23平方メートルの附属屋に払われた手間
旧岩崎家末廣別邸石蔵は、千葉県富里市七栄字獅子穴にある昭和初期建築の小規模な土蔵で、平成25年(2013年)12月24日に国の登録有形文化財(建造物)となった。
規模は桁行三間、梁間二間の一室。関東間の一間を六尺とすれば、およそ5.5メートル×3.6メートルにあたる。建築面積は文化庁のデータベースが23平方メートル、富里市の調査資料が22平方メートルと記す。いずれにせよ物置である。主屋の東方、保存調査が「実用庭」と呼ぶ区画に建ち、用途は収納だった。
それでも足を止める理由がある。この建物には、同時代の銀行支店に用いても不足のない壁体構成とタイル仕様、そして軒蛇腹の納まりが与えられている。車二台分ほどの床面積に対して、である。
敷地の主は岩崎久彌(1865年から1955年)。旧三菱財閥の三代目総帥で、大正5年(1916年)に社長職を退いたのち農牧事業へ向かい、大正8年(1919年)から末廣農場の経営に自ら乗り出した。農場長の橘常喜には「我が国畜産界の改良進歩に資し得る模範的実験農場を作って貰いたい」と伝えたとされる。この農場に建てられた別邸のうち、昭和2年(1927年)の主屋、東屋、そしてこの石蔵の3棟が登録されている。
登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」
登録有形文化財は、重要文化財などの「指定」とは別系統の制度である。指定が現状変更に厳しい制限を課す少数の枠組みであるのに対し、登録は築50年程度を経た建造物を広く受け止め、活用しながら守ることを前提に平成8年(1996年)に設けられた。
登録基準は三つあり、主屋は第一の「造形の規範となっているもの」で登録された。石蔵は第三の「国土の歴史的景観に寄与しているもの」に該当し、登録番号は12-0169である。
この振り分けは的確だ。石蔵は主屋のような意味での規範ではなく、審査もそう扱ってはいない。評価されているのは、農場別荘という土地利用の一部として、主屋・東屋・庭園との位置関係を保ったまま現地に残っている点にある。石蔵を欠けば、この場所は公園の中の一軒家になる。残っているから、農場の中の屋敷として読める。
所在地の小字「獅子穴」にも来歴がある。この一帯は明治3年(1870年)に旧幕府直轄牧の開墾地として払い下げられたが、農業経験のない入植者と度重なる災害によって計画は行き詰まった。明治8年(1875年)、大久保利通の主導で下総牧羊場(のちの下総御料牧場)が開設されると開墾地は政府に買い戻され、以後この区画は獅子穴区と称される。払下げは二度にわたり代金納入に行き詰まり、最終的に久彌の叔父・岩崎彌之助が343町歩(およそ340ヘクタール)を牧畜目的で取得した。ここに末廣農場が育つ。
戦後、財閥解体と農地改革によって農場は解体され、施設の大半は富里村や千葉県、帰農者へ渡った。残された別邸とその周辺の土地は三菱地所株式会社が維持管理し、平成24年(2012年)10月に富里市へ寄贈された。
大谷石とスクラッチタイル
外からは見えない部分から説明したほうが早い。
まず木造の軸部を組む。その外周に大谷石を壁厚360ミリで積み廻し、これが実質的な壁体となる。大谷石は栃木県宇都宮市近郊で採れる軟質の凝灰岩で、加工しやすく、淡い灰色の地に暗色の斑が入る。関東の蔵の壁材としては定番の選択である。ここまでは常道と言ってよい。
その上をモルタルで下地とし、スクラッチタイルを貼る。
スクラッチタイルは、焼成前に表面を櫛で引いて細い縦溝を付けた陶製タイルである。溝が斜光を捉え、反射を散らす。ここで使われているものは幅227ミリ、高さ60ミリ、上下の目地幅は10ミリ。この種のタイルが日本の建築に入ったのは大正12年(1923年)竣工の帝国ホテル旧本館を契機とし、関東大震災の復興期に官公庁・大学・金融機関の外装へ広がって、昭和3年(1928年)から昭和6年(1931年)頃に流行の頂点を迎えたとされる。石蔵の年代はその流行期に重なる。
この建物の性格が最もよく出ているのは軒蛇腹だ。通常であればタイル貼りを軒下で止め、突出部はモルタル仕上げで済ませるところを、ここでは蛇腹の装飾面まで一枚ずつタイルを回している。突出する見切りにタイルを回すのは手間のかかる作業で、附属屋にそこまでする機能的な理由はない。誰かが最後まできちんと仕上げると決め、その費用を出した。
屋根は勾配の緩い桟瓦葺。小屋組は一間ごとに建てた柱の上にトラスを架けるキングポストトラスで、日本の伝統的な和小屋ではなく洋式の架構である。技術を目立たせずに導入するという点で、この別邸全体の姿勢と一致している。
正面には両開きの鉄製鎧戸と、その内側に片引きの内戸。背面には採光用の高窓が両開きの扉付きで設けられ、光は入るが手は届かない高さに置かれている。内部は壁面を竪板貼り、床を板貼りとし、両側面に棚を設ける。
正面に立ったとき、主屋との対比を意識しておきたい。主屋は木と漆喰とガラスででき、緩勾配の屋根と鼻板によって水平性を強め、自己主張を抑えている。石蔵は石とタイルと鉄でできており、小さく、暗く、そして敷地内で唯一と言ってよい明快な装飾を軒に廻している。同じ施主が数年のうちに両方を建てさせた。
見学は外観のみ
石蔵は内部公開をしていない。見学は外観のみで、料金はかからない。内部を公開する時期は示されていない。
