全国の登録有形文化財
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富山市宮尾の旧内山家住宅土蔵は、明治末建築の土蔵造2階建で建築面積184㎡。屋敷の東境に沿って南北に長く延び、内部は上・中・下の蔵と味噌蔵の四つに分かれる。米や夜具を納めたと伝わり、1998年に登録された。
富山市宮尾の旧内山家住宅にわとり小屋は、明治末建築の切妻造・桟瓦葺の小さな建物で建築面積32㎡。石を並べて一段高く築いた基礎に建ち、壁を漆喰で仕上げる鶏用としては破格の造りで、1998年に登録された。
富山市宮尾の旧内山家住宅東門は、明治末建築の木造の棟門で、屋敷の東の境、にわとり小屋と土蔵の間に建つ。かつて東に広がっていた果樹園や畑に通じる門で、往時の屋敷周辺の様子を伝え、1998年に登録された。
富山市宮尾の旧内山家住宅塀中門は、明治中期に造られた石造の門。石の柱に石の笠木をのせた門口に木戸を入れた特異な意匠で、自然石と切石を積み分けた塀が座敷の庭と前庭を区切る。1998年に登録有形文化財となった。
富山市宮尾の旧内山家住宅もみ倉は、明治中期建築の土蔵造平屋建で建築面積40㎡。石積みの基礎に建ち、腰から下の漆喰の色を変え、屋根を置屋根とする。長庫や木納屋とも呼ばれ、1998年に登録有形文化財となった。
旧大谷家住宅表門は富山県小矢部市の昭和36年(1961年)建築の一間薬医門。間口3.1m、雲形肘木が虹梁・大瓶束・笈形の妻飾りを受け、透彫欄間付の板扉を備える。屋敷の表構えとして登録有形文化財に登録。
旧大谷家住宅作業納屋は富山県小矢部市の昭和19年(1944年)建築の木造一部2階建。南5間を吹抜けの土間、北2間の2階を道具置き場とし、東面と両側面を下見板張で覆う積雪地らしい形式をもつ。登録有形文化財に登録。
旧大谷家住宅主屋は富山県小矢部市の昭和10年(1935年)建築の木造2階建。南東へ妻を向けた切妻造妻入のアズマダチで、三列の間取りと良材の造作が評価され登録有形文化財となった。内部は博物館の展示室として公開。
旧大谷家住宅納屋は富山県小矢部市の昭和18年(1943年)建築の木造2階建。主屋の前に向き合う平入の附属屋で、漆喰塗と下見板張を併用し、1階・2階とも二室に分けて内装を変える。現在は大谷兄弟を紹介する大谷記念室として公開。
旧大谷家住宅灰小屋は富山県小矢部市の昭和10年(1935年)建築の土蔵造平屋建。建築面積1.4㎡、内壁と床を土塗りにして風呂場の灰を安全にためた小屋で、北面に板扉と灰の取出口を備える。登録有形文化財に登録。
旧大谷家住宅風呂場は富山県小矢部市の昭和10年(1935年)建築の土蔵造平屋建の外風呂。建築面積9.8㎡の小屋に三方開きの焚口と犬小屋の下屋を備え、昭和前期の暮らしの有り様を今に残す登録有形文化財である。
旧大谷家住宅塀は富山県小矢部市の昭和36年(1961年)建築の木造塀。総延長153m、表門両脇の南塀は玉石二段積の基礎に大和張と虫食い板欄間を備え、東塀と北塀は簡素に造り分ける。登録有形文化財に登録。
富山市新庄町にある明治初期の薬種商の店と住まい。通りに面した広いミセには壁一面の百味箪笥が並び、奥の座敷は銘木と色壁で飾られる。平成10年(1998年)に国の登録有形文化財となり、薬種商の館 金岡邸として公開されている。
富山市新庄町の薬種商金岡家が大正期に加えた接客用の座敷棟。切妻造・妻入の長い棟の正面に玄関を構え、檜や欅、銘木を使った座敷に折上格天井を持つ。設計は清水組の西原兵治と伝わる。平成10年(1998年)に国の登録有形文化財に登録された。
富山市新庄町の旧金岡家住宅にある明治13年頃の道具蔵。2階建、建築面積137㎡の大きな土蔵で、南の戸前は黒漆喰と腰の石貼りで飾り、北は中庭に小庇付きの窓を並べる。令和5年(2023年)に国の登録有形文化財となった。
富山市新庄町の旧金岡家住宅で主屋の東南に建つ明治期の土蔵。切妻造・平入の2階建、建築面積35㎡の小さな蔵で、妻に母屋桁と棟木の端を見せ、隣の土蔵と意匠を変える。薬種業の品々を納めていた。1998年に国の登録有形文化財に登録。
富山市新庄町の旧金岡家住宅で庭を囲む大正期の瓦葺の屋根塀。延長77.1m、石の基礎の上に建ち腰に板を張る丁寧なつくりで、門と主屋をつなぐ。門とともに往時の繁栄を示し、平成10年(1998年)に国の登録有形文化財に登録された。
富山市新庄町の旧金岡家住宅で、東の道路に面して主屋の北に立つ大正期の薬医門。道から少し下がって建ち、賓客を新屋へ導いた。屋根のむくりなど意匠は新屋とよく似ている。平成10年(1998年)に国の登録有形文化財に登録された。
旧馬場家住宅壱番蔵及び弐番蔵は、1棟の中を2つの蔵に仕切った明治前期の二戸前の塗籠土蔵。鳥居枠に4段の掛子塗の土扉、布石積洗出仕上げの腰壁、主屋へ矩折れにつながる下屋など細部が丁寧で、内部は現在非公開。
旧馬場家住宅米蔵は、敷地の北西隅に建つ桁行8間・梁間7間、建築面積267㎡の明治前期の平屋の土蔵。富山市は二千石の米蔵と紹介する。意匠は簡素ながら内壁一面に貫を多く入れ、川港側の西面は鞘板壁で守っている。