全国の登録有形文化財
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立川稲荷神社拝殿及び幣殿は鳥取市立川町の境内に残る寛保元年(1741年)の社殿で、もとは合祀された北野神社の拝殿。入母屋造妻入の桟瓦葺で、唐破風の向拝に蟇股を2つ重ね、木鼻に彫刻を施す。2014年登録。
立川稲荷神社本殿は鳥取市立川町の境内最上段、中門の奥に建つ大正10年(1921年)の本殿。切妻造金属板葺で四周に縁と高欄をめぐらせ、舟肘木・二軒繁垂木・豕扠首で装飾を抑えた意匠をまとめる。2014年登録。
鳥取市立川町の立川吉村家住宅勝手蔵は、屋敷の東北隅に建つ明治中期の蔵。日用品の土蔵、味噌蔵、元女中部屋が一体に並び、豪商の台所まわりの暮らしを伝える。路地側は漆喰壁に縦板を貼っている。平成10年に登録。
鳥取市立川町の立川吉村家住宅米蔵は、屋敷北側の路地に沿って木造2階建の土蔵3棟が一体に並ぶ明治中期の蔵。米穀商も営んだ吉村家の隆盛を伝え、戸口は裏庭側、路地側は縦板貼りとする。平成10年に登録された。
鳥取市立川町の立川吉村家住宅什器蔵は、主屋玄関の北脇に接して建つ明治中期の小さな土蔵。前後に庇が付き、漆喰壁に腰板を貼る。昭和11年の道路拡幅で主屋とともに曳屋され向きを改めたと伝わる。平成10年登録。
鳥取市立川町の立川吉村家住宅主屋は、明治中期に建った切妻造2階建の商家の主屋。2階をなまこ壁、軒裏を漆喰で塗り込めた外観が地区の象徴とされ、平成10年に登録有形文化財となった。中廊下式の間取りをもつ。
鳥取市立川町の立川吉村家住宅通用門は、什器蔵と勝手蔵のあいだを延長7.4mの屋根塀でふさぎ、中央に門口を開いた明治中期の門。門口は車の出入りのため1間から1間半に広げられた。左右は真壁造で平成10年に登録。
鳥取市立川町の立川吉村家住宅付属棟は、米蔵から続く路地境の奥に建つ明治中期の平屋。出入りの大工・左官が屋敷の維持修理を日常的に行った作業場と番頭部屋からなり、建物群の維持管理を伝える。平成10年に登録。
智頭消防団本町分団屯所は鳥取県智頭町の智頭街道に面して建つ昭和16年(1941年)の消防屯所で、登録有形文化財。下見板張り・切妻造の洋館で、屋根に火の見櫓をのせ、正面の梯子段が破風を貫いて櫓に至る。地区のランドマークとして親しまれる。
智頭町立山形小学校校舎は鳥取県智頭町郷原の北股川の右岸にある昭和17年(1942年)の木造校舎で、登録有形文化財。桁行81メートルの長大な2階建で、外装を下見板張りとし、西面の全長に窓を連ねて水平性を強調する。山間部に良好に残る木造校舎。
東光園本館は鳥取県米子市の皆生温泉に建つ昭和39年(1964年)のホテルで、登録有形文化財。菊竹清訓の設計で、6本の主柱が7階を支え、そこから5・6階の客室を吊る構造をもつメタボリズム建築の集大成とされる。
長田神社祈祷殿は神門前に社務所と並ぶ昭和34年の社殿で、8件中最新かつ最大の46平方m。切妻造妻入で正面に唐破風状の向拝を張り出す。平成19年の社務所建替えで大正13年造の旧社務所の玄関を移したものだという。
長田神社神饌所(仮殿)は本殿の北に建つ大正4年の小社殿で、大正13年に上町から移築された。玄関・三畳間・押入・土間・勝手口と住まいに近い間取りをもち、神饌を調えるほか、本殿修繕の際には仮殿として使われる。
長田神社神門は境内正面の参道に西面して建つ昭和10年の薬医門。間口3.3mで扉を設けず、本柱を丸柱とする独特の構成をとる。太い総檜の軸部に軒の出の大きな屋根をかけた簡潔で豪放な表門で、上田喜太郎の奉納。
長田神社透塀は本殿の四周を囲む延長41mの木造銅板葺の塀で、文化庁は昭和7年、神社は昭和6年の竣工とする。三段の切石積の基壇に立ち、腰上を断面菱形の板連子とした檜の精巧なつくりで、大村久兵衛の奉納と伝わる。
長田神社中門は大正13年の移転遷座で新築された透塀正面の門。間口2.4mの切妻造妻入で、丸柱を貫と長押で固め蟇股と舟肘木で梁桁を受ける。明治の制限図式の影響を文化庁が指摘する、本殿と幣拝殿をつなぐ継ぎ目である。
長田神社手水舎は神門前で祈祷殿と向かい合う昭和4年の手水舎で、登録8件で唯一の瓦葺き。四方吹放しの切妻造で、几帳面取りの角柱を虹梁で固め蟇股で軒を受ける。中の手水鉢は安永7年に上町の旧社地で据えられた。
長田神社幣拝殿は本殿の正面に建つ拝殿と幣殿の複合社殿。江戸後期の建物を大正13年に移築し、鳥取東照宮の形式を継いだと神社は説明する。角柱の簡明なつくりで、祈祷を申し込めば12畳の拝殿に昇殿できる社殿である。
鳥取市の長田神社本殿は江戸後期の社殿で、大正13年に上町の旧社地から移築された。境内8件で唯一「造形の規範」として登録され、千鳥破風と軒唐破風の向拝、起りをつけた垂木が見どころ。透塀の外から見学する。
判屋船越家の屋敷南辺、東蔵と西蔵の間に南面して建つ明治後期の棟門。間口2.7m、両開きの板戸の上に横連子の欄間を入れ、絵様付の二段の腕木で軒桁を支える。軸部と軒まわりは弁柄塗で、旧家の格式を示す裏門である。