建つ場所は旧岩崎久彌末廣農場別邸公園の敷地内で、入園は無料。開園時間は午前10時から午後4時まで、最終入場は午後3時30分。開園日は火曜日から日曜日で、月曜日が休園、月曜が祝日(振替休日を含む)の場合は翌火曜が休園となる。年末年始は12月第3日曜日の翌日から翌年1月4日まで休園。気象条件による臨時休園もあるため、遠方から向かうなら市の開園日カレンダーで確認したい。
同じ敷地の他の2棟についても触れておく。主屋は令和7年(2025年)4月26日から内部公開が始まり、入館料は一般200円、20人以上の団体は1人150円、中学生以下無料、支払いは現金のみ。東屋は保存修理工事のため令和9年(2027年)3月中旬頃まで見学できない。撮影の可否は現地の掲示に従い、判断に迷えば職員に確認するのが確実である。園内は禁煙で、自転車の乗り入れ、柵の中への立ち入り、介助犬を除くペットの同伴は認められていない。
交通は、京成成田駅中央口5番線から「七栄・根木名経由 本城台団地・プロロジス行」に乗り約20分、「末廣農場」バス停下車、徒歩2分。この停留所を経由しない便は「末広」バス停下車で徒歩10分ほど。駐車場があり、満車時は隣接する観光・交流拠点施設「末廣農場」の駐車場を利用できる。問い合わせ先は富里市生涯学習課文化資源活用班(電話0476-93-7641)。
訪ねる時間帯を選べるなら、日が低いときがいい。スクラッチタイルの櫛目は斜めから当たる光で働くようにできている。真昼の平らな光の下では、壁面はただの茶色い箱に見える。閉園間際の一時間、溝の一本ずつが影を落とし始めると、同じ壁がまったく違う表情になる。
Q&A
- 旧岩崎家末廣別邸石蔵の内部は見学できますか。
- できません。石蔵は内部公開をしておらず、外観見学のみとなります。外観の見学は無料で、内部公開の時期は示されていません。
- 旧岩崎家末廣別邸石蔵はどのような構造でできていますか。
- 木造の軸部の外周に大谷石を壁厚360ミリで積み廻し、モルタル下地の上に幅227ミリ×高さ60ミリのスクラッチタイルを貼っています。屋根は桟瓦葺、小屋組はキングポストトラスです。
- 旧岩崎家末廣別邸石蔵が文化財に登録された理由は何ですか。
- 平成25年(2013年)12月24日、登録番号12-0169として「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準で登録されました。主屋・東屋とともに旧末廣農場の別邸としての配置を保って現地に残っている点が評価されています。
- 旧岩崎家末廣別邸石蔵はいつ見学できますか。
- 公園の開園時間内、火曜日から日曜日の午前10時から午後4時まで(最終入場は午後3時30分)です。月曜日は休園で、月曜が祝日の場合は翌火曜が休園となり、12月第3日曜日の翌日から1月4日までは年末年始休園です。
- 旧岩崎家末廣別邸石蔵の大きさはどのくらいですか。
- 桁行三間、梁間二間の一室で、およそ5.5メートル×3.6メートルにあたります。建築面積は文化庁データベースが23平方メートル、富里市資料が22平方メートルと記載しています。
基本情報
| 名称 | 旧岩崎家末廣別邸石蔵(きゅういわさきけすえひろべっていいしぐら) |
|---|---|
| 所在地 | 千葉県富里市七栄字獅子穴650-25 |
| 指定区分 | 国登録有形文化財(建造物) 登録番号12-0169 登録基準:国土の歴史的景観に寄与しているもの |
| 指定年 | 平成25年(2013年)12月24日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造平屋建、瓦葺、建築面積23平方メートル(文化庁データベース。富里市資料では22平方メートル) 桁行三間・梁間二間 昭和初期(1926年から1945年) |
| 所有者 | 富里市 |
| 公開状況 | 外観見学のみ、無料。内部は非公開。見学は旧岩崎久彌末廣農場別邸公園の開園時間内(火曜から日曜の10時から16時、最終入場15時30分)。入園無料。 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)— 旧岩崎家末廣別邸石蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00009712
- 文化遺産オンライン — 旧岩崎家末廣別邸石蔵
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/231821
- 富里市 — 旧岩崎家末廣別邸文化財建造物の概要
- https://www.city.tomisato.lg.jp/0000009608.html
- 富里市 — 岩崎別邸(旧岩崎家末廣別邸)
- https://www.city.tomisato.lg.jp/0000011787.html
- 富里市 — 旧岩崎久彌末廣農場別邸公園
- https://www.city.tomisato.lg.jp/0000013134.html
- 富里市 — 岩崎久彌と末廣農場
- https://www.city.tomisato.lg.jp/0000009600.html
- 千葉県 — 旧岩崎家末廣別邸主屋ほか
- https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/bunkazai/q111-032.html
最終更新日: 2026.08.13