全国の登録有形文化財
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奈良県広陵町古寺の松本家住宅辰巳蔵は、主屋の南東に建ち屋敷の南側を画す明治期の土蔵造2階建。13件で唯一の明治期の建物で、本瓦葺の屋根に桟瓦葺の庇、腰板張に漆喰塗の外壁をもつ。2017年に登録された。
奈良県広陵町古寺の松本家住宅道具蔵は、主屋の南東に建つ昭和前期の土蔵造2階建。食器類など家財道具を納めた蔵で、1階を3室、2階を2室に区切り、背面に便所を突き出す。豪農の暮らしを示す蔵として2017年に登録された。
奈良県広陵町古寺の松本家住宅南屋敷南東納屋は、辰巳蔵の東端から道具蔵の東に建つ昭和前期の木造平屋建。外側は竪板張と漆喰塗で板塀に見え、内側は丸太柱に屋根を深くかけた吹放ちの物置とする。2017年に登録された。
奈良県広陵町古寺の松本家住宅南屋敷北東納屋は、表門東の土塀からさらに東へ延びる昭和前期の納屋。桁行11.7メートルで、西半は塀に両開きの門、東半は吹放ちの物置とする。唐臼部屋とも呼ばれ、2017年に登録された。
奈良県広陵町古寺の松本家住宅南屋敷南及び西面塀は、内蔵の南西端から南へ延び、屋敷の南西隅を囲う昭和前期の土塀。西面27.1メートル、南面11.6メートルで、隅の側を一段切り下げ、南面は柱を見せる。2017年に登録された。
奈良市西新屋町にある昭和前期の土蔵造平屋建の米蔵。桁行7.9メートル、梁間5.9メートルで、屋敷の最奥に建つ。建築後まもなく2階床を撤去したとみられる。米問屋松山家の盛期を伝える蔵で、2015年に登録。
奈良市西新屋町にある文政12年(1829年)建築のつし2階建の町家。棟札で年代が分かる奈良町の近世町家の基準作で、丸太格子と左右の虫籠窓を備える。奈良オリエント館やFM局を経て、今は館内に茶房が入る。
奈良市西新屋町にある江戸後期の木造平屋建の町家。軒が低く2階に居室を設けない古い形式で、平格子と太格子、虫籠窓を備える。米問屋松山家の屋敷の表に建ち、現在は豆腐料理店。2015年に登録有形文化財に登録。
奈良市西新屋町にある昭和前期の土蔵造平屋建の蔵。桁行6.9メートル、梁間4.9メートル。漆喰壁に鉢巻をまわし、側面と背面を竪板張とし、内壁に荷摺木を残す。米問屋松山家の穀物蔵で、2015年に登録有形文化財に登録。
奈良市西新屋町にある昭和前期の木造平屋建の渡廊下。米問屋松山家の主屋北棟の裏から奥へ延び、6メートルの丸太桁を柱で受けず軒から吊って中庭側を開け放つ。南側に浴室と便所を並べる。2015年に登録有形文化財に登録。
奈良県橿原市中町の米酢醸造元に残る明治24年の内蔵と北築地塀。貴重品や什器を納めた木造2階建の土蔵で、置屋根をのせ軒まで漆喰で塗り込める。醸造施設や主屋の建て替えより先に建てられ、延長8.6メートルの土塀とともに通りの角をつくる。
奈良県橿原市中町の米酢醸造元、大西家の大正前期の主屋。切妻造平入桟瓦葺の木造2階建で、建築面積228平方メートル。三列六間取の農家型の平面に式台玄関と広敷を加え、通し柱を多く用いる。令和5年に登録有形文化財となった。
奈良県橿原市中町の米酢醸造元に残る明治中期の酢蔵で、大西家の酢造りの起点となった建物。切妻造妻入の木造2階建で、内部の大空間に直径2.5メートルの杉の大樽を並べ、いまも酢を熟成させる。造形の規範として令和5年に登録された。
奈良県橿原市中町の米酢醸造元に残る大正前期の麹室と築地塀。南蔵の南の亀甲形切石積に建つ土蔵造平屋の中に、木製の麹室を入れ子状に組む。総延長17メートルの土塀は鬼門の空き地を囲む。酢造りの出発点の麹を管理した建物。令和5年登録。
奈良県橿原市中町の米酢醸造元に残る大正前期の旧仕込み場。主屋の南東に西を向いて建つ切妻造桟瓦葺の平屋で、洗米などを行った。北側の井戸に掛かる部分だけ平面が凹み、水場としての役割が形に残る。現在は倉庫。令和5年に登録された。
奈良県橿原市中町の米酢醸造元の敷地中央、主屋の南に建つ大正前期の旧充填場。食酢製造の一工程を担った切妻造桟瓦葺の平屋で、北東に詰所を張り出す。漆喰塗の壁に焼杉の腰。現在は酢の原料となる酒の仕込み蔵として使われる。令和5年登録。
奈良県橿原市中町の米酢醸造元の北東隅に建つ大正前期の土蔵。味噌蔵と伝え、切妻造桟瓦葺の平屋で壁を軒まで漆喰で塗り込め、腰に焼杉の板を縦に張る。北側の通りに妻を向け、門屋とつながって屋敷の正面をつくる。令和5年に登録。
奈良県橿原市中町の米酢醸造元に残る大正前期の米蔵。もとは門扉の付いた長屋門で、旧敷地境の石積の上に建ち中央の通路を残す。土蔵造2階建で建築面積179平方メートル。酢の原料の米を納め、いまは原料と資材の倉庫として使われる。
奈良県橿原市中町の米酢醸造元に残る明治後期の酢蔵。かつてもろみを搾った圧搾場で、北西隅で北蔵と、南で南蔵と接続し内部はひと続きになる。軒の高い切妻造桟瓦葺の平屋で、軒まで漆喰を塗り腰を焼杉の竪板張とする。令和5年登録。
奈良県橿原市中町の米酢醸造元に残る大正前期の酢蔵。酒槽を備えて醪を搾る施設で、中蔵と内部でつながる。軒の高い切妻造の本体に東の下屋を合わせ、南に土蔵造の材料庫を設けて東の下屋を戸前とする。平屋一部2階建。令和5年登録。