末廣農場の中に建てられた別邸
旧岩崎家末廣別邸主屋は、千葉県富里市七栄にある昭和2年(1927年)建築の木造平屋建住宅で、平成25年(2013年)12月24日に国の登録有形文化財(建造物)となった。
建てさせたのは岩崎久彌(1865年から1955年)。旧三菱財閥の三代目総帥として社業を率いた人物だが、大正5年(1916年)に社長の座を従弟の小彌太に譲ったあとの関心は、もっぱら農牧にあった。大正8年(1919年)からは自ら末廣農場の経営に乗り出している。
この農場は営利を目的としていない。久彌は農場長の橘常喜に「我が国畜産界の改良進歩に資し得る模範的実験農場を作って貰いたい」と伝えたと記録されており、実際に行われたのは研究と成果の公開だった。最盛期の飼育羽数は約8,000羽、年間産卵数45万個。養豚は年間1,000頭規模で、ハムやソーセージ、ベーコンの自家製造にも及んだ。千葉県農業試験場が白菜と西瓜の原種・原々種の採種を委託していた事実は、この農場の技術水準を端的に示している。富里の名産が今日も西瓜であることは、この系譜と無関係ではない。
久彌は東京の本邸から月に2、3度通い、滞在の拠点としてこの建物を使った。戦後の財閥解体と農地改革によって農場は解体され、本邸を物納した久彌は昭和24年(1949年)6月21日、ここへ移り住む。そして昭和30年(1955年)12月2日、90歳でこの家で息を引き取った。
その後は三菱地所株式会社が維持管理を続け、平成24年(2012年)10月、末永く大切にしてほしいという申し出とともに土地・建物が富里市へ寄贈された。市は直ちに登録申請を行い、主屋・東屋・石蔵の3棟が富里市初の国登録有形文化財となる。
登録基準「造形の規範となっているもの」が意味すること
登録有形文化財は、国宝や重要文化財の「指定」とは別の制度である。指定が厳格な現状変更規制を伴う少数精鋭の枠組みであるのに対し、登録は築50年程度を経た建造物を幅広く受け止め、使いながら守ることを前提とした緩やかな仕組みとして平成8年(1996年)に設けられた。主屋は登録番号12-0167、登録基準の第一である「造形の規範となっているもの」に該当する。
外観だけを見るかぎり、この建物は規範と呼ばれるほど華やかではない。評価されたのは、簡素で上質な伝統的和風住宅を土台としながら、そこに大正末から昭和初期の技術がひととおり組み込まれている点にある。
平面は中庭型で、区画のわかりやすさが際立つ。正門に近い西側に玄関と書生室を置き、その南に表向きの西十畳・中十畳を庭に面して並べる。座敷の入側は東南へ矩折れに伸び、入側付きの東十畳、さらに最奥の六畳へと続く。中庭の北側は台所と配膳室、その東が上浴室。柱間はすべて真々六尺の関東間で統一されている。
その伝統的な骨格の下に、コンクリートの布基礎が廻り、土台はアンカーボルトで緊結されている。関東大震災から4年しか経っていない時期の農村部の木造住宅としては異例の仕様で、当初からの施工と考えられている。壁下地には確認できた箇所のほぼすべてに石膏ボードが使われ、一部に残る製造マークから初期の吉野石膏製品と判明した。電鈴、照明器具、厨房器具も撤去されずに残る。
設計者を示す確証は残っていない。岩崎家庭事務所の津田鑿とする見方が有力で、津田は国分寺市の殿ヶ谷戸庭園の別荘も手掛けており、主屋と共通するしつらえが多いことが根拠とされる。洋風住宅を得意とした建築家に、華美を好まない施主が和風の近代住宅を委ねたという構図になる。
屋根・ガラス障子・室の格式
まず軒先を見上げたい。屋根は寄棟の桟瓦葺で、その下を銅板葺の庇が一周する。瓦の勾配は緩く、軒先全面に鼻板を打って垂木の小口を隠している。小口が見えないと軒下の影は一本の水平線になり、建物は低く、横に長く見える。伝統的な軒の見せ方をあえて捨てた選択だ。
