官舎から事務所へ、そして貴賓館へ
旧下総御料牧場(三里塚記念公園)貴賓館は、千葉県成田市三里塚御料にある明治9年(1876年)建築の木造平屋建で、令和6年(2024年)12月3日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
建てられた当初、この建物は迎賓のためのものではなかった。
明治8年(1875年)、政府は羊毛の国内生産を目指して下総牧羊場を開いた。用地選定にあたっては青草の多さ、樹林の有無、輸送の便が条件とされ、旧佐倉七牧のひとつ取香牧の周辺が選ばれている。この事業のために招かれた「お雇い外国人」の一人が、日本側の記録にアップジョーンズと記される米国人の畜産技術者だった。その官舎として印旛郡十倉村両国区、現在の富里市にあたる場所に建てられたのが、この建物である。純和風の住宅として造られた。
アップジョーンズの退職後は牧羊場の事務所に転用された。明治13年(1880年)に取香種畜場と合併して下総種畜場となってからも事務所として使われ続け、明治21年(1888年)、宮内省所管の下総御料牧場への改称にあわせて三里塚の現在地へ移築された。ここでもなお事務所である。
用途が変わったのは大正8年(1919年)だった。新たな事務所が建てられ、手の空いたこの建物が貴賓館に改められる。宮内省による各国大公使の接待、牧場を訪れる皇族の宿泊にあてられ、その転用に際して洋室の設置を含む大規模な改修が施された。和風住宅の平面に洋間が割り込んだのはこのときである。文化庁のデータベースが年代を「明治9年/明治21年移築、大正8年増築」と三段に記すのは、この経歴をそのまま写したものだ。
登録の理由と、失われた牧場
登録有形文化財は、国宝や重要文化財の「指定」とは制度上別のものである。指定が厳格な現状変更規制を伴う少数精鋭の枠組みであるのに対し、登録は平成8年(1996年)に設けられた緩やかな仕組みで、明治以降の膨大な建造物を使いながら守ることを想定している。貴賓館の登録基準は第一「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。登録番号は12-0326、第108回登録である。
構造及び形式は木造平屋建、茅葺一部瓦葺、建築面積279平方メートル。員数1棟、所有者は成田市。
この建物の価値は、属していた組織がもう存在しないという事実と切り離せない。下総御料牧場は昭和44年(1969年)、新東京国際空港(現在の成田国際空港)建設のため栃木県塩谷郡高根沢町へ移転した。牧羊のために選ばれた平坦で水はけのよい台地は、90年後には滑走路の適地とみなされた。牧場の解体にあたって成田市が払下げを受け、平成2年(1990年)に大正8年当時の姿へ近づける復元修理を行っている。
下総御料牧場は日本の獣医学と競走馬生産の出発点にあたる施設でもあった。昭和7年(1932年)の第1回日本ダービー優勝馬ワカタカもこの牧場の生産である。その中枢にあった建物が、空港の北西わずか数キロの公園に残っている。
南面と北面で別の建物に見える
まず南から見る。寄棟造の茅葺屋根が低く深くかかり、南面の西寄りに玄関が開く。北東の隅には風呂便所棟が突き出している。この向きから眺めるかぎり、明治期の大きな和風住宅である。
北へ回ると印象が変わる。
外壁は下見板張、開口部は上下に引き上げる上下窓が並ぶ。椅子座の部屋のために大工が取り入れた洋風の建具だ。その上に載っているのは、南面と同じ茅葺の屋根である。下見板張の壁に茅葺屋根という組み合わせは類例が少なく、文化庁の解説文もこの外観を独特と評している。屋根の棟を境に、二つの建築文化が接合している。
内部の平面がこの矛盾を説明する。中廊下が東西に通り、その南側に和室を並べ、北側に洋間のホールを配す。訪れる客の性格に応じて和室でも洋間でも応対できる構えで、大正8年の改修の狙いはここにあった。
窓のガラスの一部に明治期のものが残るとも伝えられる。厚みが均一でないため、透かして見る芝生の輪郭がわずかに揺らぐ。同じ公園内にある成田市三里塚御料牧場記念館の職員は牧場の歴史に詳しく、希望すれば貴賓館まで同行して解説してくれることも多い。
内部への一般の立入りはできず、見学は外観からとなる。園路は建物のすぐ際まで通じており、仕口や建具の細部まで確認できる。公園は入園無料で、門から続くマロニエ並木、水野葉舟と高村光太郎の文学碑、輸入種牡馬を顕彰する石碑などが点在する。日本の歴史公園100選に選ばれており、4月上旬には桜が咲く。
Q&A
