瑞穂酢(大西家住宅)中蔵とは

瑞穂酢(大西家住宅)中蔵は、奈良県橿原市中町にある明治後期(1898〜1912年)の木造平屋建の酢蔵で、令和5年(2023年)2月27日に登録有形文化財となった。米酢の醸造元である大西家の敷地西側、北蔵の南東に、棟を南北に通して建つ。建築面積は87平方メートルで、昭和後期に改修されている。

文化庁の解説によれば、この蔵はかつて、もろみを搾る圧搾場だった。酢の原料となる酒は、発酵を終えたもろみを搾って得られる。北の北蔵で酢を熟成させる前の段階を、この中蔵が受け持っていたことになる。

名前の「中」は位置を表す。北西の隅で北蔵と、南で南蔵と接続し、3棟の内部はひと続きの空間になっている。瑞穂酢(大西家住宅)中蔵は、醸造の建物群をつなぐ中継ぎの位置にある。

登録の理由と価値

瑞穂酢(大西家住宅)中蔵は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として登録された。文化庁の解説は、敷地の西側に並ぶ食酢製造施設群の一角を占める建物として評価している。

造りは、軒を高くとった切妻造桟瓦葺で、東側に下屋を付ける。外壁は軒まで漆喰で塗り込め、腰には焼杉の板を縦に張る。平屋でありながら軒が高いのは、搾りの道具を据え、作業の場を確保するためと考えられる。

3棟の年代を並べると、北蔵が明治中期、中蔵が明治後期、南蔵が大正前期となる。北から南へ順に建て継がれたように見え、家業の拡大に合わせて酢蔵の列が延びていった過程を、この中蔵が中間の段階として示している。

見どころ

瑞穂酢(大西家住宅)中蔵の面白さは、単独の建物として完結していない点にある。北蔵とは隅で、南蔵とは妻側で取り付き、内部に壁の切れ目を設けずに作業場を連ねている。原料が北から南へ、あるいは南から北へ、建物の境を意識せずに運べる構成である。

東側の下屋は、高い軒の本体に低い屋根を添えて、作業の広がりを外に逃がしている。南蔵も東に下屋を持つので、2棟を東から見ると、高い軒と低い下屋が同じ調子で並ぶ。

白い漆喰と黒い焼杉の腰の組み合わせは、敷地の他の蔵とも共通する。軒の高い平屋に施されると、白い壁面の縦の広がりが強調され、腰の黒い帯との対比がいっそうはっきりする。

見学方法

瑞穂酢(大西家住宅)中蔵は稼働中の醸造所の内部にあり、公開されていない(2026年9月17日確認)。北蔵や南蔵と内部でつながっているため、単独で見学の対象になることもない。

位置は北蔵の南東で、北側の通りからは北蔵の陰に入る。外からその姿を確かめるのは難しく、この蔵を見るには所有者による案内を待つことになる。

Q&A

Q瑞穂酢(大西家住宅)中蔵はどんな役割の建物でしたか。
A文化庁の解説によれば、かつてはもろみを搾る圧搾場でした。酢の原料となる酒を得る工程にあたります。
Q瑞穂酢(大西家住宅)中蔵はいつ建てられましたか。
A明治後期(1898〜1912年)です。昭和後期に改修されています。
Q瑞穂酢(大西家住宅)中蔵はほかの蔵とどうつながっていますか。
A北西の隅で北蔵と、南で南蔵と接続し、3棟の内部はひと続きの空間になっています。
Q瑞穂酢(大西家住宅)中蔵の造りの特徴は何ですか。
A軒の高い切妻造桟瓦葺の平屋で、東に下屋を付け、外壁を軒まで漆喰で塗り込めて腰を焼杉の竪板張としています。建築面積は87平方メートルです。
Q瑞穂酢(大西家住宅)中蔵は外から見られますか。
A北蔵の南東にあり、北側の通りからは北蔵の陰になります。内部も公開されていません。

基本データ

名称瑞穂酢(大西家住宅)中蔵(みずほす(おおにしけじゅうたく)なかぐら)
所在地奈良県橿原市中町267-1他
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 29-0344
指定年令和5年(2023年)2月27日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積87平方メートル
所有者文化庁データベースに記載なし
公開状況非公開(醸造所の内部)

参考文献

国指定文化財等データベース 瑞穂酢(大西家住宅)中蔵(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014513
国指定文化財等データベース 瑞穂酢(大西家住宅)北蔵(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014512
国指定文化財等データベース 瑞穂酢(大西家住宅)南蔵(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00014514

最終更新日: 2026.09.17