次にガラス障子。外周全面に廻されたこの建具の桟の割り付けが、主屋を主屋たらしめている。縦桟はガラス幅が三ないし四ッ割になるよう均等に入れる。横桟はその縦桟と同じガラス幅になる位置に、上下一箇所ずつ、あるいは上部のみに入れる。結果として建具の四隅に正方形の格子が生まれ、縦長のガラス面と対比する。
この割り付けは入側の掃出し障子から便所の窓まで一貫している。装飾らしい装飾を持たないこの家で、ほぼ唯一の意匠的な主張と言ってよい。
内部では、格式の差が天井と造作に現れる。西十畳、中十畳、中八畳、東八畳、東十畳、食堂の六室には内法長押を廻し、猿頬天井を張る。それ以外の居室は長押を用いず、棹縁も簡素なもので済ませる。写真ではわかりにくいが、室に入れば一目でわかる差だ。
色も同じ役割を担う。座敷まわりの畳廊下と入側はやや青みがかった漆喰、居室は土壁。玄関や中十畳・八畳には聚楽風の黄味の強い土、東十畳・八畳と奥の六畳には濃い色の土が使われている。東へ進むほど室内が暗く沈んでいく。
東十畳が久彌の臨終の間である。この部屋からは象徴的なクスが望める。西十畳と中十畳からはコウヤマキ、コブシ、ヤマザクラ、カエデ、ウメが見え、部屋ごとに庭の見え方を変える構成になっている。庭園は前庭、主庭、東屋周辺の庭、実用庭の四つに区分され、主庭は書院造庭園と呼ばれる。建物の雨落ち溝の際までノシバが植えられ、沓脱石は洗出し仕上げ。江戸時代の庭園とは明らかに異なる、洋風の要素を消化した近代日本庭園の景観である。
北側の台所も見てほしい。使われていた当時の設備が残っており、昭和初期の上流階級の生活実態を知る資料としては、表向きの座敷より雄弁である。
見学の実際
敷地は旧岩崎久彌末廣農場別邸公園として整備され、入園は無料。主屋の内部公開は令和7年(2025年)4月26日に始まった。入館料は一般個人200円、20人以上で責任者のいる団体は1人150円、中学生以下は無料。支払いは現金のみで、障害者手帳を提示すれば本人と介護者1名が免除される。
開館時間は午前10時から午後4時まで、入館は午後3時30分まで。開館日は火曜日から日曜日で、月曜が祝日の場合は開館し翌火曜を休館とする。年末年始は12月第3日曜日の翌日から翌年1月4日まで休園となる。気象条件による臨時休園もあるため、出発前に市の開園日カレンダーを確認しておくと確実だ。
館内には一部非公開エリアがある。主屋内は原則飲食禁止、火気の使用は全面的に禁止で、展示資料や設備・植栽に触れないよう求められている。撮影の可否については現地の掲示と職員の案内に従う必要があるため、入館時に確認してほしい。団体見学であれば職員によるガイドを依頼できる。富里市生涯学習課文化資源活用班(電話0476-93-7641)へ日時を連絡し、所定の解説依頼書を提出する。
同じ敷地の他の2棟について、注意が2点ある。石蔵は内部公開をしておらず、外観見学のみで無料。東屋は保存修理工事のため、令和9年(2027年)3月中旬頃まで見学できない。
交通は、京成成田駅中央口5番線から「七栄・根木名経由 本城台団地・プロロジス行」に乗り、「末廣農場」バス停下車、徒歩2分。所要は約20分。末廣農場を経由しない便は「末広」バス停下車で、そこから徒歩10分ほどになる。車の場合、富里インターからは出口を右折し国道296号を左折、七栄末広南交差点を左折。駐車場があり、満車時は隣接する観光・交流拠点施設「末廣農場」の駐車場を利用できる。
庭はゆっくり一周する価値がある。主庭のツツジ類、なかでも樹齢推定200年とされるオオムラサキは、久彌ゆかりの東京・駒込の六義園から移植されたと伝わる。主屋周辺の園路沿いのアジサイは、六義園にある15種のうち13種の枝を分けてもらい、挿し木から育てて増やしたもの。六義園から要請があれば逆に提供する取り決めになっている。
Q&A
- 旧岩崎家末廣別邸主屋の内部は見学できますか。入館料はいくらですか。
- 見学できます。内部公開は令和7年(2025年)4月26日に開始されました。入館料は一般個人200円、20人以上の団体は1人150円、中学生以下は無料です。支払いは現金のみで、一部非公開エリアがあります。