- 旧下総御料牧場(三里塚記念公園)貴賓館の内部は見学できますか。
- 一般の内部公開は行われておらず、見学は外観からとなります。園路が建物のすぐそばまで通じているため、屋根と壁の納まりは間近で確認できます。同じ公園内の成田市三里塚御料牧場記念館の職員が内部の間取りを解説してくれるほか、貴賓館まで案内してくれる場合もあります。運用が変わることもあるため、遠方から訪れる際は記念館(電話0476-35-0442)への事前確認をおすすめします。
- 旧下総御料牧場(三里塚記念公園)貴賓館へのアクセスと所要時間を教えてください。
- JR成田駅または京成成田駅からJRバスの三里塚行き・八日市場行きに乗り、「三里塚」停留所で下車して徒歩約1分です。バスの所要時間は25分前後。自動車の場合は成田国際空港から近く、公園に無料駐車場があります。住所は千葉県成田市三里塚御料1-34です。
- 旧下総御料牧場(三里塚記念公園)貴賓館の見学に料金はかかりますか。
- かかりません。三里塚記念公園は入園無料で、成田市三里塚御料牧場記念館の観覧も無料です。記念館の開館時間は午前9時から午後4時30分、休館日は毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は翌火曜日)と12月29日から1月3日まで。公園自体は無休ですが、貴賓館の見学時間は午前9時から午後4時と案内されています。
- 旧下総御料牧場(三里塚記念公園)貴賓館は重要文化財とどう違うのですか。
- 制度上の枠組みが異なります。重要文化財や国宝は「指定」で、現状変更に厳しい規制がかかります。一方の登録有形文化財は平成8年(1996年)に創設された「登録」の制度で、築50年以上の建造物を幅広く対象とし、規制は届出制を中心とした緩やかなものです。貴賓館は令和6年12月3日に登録基準の第一「国土の歴史的景観に寄与しているもの」により登録されました。
- 旧下総御料牧場(三里塚記念公園)貴賓館の周辺には何がありますか。
- 同じ日に登録された防空壕が貴賓館の背後にあり、こちらは記念館職員の案内で内部まで見学できます。成田市三里塚御料牧場記念館には牧場の記録類、明治期に輸入された農機具、皇室ゆかりの調度品などが展示されています。公園内の撮影は一般に問題ありませんが、近接撮影や商用利用については記念館で確認してください。
基本情報
| 名称 | 旧下総御料牧場(三里塚記念公園)貴賓館(きゅうしもふさごりょうぼくじょう(さんりづかきねんこうえん)きひんかん) |
|---|---|
| 所在地 | 千葉県成田市三里塚御料1-34 |
| 指定区分 | 国登録有形文化財(建造物)/登録基準第一「国土の歴史的景観に寄与しているもの」/登録番号12-0326 |
| 指定年 | 令和6年(2024年)12月3日登録(第108回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造平屋建、茅葺一部瓦葺、建築面積279平方メートル |
| 所有者 | 成田市 |
| 公開状況 | 外観のみ見学可・無料。成田市三里塚御料牧場記念館は午前9時から午後4時30分、月曜休館(祝日の場合は翌火曜)および12月29日から1月3日休館、観覧無料。電話0476-35-0442 |
| 年代 | 明治9年(1876年)建築、明治21年(1888年)三里塚へ移築、大正8年(1919年)増築・改修、平成2年(1990年)復元修理 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00015144
- 文化遺産オンライン
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/565348
- 成田市「【国登録有形文化財】旧下総御料牧場(三里塚記念公園)貴賓館」
- https://www.city.narita.chiba.jp/shisei/page0152_00085.html
- 成田市「三里塚記念公園内貴賓館及び防空壕の登録有形文化財(建造物)への登録について」
- https://www.city.narita.chiba.jp/shisei/page0152_00084.html
- 成田市「三里塚御料牧場記念館 施設概要」
- https://www.city.narita.chiba.jp/bunka_sports/page205700.html
最終更新日: 2026.08.13