当時ごく普通の解き方だった。むしろ特筆すべきは、その後の90年をこの建物がどう生き延びたかのほうにある。

講堂は移転計画の第二期にあたる。明治9年(1876年)創立、明治18年(1885年)以降は松本城二の丸に校舎を置いていた旧制松本中学校は、昭和7年11月に蟻ケ崎で新校舎を起工した。3階建の管理普通教室棟が昭和8年に完成し、翌昭和9年に鉄筋コンクリート造平屋建、建築面積835平方メートルのこの講堂が続く。移転が完了したのは昭和10年7月である。

2棟とも設計は同じ長野県営繕課によるもので、登録も平成15年の同じ日に受けている。

三つの技術が同居する構造と、アーチが5つ並ぶ理由

登録は第36回、登録番号は20-0128。登録年月日は平成15年3月18日、告示は同年4月8日である。管理普通教室棟と同じく、適用された登録基準は「造形の規範となっているもの」だった。

構造の記述はゆっくり読む価値がある。系統の異なる三つの技術が同居しているからである。壁体は鉄筋コンクリート造。その上に載るのは山形の鉄骨トラスで、中間の柱を立てずに室内を渡す。そしてトラスが支えるのは、桟瓦で葺かれた切妻屋根である。

理屈は言葉にすれば単純だ。体育館には長い無柱空間が要り、それを安く実現できるのは鉄骨で、コンクリートではない。城下町の学校には周囲の瓦屋根と釣り合う屋根の線が要り、それを与えるのは桟瓦であって、平らなコンクリート屋根ではない。昭和9年の設計は、それぞれの材料を得意な仕事に充て、その継ぎ目を隠さずに残した。

建物の顔にあたるのは南妻面である。表面には先を尖らせた柱型が表され、その下に5連の尖頭アーチによるアーケード風の正面玄関が開く。仕上げは校舎と共通のスクラッチタイル張り。文化庁はこれを管理普通教室棟に呼応した意匠と記録しているが、2棟の間に立つとその意味は説明よりも早くわかる。教室棟の玄関に架かるのは緩やかな一つの弧で、講堂はそれを低く広い調子で5回繰り返す。2棟は別々の建物というより、一つの構成として読める。

区分について一言添えておく。この建物は登録有形文化財であり、重要文化財でも国宝でもない。登録制度は平成8年(1996年)に設けられた三段階のうち最も緩やかな枠組みで、築50年以上を経てなお使われている建物を対象とする。外観の変更には届出を要するが、それ以上の干渉はせず、建物を使い続けさせることを前提としている。

使われ続けた90年と、訪ねるときの実際

学校の沿革は、ところどころこの建物一つの修繕記録のように読める。そしてその記録こそが、現在の状態を説明する材料になる。昭和61年3月に屋根の葺替、天井の張り替え、電気設備の改修、ポーチの改修、内壁と西側廊下の塗り替えが完了した。平成21年1月には耐震改修工事。平成25年3月に講堂および体育館の照明設備改修、平成29年3月に天井の耐震改修が終わっている。

30年ほどの間に大きな工事が4度。そのいずれも、この建物を展示物には変えなかった。

中で行われているのは式典と部活動の発表である。それは同時に、この学校が全国的に知られている事柄の中心にこの建物が置かれていることを意味する。深志高校は校則を持たず、制服もなく、自らの校風を「自治」の一語で説明する。昭和23年(1948年)に始まった「とんぼ祭」は、校章の蜻蛉にちなむ名を持ち、係の組織からタイムテーブルまで生徒の手だけで運営される。同窓会は令和5年(2023年)にこの自治を扱った書籍を刊行した。その背後にある全校集会の場が、昭和9年のこの講堂である。

訪問には校地全体と同じ配慮が要る。ここは約900名が通う現役の高等学校であって、開館時間を持つ文化財施設ではない。拝観の仕組みも見学者用の入口もなく、授業期間中に内部を自由に見ることはできない。研究や職務上の必要がある場合は学校事務室(0263-32-0003)へ事前に相談することになり、可否は学校の判断による。

