開戦の日に竣工した
旧下総御料牧場(三里塚記念公園)防空壕は、千葉県成田市三里塚御料にある昭和16年(1941年)築の鉄筋コンクリート造地下構造物で、令和6年(2024年)12月3日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
竣工日は昭和16年12月8日。日本軍が真珠湾を攻撃した、その日である。
発注の経路は軍ではなく宮内省を通っている。昭和12年(1937年)の防空法公布を受けて全国に防空施設の建設が広がるなか、昭和16年9月、宮内省匠寮が間組(現在の安藤ハザマ)に工事を発注した。同社が編んだ『間組百年史 1889-1945』には、三里塚の皇太子殿下用防空壕工事として記載がある。ここでいう皇太子は当時7歳の継宮明仁親王、のちの天皇、現在の上皇である。もっとも、この用途については文化庁のデータベースも「皇太子殿下用と伝わる」と含みを持たせた書き方をしており、本稿もその慎重さに従う。
発注から竣工まで3か月。この重量の構造物としては相当に速い。開戦がすでに決まっていた数週間の作業だった。
盛土の下のH字形
地上に見えるのは、貴賓館の背後にある低い芝の高まりと、そこに切り込まれたコンクリートの階段である。構造体はこの土の下にある。盛土は後年の造園ではなく設計の一部で、文化庁の記載も「鉄筋コンクリート造地階、上部盛土付」とする。
平面はH字形をなす。横棒にあたる位置に主室を置き、その手前に前室を設け、東西に通路を伸ばして縦棒とする。地表から前室へ下りる階段が2箇所、爆風逃しが2箇所。入口から人のいる部屋まで直線が通らない構成で、爆風は角を曲がるたびに勢いを失う。
数値が印象に残る。主室の壁厚は70センチメートル。前室と通路の境を遮蔽する鋼製扉は厚さ12センチメートルに及ぶ。全体の面積は69平方メートルで、うち主室は11平方メートル余り、3.4坪ほどにすぎない。小さな寝室ほどの空間を、金庫室に近い躯体で包んでいる。
この時期のコンクリートは、戦時下の資材事情から強度が落ちるのが通例である。ここでは事情が逆だった。平成20年(2008年)に実施された内部調査では、コンクリートの強度が45から69ニュートン毎平方ミリメートルの範囲で確認された。現在の30階建て以上の高層建築に用いられる水準に相当する。開戦前で資材の逼迫がまだ浅く、施工は皇室の仕事を請ける大手であった。その条件が数字に出ている。
封鎖から公開まで
この防空壕は、実際に使われることのないまま終戦を迎えたと伝わる。空襲でこの階段を下りた者はなく、昭和20年以降は稼働中の牧場の一角に用途のない構造物として残された。
昭和50年前後、安全上の理由から入口に大きなコンクリート板が置かれ、土がかぶせられて封鎖される。以後30年あまり、盛土は芝生の起伏として通り過ぎられていた。平成20年の内部調査は地元の歴史愛好家たちの働きかけで実現したもので、先の強度の数値もこの調査の成果である。平成22年(2010年)に観覧のための改修が行われ、以後は内部の見学ができるようになった。
階段を下りると気温が下がる。空調はなく、コンクリートと盛土の質量が年間を通じて内部を涼しく保つため、夏でも羽織るものを一枚持っていたほうがよい。主室は素の空間である。照明は控えめで、壁面は塗装されず、鋼製扉は今も蝶番で開閉する。来なかった空襲に備え、来ることのなかった一人の子どものために造られた部屋に立つのは、静かで、やや落ち着かない経験になる。
見学は同じ公園内の成田市三里塚御料牧場記念館で申し込み、職員の案内で内部に入る。料金はかからない。記念館の開館時間は午前9時から午後4時30分、休館日は毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は翌火曜日)と12月29日から1月3日まで。案内には職員の手が空いている必要があるため、遠方から訪れる場合は電話0476-35-0442で事前に確認しておきたい。公園は入園無料で、同じ日に登録された貴賓館が盛土のすぐ手前に建つ。
登録基準第三の意味
登録有形文化財は、国宝や重要文化財の「指定」とは別の制度である。指定が厳格な現状変更規制を伴うのに対し、登録は平成8年(1996年)創設の緩やかな枠組みで、届出制を軸に建造物を使いながら守ることを想定する。この防空壕の登録基準は第三「再現することが容易でないもの」。登録番号12-0327、第108回登録である。
この基準の適用は的確に見える。希少性の根拠は意匠ではない。同水準の防空施設の多くは解体され、埋められ、あるいは放置されて損なわれた。鋼製扉も爆風逃しも残り、施工者まで文献でたどれる例は多くない。所有者は財務省で、用地が国有となった経緯を反映する。周囲の公園の管理は成田市が担っている。