- 旧岩崎家末廣別邸主屋の開館日と開館時間を教えてください。
- 火曜日から日曜日の午前10時から午後4時まで(入館は午後3時30分まで)です。月曜日は休館ですが、月曜が祝日の場合は開館し翌火曜が休館になります。年末年始は12月第3日曜日の翌日から1月4日まで休みです。
- 旧岩崎家末廣別邸主屋は重要文化財ではなく登録有形文化財なのはなぜですか。
- 登録は築50年程度を経た建造物を幅広く保護し、使いながら守ることを前提とした制度で、指定とは別枠です。主屋は平成25年(2013年)に「造形の規範となっているもの」という基準で登録されました。伝統的和風住宅に昭和初期の近代技術を組み込んだ点が評価されています。
- 旧岩崎家末廣別邸主屋の設計者は誰ですか。
- 確定する記録は残っていません。岩崎家庭事務所の津田鑿と考えられており、津田が設計した国分寺市の殿ヶ谷戸庭園の別荘と共通するしつらえが多いことが根拠とされています。
- 旧岩崎家末廣別邸主屋へは公共交通機関でどう行きますか。
- 京成成田駅中央口5番線から本城台団地・プロロジス行のバスに乗り、約20分の「末廣農場」バス停下車、徒歩2分です。この停留所を経由しない便は「末広」バス停で降り、徒歩10分ほどになります。
基本情報
| 名称 | 旧岩崎家末廣別邸主屋(きゅういわさきけすえひろべっていしゅおく) |
|---|---|
| 所在地 | 千葉県富里市七栄650-25 |
| 指定区分 | 国登録有形文化財(建造物) 登録番号12-0167 登録基準:造形の規範となっているもの |
| 指定年 | 平成25年(2013年)12月24日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造平屋建、瓦葺一部銅板葺、建築面積478平方メートル(文化庁データベース。富里市資料では491平方メートル) 昭和2年(1927年) |
| 所有者 | 富里市 |
| 公開状況 | 令和7年(2025年)4月26日より内部公開。火曜から日曜の10時から16時(入館15時30分まで)。一般200円、20人以上の団体1人150円、中学生以下無料、現金のみ。一部非公開エリアあり。公園は入園無料。東屋は令和9年3月中旬頃まで保存修理のため見学不可、石蔵は外観見学のみ。 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)— 旧岩崎家末廣別邸主屋
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009710
- 文化遺産オンライン — 旧岩崎家末廣別邸主屋
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/285549
- 富里市 — 旧岩崎家末廣別邸文化財建造物の概要
- https://www.city.tomisato.lg.jp/0000009608.html
- 富里市 — 旧岩崎家末廣別邸を取り巻く三つの価値
- https://www.city.tomisato.lg.jp/0000009624.html
- 富里市 — 旧岩崎家末廣別邸【主屋開館情報】
- https://www.city.tomisato.lg.jp/0000016172.html
- 富里市 — 岩崎久彌と末廣農場
- https://www.city.tomisato.lg.jp/0000009600.html
- 千葉県 — 旧岩崎家末廣別邸主屋ほか
- https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/bunkazai/q111-032.html
最終更新日: 2026.08.13