実際的な入口は、7月上旬の「とんぼ祭」の一般公開日である。令和8年(2026年)の第79回は7月11日・12日が公開日で、時間は初日が9時30分から15時30分、2日目が9時30分から16時30分だった。上履きと下履き入れを持参すること。来場者用の駐車場は用意されていないため、徒歩・自転車・公共交通機関で向かう。日程は毎年動くので、出発前の確認をすすめたい。

公開日以外でも、5連のアーチが並ぶ南妻面は公道から見て、撮影することができる。許可は要らない。溝の刻まれたスクラッチタイルは、真昼より午後の遅い光のほうが表情が出る。徒歩でのアクセスは、JR大糸線の北松本駅から約1.6キロメートル・21分、松本駅から約2.0キロメートル・27分。近くには文化財が2件あり、一つは明治9年建築の国宝旧開智学校校舎(徒歩10分ほど、9時から16時30分まで公開)、もう一つは南へ約1キロメートルの松本城である。

Q&A

Q長野県松本深志高等学校講堂の内部は見学できますか。
A一般の見学はできません。式典や部活動の発表に日常的に使われている建物で、拝観の仕組みも見学者用の入口もありません。研究や職務上の理由がある場合は、事前に学校事務室(0263-32-0003)へ相談してください。可否は学校の判断によります。南面の外観は公道からいつでも見られます。
Q長野県松本深志高等学校講堂はなぜ鉄筋コンクリート造なのに瓦屋根なのですか。
A材料ごとに役割を分けているためです。壁体は鉄筋コンクリート造、室内に柱を立てずに渡すのは山形の鉄骨トラス、その上の切妻屋根は桟瓦葺で、城下町の瓦屋根の連なりと釣り合う屋根の線をつくります。体育館を兼ねる建物なので、長い無柱空間が必要でした。
Q長野県松本深志高等学校の校内に一般が入れるのはいつですか。
A7月上旬に開かれる生徒主催の文化祭「とんぼ祭」の一般公開日です。令和8年(2026年)は7月11日が9時30分から15時30分、12日が9時30分から16時30分でした。上履きと下履き入れの持参が必要で、来場者用の駐車場はありません。日程は毎年変わるため、学校の案内で確認してください。
Q長野県松本深志高等学校講堂と隣の管理普通教室棟は何が違いますか。
A別々の物件として登録された2棟です。昭和8年の管理普通教室棟は鉄筋コンクリート造3階建、建築面積2579平方メートル。昭和9年の講堂は平屋建、建築面積835平方メートルで、鉄骨トラスが桟瓦葺の屋根を支えます。外観はスクラッチタイル張りと尖頭アーチの意匠を共有し、呼応するよう設計されています。
Q松本駅から長野県松本深志高等学校講堂までどう行きますか。
A徒歩で約2.0キロメートル、27分ほどです。終盤が上り坂になります。JR大糸線の北松本駅からのほうが近く、約1.6キロメートル・21分。松本駅からタクシーなら10分弱で着きます。校地内に来場者用の駐車場はありません。

基本情報

名称長野県松本深志高等学校講堂(ながのけんまつもとふかしこうとうがっこうこうどう)
所在地長野県松本市蟻ケ崎3-8-1
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 20-0128/登録基準「造形の規範となっているもの」
指定年平成15年(2003年)3月18日登録、同年4月8日告示(第36回登録)
員数1棟
寸法鉄筋コンクリート造平屋建、建築面積835平方メートル、昭和9年(1934年)竣工
所有者長野県
公開状況現役で使用中のため内部の一般見学は不可。7月上旬のとんぼ祭で一般公開日あり。南面の外観は公道から見学可。来場者用駐車場なし。

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)長野県松本深志高等学校講堂
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00003241
文化遺産オンライン 長野県松本深志高等学校講堂
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/140511
松本市文化財課 長野県松本深志高等学校〔2棟〕
https://www.city.matsumoto.nagano.jp/soshiki/134/3781.html
長野県松本深志高等学校 学校の歩み(沿革)
https://www.fukashi-hs.ed.jp/history/
長野県松本深志高等学校 とんぼ祭
https://www.fukashi-hs.ed.jp/student/festival/
長野県松本深志高等学校 校舎散歩
https://www.fukashi-hs.ed.jp/student/take_a_walk/

最終更新日: 2026.08.21