Q&A
- 旧下総御料牧場(三里塚記念公園)防空壕の内部は見学できますか。
- 見学できます。平成22年(2010年)の改修以降、内部が公開されています。見学は同じ公園内の成田市三里塚御料牧場記念館で申し込み、職員の案内で入る形式です。案内には職員の同行が必要なため、混雑状況によっては待つことがあります。電話0476-35-0442での事前確認をおすすめします。
- 旧下総御料牧場(三里塚記念公園)防空壕はいつ造られ、実際に使われたのですか。
- 昭和16年(1941年)9月に宮内省匠寮が間組へ発注し、同年12月8日、太平洋戦争の開戦日に竣工しました。空襲時に実際に使用されることはなかったと伝わります。昭和50年前後にコンクリート板と土で入口が封鎖され、平成20年(2008年)の内部調査を経て公開に至りました。
- 旧下総御料牧場(三里塚記念公園)防空壕の見学に料金はかかりますか。またアクセスは。
- 防空壕の見学、記念館の観覧、三里塚記念公園の入園はいずれも無料です。駐車場も無料。JR成田駅または京成成田駅からJRバスの三里塚行き・八日市場行きで約25分、「三里塚」停留所下車、徒歩約1分です。住所は千葉県成田市三里塚御料1-34。
- 旧下総御料牧場(三里塚記念公園)防空壕の内部はどのような空間で、何を用意すべきですか。
- 階段を下りた先の素のコンクリート空間で、厚さ70センチメートルの壁と厚さ12センチメートルほどの鋼製扉に囲まれた11平方メートル余りの主室があります。空調はなく年間を通じて涼しいため、夏でも羽織るものを一枚用意してください。階段があるので歩きやすい靴が向きます。撮影は一般に問題ありませんが、案内する職員に一言確認すると確実です。
- 旧下総御料牧場(三里塚記念公園)防空壕はなぜ重要文化財ではなく登録有形文化財なのですか。
- 登録と指定は別の制度だからです。指定は最高位の少数の物件を厳しい規制のもとに置く枠組みで、登録は平成8年(1996年)に創設された、築50年以上の建造物を幅広く対象とする届出制中心の緩やかな枠組みです。この防空壕は令和6年12月3日、登録基準の第三「再現することが容易でないもの」により登録されました。
基本情報
| 名称 | 旧下総御料牧場(三里塚記念公園)防空壕(きゅうしもふさごりょうぼくじょう(さんりづかきねんこうえん)ぼうくうごう) |
|---|---|
| 所在地 | 千葉県成田市三里塚御料1-34 |
| 指定区分 | 国登録有形文化財(建造物)/登録基準第三「再現することが容易でないもの」/登録番号12-0327 |
| 指定年 | 令和6年(2024年)12月3日登録(第108回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 鉄筋コンクリート造地階、面積69平方メートル、上部盛土付/主室壁厚70センチメートル、H字形平面 |
| 所有者 | 財務省 |
| 公開状況 | 内部公開・無料。成田市三里塚御料牧場記念館の職員による案内制。記念館は午前9時から午後4時30分、月曜休館(祝日の場合は翌火曜)および12月29日から1月3日休館。電話0476-35-0442 |
| 年代 | 昭和16年(1941年)9月発注・同年12月8日竣工、昭和50年前後封鎖、平成20年(2008年)内部調査、平成22年(2010年)観覧化改修 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00015145
- 文化遺産オンライン
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/620579
- 成田市「【国登録有形文化財】旧下総御料牧場(三里塚記念公園)防空壕」
- https://www.city.narita.chiba.jp/shisei/page0152_00086.html
- 成田市「三里塚記念公園内貴賓館及び防空壕の登録有形文化財(建造物)への登録について」
- https://www.city.narita.chiba.jp/shisei/page0152_00084.html
- エンジニアリング協会 地下開発利用研究センター「三里塚記念公園防空壕」調査資料
- https://www.enaa.or.jp/GEC/nec/html/nyokai/sk11-1.PDF
- 成田市「三里塚記念公園」
- https://www.city.narita.chiba.jp/shisetsu/page000196.html
最終更新日: 2026.08.13